第36話

 先程、珠が持ってきてくれたまだ開封していない麦茶のペットボトルを開け、女の子に手渡す。


「あなた、こんな暑い日にあんなところにいたら死んじゃうよ。何かあったの?」


 さっきより少しだけ意識がしっかりとしてきた女の子は、涙をポロポロ零しながら自らの窮状を語り始めた。


 話を聞いてみると、どうやら職場での上司のパワハラに耐えかねて、逃げ出してきたとのことだ。


「毎日、毎日、飲み物運びばかりやらされるんですよ。どれだけ水分取るんだって感じです。もう名刺に所属部署お茶汲みって書きたいくらいです。できるなら、デスクに蛇口つけてやりたいくらいですよ。水の種類にもうるさいんですよ。そんなに好みの水があるなら、そこに引っ越せって思いません? 昼も夜もないんですよ。もう二十四時間仕事なんですよ。残業なんて概念はないんですよね。しかも、飲み物出すのが少しでも遅れると裂火の如く怒るんですよ。もう彼の後ろに炎が見えるレベルなんです。同期が他に三人いるんですけれど、私ともう一人だけはどれだけ頑張って仕事しても全く認めてもらえなくて。仕事始めて結構経つのに、まだ名前も覚えてもらえないんですよ」


 なんだ、その職場。この子、よくそんな真っ黒企業で頑張ってるな。この怒りもごもっともな話に聞こえてくる。


「そんな職場、どう思いますか?」


「よくそんな劣悪な職場で頑張ってるね。その上司、パワハラで解雇できないの?」


「それは無理ですね。あの人がいなくなると大変な事になっちゃうので」


「いや、そりゃ、辛いね。はあ、そんな話聞いていたらまた暑くなってきた」


「あっ、良ければこちらお飲み下さい」


 そう言って、たもとから竹筒を取り出し、手渡してきた。なんだよ、飲み物持ってるなら、麦茶いらなかったじゃん。しかし、竹筒型の入れ物とは風流な。どこの飲料メーカーの商品だろう。味は……、なにこれ、超美味しいんですけど。このに比べたら、我が家の蛇口から出ている井戸水なんて沼の水だ。後で、どこで売っているのか教えてもらわなきゃ。

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