第3話 ロータスの街

 塗料などで加工されていない木材で造られた店内は、大きな窓もあって明るい。だだっ広い空間だが、機織り機や布地をしまう棚、道具入れがいくつもあって雑然としている。染色は裏庭で行うのか、部屋の中に道具や材料は見当たらない。奥の階段を上ると居住空間になっているのは、職人街共通の造りだ。


 工房の中央には一枚板の机が置かれていて、色とりどりの糸や数種類のハサミ、ペンやものさしが転がっている。リチはそれらを大雑把に机の端に避けると、デザイン帳を広げた。


「たくさん考えたのよ。見て」


 リチは時折レイの様子を窺いながら、ページをめくっていく。レイは目を輝かせながら、デザイン帳を見ていた。やがて最後のページに到達すると、リチはレイを見て首を傾げた。


「これで全部だけど、気に入ったものはあった?」


 「えっと」と言いながら、レイはページを前へと戻していく。


「これが良い」


 彼女が指差したデザインを覗き込んで、ミロクは目を丸くした。レイが選んだワンピースには、スカートの部分に大きな蓮の花が描かれている。


「これで良いのね?」


 確認され、レイは大きくうなずいた。


「了解。メーウ、ノーク、採寸お願い」


 リチの指示に、見習いの双子が「はい」と元気よく返事をする。


「私が補助に入るわ」


 縫製を担当しているシンシがレイの背を押して、工房の奥へと連れていく。その後を、双子が跳ねるようにして追った。


「ミロクくんは、新しい服仕立てなくて良いの? いつも同じつなぎを着ているけど」


 ホウガが首を傾げる。ミロクの全身を包んでいる紺色のつなぎは、肩や背中の部分がだいぶ色あせて白っぽくなっていた。一年半ほど前のスクラップ市で買ったもので、元々は膝の部分に穴が開いていた。今も、シンシに繕ってもらった跡が残っている。


 実は、前々回に街を訪れた時も、同じ問いをホウガからされた。しかし、何度問われてもミロクの答えは同じだ。


「俺は、着れて動きやすきゃ、何でも良いんだよ」


 ぶっきらぼうに言うと、ホウガは苦笑し、リチは呆れたように「つまんない男ー」と呟いた。なんと言われようと、採寸だのに付き合うつもりはミロクには無い。 


「んなことより、何か手伝うことあるか?」


 シショクで暮らしているのは女性と子供だけだ。力仕事は外からの手助けがなければ難しいものもある。案の定、ホウガもリチも嬉しそうに「ある」と答えた。ミロクとしてもただ待つというのも退屈なので、さっそく指示し始める二人の言葉に素直に従うことにした。


 しかし、特にリチは遠慮というものを知らないので、だいぶ大掛かりな模様替えとなった。様子を見に来たテンガも巻き込み、更に近所の男衆にも手伝ってもらい、三時間後にようやくリチが納得する仕上がりとなった。


 採寸を追えたレイは、模様替えをした工房を見て「すごい」と拍手を送った。シンシも「よく、がんばったね」と労いの言葉をくれる。リチは満足そうに何度もうなずいた。ミロクには元の工房と鏡映しになっただけのようにしか見えなかったが、言うとうるさいとを分かっているので黙っておく。


 役所に寄って街を辞する頃には、辺りが暗くなりかけていた。空は薄い赤とも紫ともつかない不可思議な色をしている。木々を夕日が照らし、ミロクとレイの枯れ草色の髪を輝く稲穂色に染め上げる。


 ハンドルを握るミロクは、横目でちらりとレイを見た。


「おまえ、ああいうのが好きだったのか?」


 無論、ワンピースに描かれた蓮の模様のことだ。レイは問いには答えずに、窓の外を見回した。


「えっとね。もうちょっと走って」


 ミロクが言われるがままに車を走らせると、急に「ここで止めて」と静止の声が掛かった。訳が分からないが、ミロクは素直に従ってやる。


「この前ね、発見したの」


 車を降りると、レイに腕を引っ張られながら高台へと上がっていく。


「私達の住んでるところ、お花の形なんだよ」


 レイは息を弾ませながらも、楽しそうだ。


「花?」


「うん。蓮のお花」


 頂上までくると足を止めた。ミロク達が暮らすロータスの街が一望できる。


 レイの言う通り、街は蓮の花に似ていた。レンリ達が働く研究所が花托。そこを中心に広がる住宅街は道で区分けされ、花びらのようだ。蓮の花は外界と二本の橋だけで繋がっており、張られた一本の紐の上に危ういバランスを保ちながら存在している。


 蓮の花と認識した途端に、ミロクの表情が歪んだ。


「あれ? ミロク、蓮のお花、嫌い?」


 レイの問いに、首を緩く横に振る。


「蓮は、どうでもいい。どうでもいいが、街を造った奴に反吐が出るだけだ」


 まだミロク達が大陸に暮らしていた頃に、レンリやヒヨク達が一時的に飛ばされたことがある島だ。その時から秘密裏に、街が造られていたらしい。しかし、守秘義務でもあるのか、その首謀者が誰なのか語る者はいなかった。


 ***


 街に戻ってくると、ミロクはひとまず自宅の前に車を止めた。


「レイ。おまえは先に家に入って、寝る準備でもしてろ」


「でも……」


 ミロクを見上げるレイの顔は、薄暗い中で更に青白く見える。彼女の研究所嫌いは、ミロクの想像を遥かに越えているのかもしれない。


 ミロクは彼女の頭に、手を置いた。


「『でも』じゃねえよ。心配するな。毎日、帰ってるだろ?」


「うん……でも、気を付けてね」


 ミロクはレイの頭をぽんぽんと軽く叩くと、車に乗り込んだ。不安気なレイを残すのは気が引けるが、ホウガのおつかいはともかく、空箱の返却と職人街の報告のために今日中に研究所に行く必要がある。一つ大きく息を吐くと、車を発進させた。


 慣れた道を何の感慨もなく走らせ、薬学部の搬入口に入る。役所の本部も兼ねる研究所には様々な部署があり、本来の役割である研究所としての機能の半分以上は薬学部が所持している。


 まずは返却口に車を寄せて、空箱を降ろす。たまにミロクと同じ仕事をしている人間に会うこともあるが、今日は見当たらない。返却口を担当する男に「他の連中は?」と問うと、「他の人間は、スクラップの荷運びに回されているよ」と返ってきた。スクラップ市が近付くと、よくあることだ。


 ミロク以外に車を寄せる予定が無いと分かると、これ幸いといったように車を預かってもらう。運搬のための一時停止場所を優先した結果、長時間使用する駐車場は奥まったところにあるため不便なのだ。


 レンリの居場所を確認するため、薬学部の受付へと向かう。返却口から受付までは、歩いて数十秒ほどだ。職人街の役場とは違い、白く統一された無機質な壁が続く。レイほどではないが、ミロクも研究所に良い印象は持っていない。更に蓮の中心部かと思うと、自然と眉間に皺が寄った。おかげで、受付嬢に訝しむような目を向けられるはめになった。


 レンリは、三階にある自身の研究室にいるらしい。ミロクは端切れの束を片腕に抱えて、受付の向かい側にある階段を上り始める。研究所といえど、昇降機の類は存在しない。研究に使う機材を持ち込むだけで手一杯だったのだろう。研究所で使われている物でさえ、島の外で廃棄されたものを拾い、整備をしたり改造をしたりして使用していることが多いのだ。それなりに働ける環境を整えられているだけでも褒めるに値するのかもしれない。


 三階に着いたところで、ミロクを呼ぶ声がした。振り返ると、白衣に着られているといった印象の男が立っている。

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