第十八話 因縁の終焉
「ジョセフィーヌよ。私の名誉を穢したお前を許さない。この虫けらを殺した後、すぐにお前も殺してやる。二人揃ってあの世で後悔するんだな。……そうだな最後にお前の名前を聞いておくか。虫けらよ、名乗ってみろ」
勝ち誇っている最強騎士が俺の名前を聞いて来た。
最後に名前を聞く事によって全ての区切りとしたいのかもな。
過去の決別、これからの邁進。
最強騎士も生まれ変わろうとしているのだろう。
……驕り昂る最悪の騎士としてよ。
「俺の名か? なんだよ知らなかったのかよ。俺にご執心だから知ってるかと思っていたぜ」
「ふん、カナンだったか? 貴様の口から敗北の泣き言と共に聞きたかっただけだ」
「なんだよ。やっぱり知っているんじゃねぇか。へっ、俺が泣き言なんて言うと思うのか?」
俺の軽口にイラついたのか最強騎士はそれ以上何も言わず、俺を見降ろしたまま大きく剣を振りかぶる。
どうやら俺を一刀両断するつもりの様だ。
勝利を確信しているからだろう。
「カナン!! 死ねぇぇぇ!!!」
最強騎士は俺の名を叫ぶと共に振りかぶった剣を振り下ろした。
その刹那、俺は大きく口角を上げる。
俺のその表情を見て、恐れがぶり返したのか一瞬最強騎士の動きが鈍った。
この瞬間を待っていたぜ!
剣は折れたがまだ剣自体は手の中なんだよ!
俺は溜めていた力を解放し全身のバネを弾いて飛び跳ねる。
そして手に握るジェイスの剣の鍔を、振り下ろされる魔剣の下から握りの部分に向けて突き上げた。
「な、なにぃ!! ば、馬鹿な」
俺の攻撃によって右手の指の骨を砕かれた最強騎士の手から魔剣は弾き飛ばされて大きく弧を描き飛んで行く。
最強騎士は骨が砕かれた痛みによってその場にしゃがみ込んだ。
そして苦痛に顔を歪ませながら悔しそうに俺を見上げる。
「さっきと逆だな、おい」
「く、くそ! おい戻れ! 戻って来いフラガラッハ!!」
この期に及んでなぜか訳の分からんことを言い出す最強騎士。
無事だった方の手を虚空に伸ばして叫んでいるが、なにやってんだ?
痛みによって錯乱でもしやがったのか?
「なに言ってんだ? 誰だよフラガラッハって? 知り合いか?」
「兵士……カナン?様、フラガラッハはシュタイン様の魔剣の名前です。剣自身が意志持って主を選び、如何に離れようとも必ずその手に戻ると言われています」
そう言やジョセフィーヌには名前を教えてなかったっけか。
少し恥ずかし気に俺の名前を言い直しながらも俺の疑問に答えてくれた。
なんだそれ? 魔剣ってなんでもありだな。
しかし、主である最強騎士が呼んでも帰って来ないって事は……?
「あっはっはっ! 自慢の剣はどっかに行っちまったぜ? お前が情けないから見限られたんだろ」
「うるさい! 黙れ! ぶっ殺してやる!」
騎士の体裁もクソも無く、魔剣に見捨てられた最強騎士は半狂乱になって俺に襲い掛かって来た。
俺はそれを迎え撃とうとしたんだが、俺の視界の端に想定外のモノが映り一瞬戸惑っちまった。
最強騎士の拳が迫る。
そして俺の顔面を捕らえようとしたその瞬間――。
グサッ!
最強騎士の腹から折れたジェイスの剣が突き出て来た。
何が起こったのか分からず血を吐きながら最強騎士は後ろを振り返る。
そこにあったのは素手で折れた剣を握り締め背後から最強騎士を刺し貫いたジェイスの姿だった。
「ガフッ……な、なんだと? き、貴様正気……か?」
「よくもよくも我が家宝を折ってくれたな! いつもいつも偉そうにしやがって! 虫けらとジョセフィーヌは私の獲物だ! お前になんかくれてやる訳にいかない」
ジェイスは既に正気を失っているのか目は血走っており、極度の興奮によって傷が開いたのか顔に巻いた包帯は真っ赤に染まっていた。
その悪魔の様な形相にさすがの俺も少しビビる。
これなら魔物の方が可愛いかもしれねぇ。
「くそっ……こ、こんな所で死ぬ訳には……私の栄光が……私の名誉が……」
最強騎士は血を吐きながらその場に倒れ、やがて目から光が消えた。
こうして俺の因縁は幕を閉じる。
って、ちょっとモヤモヤすんぞ!
そりゃジェイスを使って打開する策は考えていたが、こんなスッキリしない終わり方は想定外だ。
「ジェイス!! 邪魔すんじゃねぇ!」
「うるさいうるさいうるさい! お前を殺してやる! その後はジョセフィーヌもだ。ひゃーはっはっはっはぁ!」
最強騎士から引き抜いた自らの剣を俺に向けるジェイス。
素手で剣身を握るとは、既に狂気に取り憑かれ正気を失っているのだろう。
こうなったらもう元には戻らない、止めを刺してやるのがせめてもの情けってやつだ。
……元よりそのつもりだったけどな。
俺の哀れみの目に気付いたようだ。
ジェイスは歯をガチガチと鳴らして怒りを露わにする。
ちょっ! 怖えぇっての!
「そんな目を俺に向けるな! 殺してやる! お前は俺の手で殺して――」
狂気に走ったジェイスは剣を握る手から血を撒き散らしながら俺に向かって吼える。
しかしその言葉は最後まで語られる事は無かった。
グサッ!
「ゴッ、ゴフゥ……な、なんだ……?」
まるでさっきの再現だ。
俺も一瞬何が起こったか分からない。
ただ突然それは姿を現した。
日の光を反射してキラリと光るそれは輝く軌跡描きながら一直線へジェイスの背中に突き刺さったんだ。
ジェイスは狂気から醒めた様に呆然とした表情のまま足元に転がる最強騎士の上へと倒れ込む。
二人の死体に突き刺さるソレはまるで十字を象る墓標に見えた。
「なんだこれ?」
俺はその墓標の正体が何なのか確かめる為、マジマジと見る。
どうやらそれは剣のようだ。
あっ! もしかして、これ最強騎士の剣か? 確か名前はフラガラッハだっけ?
呼んだら手に戻るって言うが、ちょっと遅すぎだろ?
お前の主は既に死んじまってるっての!
なんで今頃戻って来るんだよ。
しかもジェイスを巻き込むなんて……ナイス!
またもや肩透かしを喰らった様な気はするが、今はこの職務怠慢な魔剣の事を考えている暇はねぇな。
こいつは持ち主選ぶって言うし、迂闊に障るのは止めておこう。
呪われたりしたら嫌だしよ。
それよりも今考えないといけないのは目の前の馬鹿王子達だ。
最強騎士とその従騎士が死んだんだから、次は残りの奴らが動き出すだろう。
ひぃふぃみぃ、十五騎か。
ちっとばかし辛い状況だが、頑張るしかねぇな。
なんたって俺は声無き者の代弁者だからよ。
こんな所で諦める訳には行かねぇのさ。
「さぁ来やがれ、腐れ貴族どもめ!! 今まで虐げられてきた者達の恨みを思い知れ!」
俺は吠える!! 彼女が望む姿を目指して!
それに応えるかのように王子取り巻きの何騎かが俺に向かって襲い掛かって来た。
馬鹿め! それは俺の間合いだ。
俺は懐から投げナイフを取り出し、迫りくる馬達目掛けて素早く投げる。
それは外れる事無く突き刺さり、馬達は痛みにより嘶き声を上げた。
一度走り出したその巨体は慣性により止まる事は出来ずに引きずるように横転する。
乗っていた奴らはまるで投石器から射出されたかの様に放物線を描き地面に激突して動かなくなった。
これで半分……、だがもうナイフが無ぇぞ。
馬鹿王子とマチュアを入れて残り八人か。
諦めて帰ってくれたら良いんだが、まぁ無理だろうな。
さてどうするか……ん? ……おいおい、またかよ。
俺は奴等の真上の崖に人影を見付けた。
さっきから横槍入りまくりだなおい。
今度はなんだ?
その人影はどうやら見た事が有る。
ボサボサの頭に人相の悪い顔、薄汚れた皮鎧に身を包んだ何処からどう見ても山賊姿。
生きてやがったのかよ『赤熊団』の頭目。
マジで熊並みの生命力だな!
しかし、このタイミングで何しに来たってんだ?
もしかして俺を殺そうと……いや、違う。
奴は弓矢を射ろうとしていた。
しかし、その先は仲間を殺し自らに瀕死の重傷を負わせた俺に向けてではない。
奴が狙うのは有ろう事か馬鹿王子だった。
ピシュン――。
奴の弓から放たれた矢はそれが狙いだったのかは分からんが、馬鹿王子の馬に深々と突き刺さった。
その痛みに驚いた馬が前足を大きく跳ねて嘶く。
「ヒヒーーーン!!」
「うわ! いきなりどうした! 落ち着け……くっ落ちる」
「きゃぁぁーーー」
跳ねた馬に振り落とされた馬鹿王子はマチュアを庇いながら地面に落下した。
背中から落ちた所為で動けなくなっている。
呻き声が聞こえるので死んじゃいないようだが、大怪我している事だろう。
少なくとも暫くは動けない筈だ。
周りの奴らは頭目の存在にはまだ気付いておらず、突然の襲撃者を探すべく辺りを見回していた。
「痛い……何よ。何が起こったのよ。なんであたしがこんな目に遭わないといけないのよ」
マチュアは先に落ちた馬鹿王子がクッションになった様で大きな怪我は無かったようだが、助けてくれた馬鹿王子を気遣う事無く、自分の身に降り掛かった不幸を嘆いている。
さすが悪名高いセイクリッド商会の一人娘だ。
すがすがしいまでの悪女っぷりだぜ。
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