外伝 旅する母のラプソディ Ⅴ
「えい!」「ギャァ!」
「そりゃ!」「グギャァ!」
砦の中にも幾度か襲いかかってくるオーガ達は居た。
ただそれらは表で戦った筋骨隆々で力強いオーガ達とは比べるべくもなく、傷を負いながらも勇敢に戦ったオーガ達より更に深く傷付き戦う力を失った者や年老いた者ばかり。
さすがにそんな者達の手足の腱を斬ったり膝を砕くほど鬼畜ではない為、意識昏倒させる攻撃に変えたわ。
幾ら怪我させても私の村の薬で治ると言ってもねぇ?
殴り倒した中には服装からメスと思しき少し華奢なオーガも混じっていたもんだから一瞬ドキッとしちゃったわよ。
反射で思わず殴っちゃったんだけど、あまりに軽かったんで『あぁ~やっちゃった~』と、びっくりして声を上げてしまったじゃない。
慌てて近寄って確認すると、角の形状から
この事から分かる通りもうこの場所にはまともに戦えるオーガは居ない。
それはこの砦周辺の森においてもそうでしょう。
なんてったこんな現状だと知らなかった私が討伐しちゃったのだもの。
それに対しての後悔は無い。
だってちゃんとした生死をかけた戦いだったんだから。
まぁ仮に事情を知っていたとしても、甘んじてオーガに殺されるような趣味は無いわ。
ただ次に機会が有ったら全員殴り飛ばして襲う気力が無くなるまで躾けるでしょうね。
「はぁ~気が重い」
もう既に私が導き出した回答に対する答え合わせは終わったようなものだ。
「誰よ『価値観は原始的で暴力で成り立ってる』って言った奴は! 全然違うじゃない! 全く! あの耄碌長老め!」
私は村の長老に対して文句を言う。
そりゃ私見るなり襲って来る様な奴等なのだから暴力的なのは認めるけど、種族内の傷付いた者や戦えない者を護ろうとするところなんて人間と変わらないじゃない。
違うわね? 下手したら人間の方が我が身可愛さで弱い者達を生贄に捧げちゃう奴等が大勢居るくらいよ。
……この国の貴族達みたいにね。
こんな状況のオーガ達が人間に対して喧嘩を売ろうと思う?
護りたい者の為、私が砦に入るのを必死で止めようとした奴らが?
そんな訳無いじゃない。
だから逆なのよ。
要するに彼らは人間に対して戦わざるを得ない理由が有ったって事。
そしてその理由を与えたのはオーガ討伐によって利益を受ける人間ってわけ。
では、それは誰か?
そんなの自分達の発言力を増したいなんて馬鹿な事を考えてるこの国の軍閥貴族とか言う馬鹿共に決まってるじゃない!
手段は分からないけど、オーガ達が護りたい者を誘拐したか殺したか……どちらにしてもオーガ達が報復せざるを得ない胸糞悪い挑発をしたんでしょう。
考えただけでも腹が立つわ。
くんくん……あら? この臭い。
微かに鼻をくすぐった臭いに顔を上げると、この先右に曲がる通路になっているようだ。
「キシャーー!!」
右に曲がり数歩歩いた途端、案の定一体オーガが天井付近から奇襲を掛けて飛び掛って来た。
ごめんなさいね、あなたの存在は既に分かっていたわ。
「出来るだけ痛くない様に……ていっ」
襲い来るオーガに合わせて突き出した拳をそのアゴ先に掠らせて意識を奪う。
悲鳴を上げるまもなく気を失ったオーガだが、そのまま地面に落下させたらショックで覚醒する可能性も有ったので、抱きかかえるように受け止めた。
まぁ大怪我もしちゃうだろうしね。
何を今更と思うけど……だってねぇ?
「やっぱり、この子……」
私の腕の中で仰向けに意識を失っているのは思った通り若いオーガのメス。
そしてその服の胸元には何かの液体が染み広がっていた。
液体と言っても血ではない。
廊下に近付いた時から漂って来ていた匂い……具体的に言うと乳臭い匂いなのだが、それはこのオーガのメスから発せられていた。
その事から分かる通り、膨らんだ胸元に広がっている染みの正体は母乳だろう。
要するにこのオーガは授乳期のメスだと言う事だ。
「繫ぐ命かぁ~」
私は深く後悔の溜息を吐いた。
私の村は世間から爪弾きされた者や脛に傷の持つ者、
そんな世捨て人達が集い寄り添い合って出来た村だ。
それが理由だからだろうか、村の掟に『繁殖期の
簡単に言うと動物だろうが恐ろしい魔物だろうが分け隔て無く子を育て命を育む時期の生き物に手を出すなと言う事なのだが、その真意はどう言う出自であろうともその子供に罪は無いと言う村創設の理念から来る物らしい。
正直な話、小さい頃は何を馬鹿な事言っているんだと思っていた。
草食動物なら分かるが、恐ろしい魔物なんて全部滅ぼしてしまえば良いってね。
だってそっちの方が皆安全に暮らせるじゃない?
けど、掟だから仕方無いかと渋々従っていたのよ。
でも、今は違う。
情け無い話だけど、私がこの掟の意味を始めて実感したのはカナンが生まれたあの日。
自分の赤ちゃんを初めて抱いた瞬間、『繫ぐ命』と言う言葉の意味を理解出来た。
あぁなんて可愛くて尊い宝物なのだろうってね。
「よいしょっと、ここで大人しく寝ときなさい。貴女の
私は意識を失っているオーガの
実は言うとオーガには人間や他の亜人達と同じく繁殖期と言う概念は無いので、言い換えれば村の掟には該当しないと言えるだろう。
ここで全滅させても掟破りにはならないし、こんな遠い所の出来事なんて黙っていればバレやしない。
そもそもの話として理由はどうあれ周辺の村では既に被害が発生しているし、仮に今回軍閥貴族達が手を出さなかったとしても、このままオーガ達が繁殖を続け戦力が整えば、近い将来多くの人間の血が流れる事態に陥っていた可能性は大いに有る。
でも、それはそれこれはこれってやつよ。
子供を持つ母親として、このメスオーガから大切な子供を奪える訳無いじゃない。
もう後戻り出来ない所まで関わっちゃったんだから私が何とかしなくちゃね。
「ふふっ。これがあの人が言っていた『手が届く人達を助けたい』って気持ちなのかしら」
今更ながらあの人の想いを感じる事が出来て少し嬉しくなった。
あの人が亡くなってからずっと私の心を締め付けていた後悔の鎖が解けて行くのを感じる。
「これも繫ぐ命よね。天国から見ていてあなた。あなたの様に上手くやれるか分らないけど、新米なんだから大目に見てね」
私は砦の奥に進む。
その目的地はもう目の前だ。
◇◆◇
「あの扉の向こうね」
とうとう砦の最奥に辿り着いた私は複数の生き物が息を潜めている気配のする扉の前に辿り着いた。
部屋の中から微かに聞こえる息遣いから感じ取れる感情の殆どは脅えと焦燥。
どうやら中で待ち伏せしているオーガは居ないようだ。
ギィーー。
少し立て付けが悪くなった扉は嫌な音を立てて開く。
松明で照らされた部屋の奥、複数の人影が寄り添い有って震えている姿が見えた。
先程のオーガ達からすると明らかに小柄な複数の人の影。
一見赤褐色の肌の色と頭に生えている角さえなければ人間の子供と見間違えるその人影達は、命を賭して私を止め様としたオーガ達の宝物に間違いない。
さてどうしたものか?
私は何も言えず立ち止まった。
完全に無策でここまで来た事に気が付いたからだ。
取りあえずここまで来ればなんとかなると思ったが、言葉が通じないのだから説明のしようがない。
ボディランゲージで伝えるのも面倒臭いから全員縛り上げてどこか別の場所に連れて行こうかしら?
などと考えていると、誰かが立ち上がったかと思うと驚いた事に話しかけてきた。
「お願いです。私の命を捧げますからこの子達の命だけは助けて下さい」
一瞬聞き間違いかと思った。
よもやオーガが人間の言葉を喋るとは思ってみなかったからだ。
何かオーガの鳴き声がたまたまその様に聞こえただけかと思って、その立ち上がった声の主を確かめる。
「えっ? なんで? 人間……なの?」
それは老婆と言って差し支えない年齢の人間の姿だった。
もしかして人質だろうか? と思ったが、その老婆はオーガの子供達を護るようにして私の前に立ち、恐れの無い真剣な目で私を見詰めていた。
それに後ろの子供達も人質を前に立たせている様に見えず、その老婆を心配そうな目で見ているものばかりだ。
その様子から老婆が人質ではないのだろうとは理解出来るが、その他の事は全く理解が出来ない。
なぜこの老婆は人間なのにオーガの子供達を護ろうとしているのだろうか?
そしてオーガの子供達が老婆に寄せる親愛にも似た感情。
事情があるにしてもあまりにも不可思議過ぎる。
「えっ……と、どう言う事なの? 事情を話してもらえるかしら? あなたは人間で間違いないのよね?」
「えぇ、そうです。私は人間です。でもこのオーガ達部族……家族の長でも有ります」
ますます意味が分からないわ。
人間なのにオーガ達の長? なにそれ?
私が目を丸くしている事に気付いた老婆は説明を続けた。
「驚くのは仕方無いと思います。今から50年近く昔の事です。私は私の村の近くで倒れていたゾンドと言う名のオーガを看病している内に彼と恋に落ち駆け落ちしたのです」
「ちょっと待って情報量が多くて纏められない。要するに
言葉にすると余計に滑稽だ。
多分人に話したら何を馬鹿な事を言っているんだと笑われてしまうかもしれないわね。
長老なら血が上り過ぎて倒れちゃうかも。
「はい。私達の間に子宝こそ恵まれませんでしたが、駆け落ちした先で親の居ない孤児のオーガ達を引き取り家族として育てやがて部族となり今に至ります」
「は、はぁ……」
私は今まで信じてきたオーガに対する偏見を粉々に破壊された気分だ。
まじで耄碌長老め! 何処が分かり合えないっての!
しっかり分かり合えてる人達が居るじゃない。
治った途端襲いかかってきたとか言っていたけど、どうせ魔物だからって冷たく当たったんでしょうよ。
まぁそれについては帰ってから長老をこってり絞るとして、これはこれでとってもラッキーな事だわ。
このお婆ちゃんのお陰で交渉はなんとかなりそうね。
私は思わぬ出会いにホッと胸を撫で下ろした。
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