第8話 囚われの獣人を助けた

 そろりそろり、忍び寄る。


 一人の女性が、奥の牢獄に鎖で繋がれている。かなり厳重に。

 獣人族か。

 コボルドじゃない。ワーウルフか。

 タンクトップとデニムのホットパンツ姿で、四肢を拘束されていた。


 さっきの音は、イビキだったみたい。


 少女が、目を覚ます。


 その女性は僕の顔を見るなり、牙をむき出しにしてきた。僕を食べ物だと思っているらしい。


「お腹、すいてるよね?」


 相手は、やせ細っている。かなりの飢餓状態だ。

 なにか食べさせようにも、いきなり固形では胃がビックリして吐いてしまう。


「ほら。はちみつのゼリーだ。ポーション機能付きだよ。これで落ち着いて」


 エリちゃんからもらった、半球状のゼリーを手に置く。


「危なくないよ。僕を信じて」


 女性の口へ、ゼリーを近づける。


 差し出された物体が何かわからないながらも、少女は匂いをかぐ。

 動物的カンから、食用だとはわかったはずだけど。


 大丈夫。本物のケモノなら、どっちが食べ物かわかるはずだ。

 安心したのか、女性は僕の手にあるゼリーだけをくわえた。

 ムニュムニュ噛んで飲み込んだ瞬間、少女に血の気が戻ってくる。


「よかった。身体は元気になったみたいだね」


 しかし、女性は僕の手をペロペロと舐めて放してくれない。このポーション、ちょっと効果が強くない?


「あ、ちょっとちょっと」


 なんと、少女が鎖を引きちぎった。牢獄さえ、自力でぶっ壊す。


「元気が戻りすぎでしょうが!」


 ハッハッと息を荒くして、少女は僕に馬乗りになる。


「大丈夫、アユム……アユム!?」


 馬乗りで押さえつけられた状態を、エリちゃんに目撃されてしまった。


「ちょっと、アユムどうしたの!?」

「エリちゃん、ちょっと元気になる食べ物を与えたら、こんなことに」

「あー……あれ、媚薬入りだったから」

「なんでそんなの入れたの!?」


 獣人少女の責めは終わらない。


「んー」

「え、ちょっと!?」


 この子、僕にキスしようとしてるのか?


「さすがにちょっと、直接吸収とかは勘弁を!」

「んーむう!?」


 エリちゃんの手が伸びて、少女は何かを口に入れた。そのまま、きゅうーっと気を失う。


「ポーション入りの、睡眠薬よ。ゾウだって夢の中に行けるわ」

「……助かったよ」


 外の騒ぎを聞きつけ、人が集まってきたようだ。さて、最後の仕上げといきますか。


「この子を頼む」


 とにかく、少女を運ぶことにした。


「何事だ!」


 ギルドの関係者ならびに、この屋敷の主であろう小太りの男性が並ぶ。


 貴族の後ろでは、中年男性が豪華なヨロイを着て立っている。彼が、キルドのマスターらしい。証拠に、腕章がついている。


 では、貴族の隣にいる燕尾服のゴツイ男は、護衛か。 


「どうしたもこうしたもないでしょう!? あなたのお屋敷が襲われたんですよ!」


 獣人少女をおんぶしながら、僕は館の持ち主に詰め寄る。


「ボクたちはただの掃除屋なのに、追いかけ回されたんです! よく見ると、まあドクロ党じゃないですか! ああ恐ろしい!」


 大げさに演技して、僕は身の潔白を証明した。


「な、なんと! それは、気の毒に……」


 ドクロ党の名を聞いて、貴族は少しばかりうろたえる。


「なのに、どうしてでしょう? あなたの部屋だけ、まったく襲われていない。ご家族は襲われそうになったのに!」


 僕の話を聞きながら、冒険者ギルドマスターらしき男性の目が険しくなる。


「本当だろうな?」

「僕は掃除屋ですよ。この目ではっきりと見ました」


 部下に「調べろ」と指示を出し、ギルマスは貴族に詰め寄った。


「詳しい事情は、ギルドでお話願えますかな?」


 ギルマスが貴族を連行しようとした途端、これまで黙っていた燕尾服の男が、クワッと顔を上げた。


「だから、人間など信用できぬといったのだ。魔族だけでことを済ませば、こんなトラブルには!」


 燕尾服が破れ、中から毛むくじゃらのモンスターが現れる。


 魔族は、貴族の男性を殴り殺そうとした。情報源を始末するつもりだ。


 しかし、ギルマスが盾でかばう。


「クソが!」


 ギルドの兵たちが、一斉に矢を射撃した。


 だが、体毛に覆われた皮膚が矢を一本たりとも通さない。


「ムダだ。人間ごときにこの私は倒せぬ。やはり人間に化けて社会を裏から操るなんて回りくどいことなど、性に合わん!」


 魔族の剛腕が、兵隊たちをふっとばす。やつは片手で、屈強なギルド部隊たちを蹴散らしてしまった。


 ギルマスは、動けない。

 参戦したくても、今動けば貴族を逃してしまう。


 本格的にやばい。ここはまず、背負っている彼女だけでも逃して……あれ? いない。


 いつの間にか、おぶっていた少女が跳躍していた。長い手の爪を伸ばし、強固な魔族の首をいとも簡単に跳ね飛ばす。


 ゴロンゴロン、と、魔族の首が転がっていく。ギルマスの足先で、止まった。なにか少しでも情報を得ようとしたのか、ギルマスは魔族の首を手に取る。しかし、首は砂となって消えた。首を失った肉体ごと。


「くかー」


 また寝た!? 立ったまま前のめりになりながら!


「危ない危ない!」


 慌てて、僕は獣人少女を支えた。


 しかし、無理な体制でキャッチしたから重さで倒れてしまった。彼女が僕より背が高いのもある。


 それにしても、一撃で頑丈な魔族を倒すなんて。


 この子は、一体何者なんだ?


 その優しそうな寝顔からは、とてもさっきの攻撃を食らわせた張本人だとはわからなかった。

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