055-魔王

 「とりあえず座りましょ」とソファーに案内された私は自分の噂をどうにかすることを早々に諦めて、アロイーンさんとリーシャーさんから聞いたニーニャさん誘拐事件のあとの出来事を教えてあげました。目を輝かせて聖鎧と聖杖の話を聞く彼女に森の迷宮でおきた本当のことは言えなかった。「偶然に森の迷宮で出会い3人でミノタウロスを倒しアロイーンさんは無事に聖剣を手に入れました」と説明した。


「そんな事があったのですね……皆さん無事だとよいのですが……」

「トルヘミン卿がついていますからきっと大丈夫ですよ」

「そうですね、お父様はずっと領地を守ってきたのですもの」


 だいぶ不安は和らいだ様子ですけれど話が途切れると今行われているであろう戦争の事が思い浮かぶようで、表情が暗くなってしまう。


 なにか話題がないかと学園の思い出を探るも楽しいのは座学だけの1年生の間だけで2年生の体力訓練と魔法実技は厳しいだとか、3年生になってから良く聞いた「ここ学園じゃなくて軍事訓練所だろ……」などの新入生の夢をぶち壊すような話しか思い浮かばず黙ってしまいました。


 嫌な沈黙を破ったのは遠くからだんだん近づいてくる足音でした。足音は部屋の前まで来るとピタリと止まり鉄格子の向こう側のソファーにドカッと腰を下ろした。


 頭には2本の大きな角があり薄紫の髪は伸ばしっぱなしの長髪そして肌の色は何かを塗ったように真っ白だった。鋭い目つきでこちらを見渡した瞳は本来白目の場所は黒くそして瞳孔は赤かった。みた瞬間に人間でないのがわかった。


「ふむ……何故お前が檻に入っている……」


 ガタガタと震えだすニーニャさんをみていられなくて、彼女の手をギュッと握り(私がついてますよ)とささやくと安心してくれたのか震えが止まった。


「あなたは何者?」

「この城の主……つまり魔王だ」

「で……何故お前はニーニャの部屋にいる?」

「そんなの聖女とただの冒険者を間違えた無能な道化の魔物に聞いてみたらいかが?」

「ふむ……人も収監場所も間違えるとは思った以上に役に立たないやつだな」

 

 魔王が空中に手をかざすと壁に戦闘中のアロイーンさんとリーシャーさんが映し出された。それを見た魔王がパチンと指を鳴らすと、黒い霧と共に私達をさらった道化の魔物が「魔王様只今参上しました」とあらわれた。以前見たときと言葉遣いも態度も全く別物でした。


「お前は人さらいすら満足に出来ぬのか?」

「聖女を連れてきて隣の牢に入れてあります!」

「では……そこにいる娘はなんだ?」


 魔王が私を指差すと道化がこちらを確認した。


「お前!なんでこっちにいるんだ!?」

「知らないわよ!あなたか間違えたのではなくて?」


 よかった自力で出られるとは少しも思ってないみたいですわね。


「ばっ場所は間違えましたが聖女はこのとおりです!」

「ほう……では前線で戦ってる勇者を回復してるのは何者だ?」


 壁に映し出された映像にはリーシャーさんに回復されているアロイーンさんが映し出されていた。


「そっそんなはずは!」


 道化は私の顔をじっと見つめると私が聖女じゃないと言っていたのを思い出したようです。


「もうしわけありません!」

「もう一度チャンスをやる……今すぐ前線に行け!勇者を倒してこなくば命はないと思え……」

「はい!今すぐに!」


 道化は黒い霧とともに消え去った。


「ふむ……聖女と間違えて厄介な娘をつれてきたな……。たった一人でニーニャから恐怖を取り除くとは……せっかくの食事が台無しだ」

 

 食事?ニーニャとつないだ私の手がギュッと握られる。


「食事?それはどういう意味ですの?」

「簡単な話だ…‥私は恐怖を食らう……。特にニーニャの恐怖は一人でも百人分にも匹敵する……」

「そういうことでしたか……誘拐や進軍の理由が大体わかりましたわ」


 私は魔王がこんな行動をしている理由に想像がついた。


 この国は平和すぎたのです……魔物に町が襲われることもなければ、戦争も無いし奴隷も禁止されている。王族の力により孤児ですら3食満足に食べられているし、暴力沙汰は騎士団が食い止め詐欺などの不正は[トレイル]が裏から監視している。他国に比べると恐怖が入り込む余地は限りなく少ない。他の国なら座っているだけで、腹いっぱい恐怖を食えるが、この国内にある魔の領域に住む彼は、自分から行動を起こさなくてはならないのですね。


「お前が考えている通りこの国は平和すぎる……。私の餓死は近い……そして娘一人の犠牲すらこの国は許さない……ならば戦うしかあるまい……」

「言葉が通じるのに共存はできない……。戦うしかない……悲しいわね」

「フン……そういう事だ……。最後ぐらい腹一杯で死にたい……お前たちも見るがよい」


 そう言うと魔王は、魔王軍と防魔軍が戦っている前線の様子を映した壁を指さした。


 前線で戦う兵士たちは傷を負って後退すると回復を受け恐怖に震える心にムチを打ちまた前線へと戻る。そんな事が繰り返され魔王の腹を満たしていく……。


「最後の晩餐か……晩餐の準備として勇者を監視していたときにお前が現れたときは楽しかったぞ……」

「見ていたのですか!」

「ああ……勇者でもない者が聖剣を振り回してる様子には大いに笑わせてもらった」

「そうですか……」


 アレも卒業後の演劇と同じ黒歴史の1ページとして私の歴史書に収められてしまうのね……。


「笑わせてもらった礼に一つだけ教えてやろう、ミノタウロスをゾンビ化させたのは我らではない……。あれは、聖域にいる聖獣だ並の力ではゾンビ化など、とうてい無理だ……きっとアレはお前を狙ったものだろう……」


 ミノタウロスが聖域を守る聖獣ですって?それにゾンビ化したのは自然になったのでも魔王がやったのでもなく、私を狙ったもの……。


「何者か検討はつきますか?」

「知らぬな……光属性を持つことができぬ魔物でないことは確かだ」


 私が狙われている?一体何者でしょう……心当たりはありませんね……。


「ふむ……もう城まで辿りついたようだ……。王都からの援軍は予想を上回る実力のようだな……」

 魔王が目を向けた壁には城門を破り城の中へと侵入してくる勇者たちが映っていた。


「戦う以外に道はないのですか?」

「それが捕食する者と捕食される者の正しいあり方だ……。もし私が勇者に勝ってしまったらそのときはお前と戦おう」


 魔王はソファーから立ち上がり決戦の地へ向かった。

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