26



side. Subaru






「んッ…う…」


「円、サン…?」



覗き込めば、青白い顔で汗だくの円サンが細く目を見開き。曖昧な意識でもって、俺を捉える。







「ひッ…!」



衝動的に飛び起きようとした、円サンだったが…晃亮から受けた暴行で、かなり衰弱していたため。


頭を少し浮かせただけで悲鳴を上げ、

呆気なく崩れ落ちてしまった。






「もう大丈夫…熱が出てますから、安静にしてて下さい。」



身体を震わせ、怯える円サンを落ち着かせるよう告げれば。漸く現状を把握した彼は、ゆっくり手を付き起き上がる。



その背をそっと支えると、

肩が少し恐怖に揺れた。







「ここ、は…?」


「俺の部屋、です…。」



流石に晃亮の部屋へそのまま寝かせるのは、はばかれて。


円サンの身体を出来る限り綺麗にし、

自室へと運んだ。



服はみるも無惨な状態だったので。

とりあえず俺の物を着せ、ベッドへと寝かせた。






「一応、身体と…中も洗って、手当てしたんです、が…」



無理矢理こじ開けられたソコは、かなり酷いもので。


全身も痣だらけ、

その姿は目も当てられないほどに、

悲惨な状態だった。





汚れは洗い流せても、

記憶の中に刻まれた恐怖の傷はもう、一生癒える事はないのではと思うくらい。


生々しさを…物語っていたから。



俺の心臓は抉られるくらいに、締め付けられた。







「ふ…うぅッ…!」



いつまでも震え続ける手を見つめ、顔を歪める円サン。


自ら身体を押さえ付けても、

更に恐怖が蘇ってしまったのか…


途端にボロボロと、涙を零し始めた。








「円サン…」



音の無い部屋に響く、切ない慟哭。

抱き締めたい衝動に駆られては堪え、

奥歯を噛む。



俺にはそんな資格、ないんだ…。







「ごめんなさい円サン…ゴメン…」



どこにも遣り場の無い気持ちを抱え、

ただひたすらに許しを請う。





「ど、してっ…キミが…」



謝るの?…と、

痛々しい顔で俺を見上げる円サン。


今にも消え入りそうな貴方の姿に、

俺はまた泣きそうになった。






「俺の所為、だから。晃亮がこんな風になってしまったのは…。だから、悪いのは全て俺なんですっ…」


「昴くッ…」



俺があまりにも情けない表情を、してしまったからか。円サンはトスンとその顔を、俺の胸元へと埋めてくる。






「ど、してっ…こんな事…」



シャツを握り締め、縋りつく円サンにいてもたってもいられず。震える肩を、抱き寄せる。


こんな時でさえ、愛おしくて。

更に背中へと手を回し、ギュッと包み込んだ。






泣きながら、なんでなんでと問われても…俺には答えられなくて。


ただ円さんの熱で火照る背中を、

そっと撫でてあげる事しか出来ない。




こんな俺達にも分け隔て無く接し、信じて疑いもしなかっただろうに。

まっすぐで純粋なアナタだからこそ…ショックは相当なものだったろう。









「こっ…すけくん、は…?」



ひとしきり泣いて、

少し冷静を取り戻した円サンがポツリと不安を零す。


俺達が同居しているのを、今更ながら思い出したのか…

急に瞳を泳がせ、動揺し始めた。





「大丈夫、しばらくは戻ってこない筈だから…」



“こういう事”は初めてじゃない。

女を抱く時にも、こんな風に度々スイッチが入ることがあって…。


本能的に散々弄んだ後は、大抵その場を放置して出かけてしまい。

次の日には喧嘩をして帰ってくるのが、決まり事みたいになっていたから…まず、安心していい筈だ。



相手が使い捨ての女ではなく、

だという不安は、残るけど…。






「もう少ししたら、タクシーでも呼びますから…。それまではゆっくりしてて下さい。」


「う、うん…」



返事をするものの眠ろうとはせず、

シャツを握る手を解こうともしない円サン。






「円サン…?」



顔を覗き込めばまた、擦り寄ってこられて。

体温が触れた箇所から、

じんわりと上昇していった。







「ちょっとだけ、こうしてていい?なんか安心するんだ…」



潤んだ瞳で見上げられ懇願されたら、断れるわけがなくて。





「は、い…」



僅かに震える身体をそっと包み込めば。

円さんは安心したように微笑み返して…


そのまま腕の中で、

ゆっくりと意識を手放した。






貴方を思えば、早くここから帰すのが得策なんだろう。けど、





(少し、だけ…)



許されるならば。


ほんの一瞬でもいいから、

時が止まればいいのにって。



理不尽にも、本気で願っていた。


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