恋に落ちるその瞬間はいつも突然にやってくる。

かずみやゆうき

第1話 偏頭痛

 僕は右腕に大量の熱を感じている。


 それは、僕が密かに思いを寄せる柳瀬花奏やなせかなでが僕の隣にいるから、、。いやいや、、そうではなく、彼女が持病の偏頭痛を起こし、「ちょっといい?」と僕の袖を掴んでいるのだ。


「大丈夫!?」


 僕の思いはよそに、彼女にとっての僕は、『男友達その三』くらいの位置にいるんだろうと思う。だから、こんな時でさえ彼女に対し、当たり障りのない言葉を発することしかできないのが我ながら情けない。


 彼女といえばまだ顔色が悪く、立っているのもすごくきつそうにしている。さすがに意気地無しの僕でもここはやらねばならない。


 自分を思いっきり奮い立たせた僕は、彼女の左から体を寄せ、細い腰に手を当てると、軽く持ち上げる様な形で、日陰のベンチまでゆっくりと誘導した。


「次の講義は?」

「うん、、必須科目だけど、とても行けないや」

「だよね。じゃあ、ここで休もうか」

「ねえ、、行っていいよ。講義、、」

「いやいや、、そんな人のこと心配する前にさ、、ほら、これどうぞ」


 僕はまだ蓋を開けてなかった水を彼女に差し出す。


「新しいやつだから安心して、、、」


 僕が言い終わる前に彼女はペットボトルを受け取ると水を少しずつ口に運ぶと、辛そうな顔で、「ふぅ」と息を吐いた。


「宮里くん、、ちょっと本当にやばいかも、、、」


 そう言うと彼女は、体の全てを僕に預けて落ちていった。



 すぐに医務室へ行かなきゃと焦ったものの、よくよく見ると彼女はゆっくりと小さな寝息を立ててる。それに、とても安らかな顔をしている。


 これって、もしかして、、寝てる!?


 体全体を僕に預けたまま彼女は無防備の寝顔を僕に見せていた。なんて可愛いのだろう。

 彼女の右手はまだ僕の服に裾を握ったままだ。結果的に、僕の右腕に彼女の頭がすっぽりと入る形になっていて、彼女の柔らかい身体に触れ、狼狽える僕を尻目に彼女は「んっ」と少し色っぽい声を出した。



 行き交う学生達が僕らの方をじっと見ては視線をずらす。

 ゼミで仲良くしてる高橋もガン見したまま何も言わずに通り過ぎていった。


 九月の風がすり抜けていく。

 今日はとても穏やかだ。


 いや、いや、、今の自分の状況を考えると決して穏やかではないだろう。

 こんなことが起きるなんて誰が思っただろう。


 そもそも、僕が彼女のことを思っていることは、彼女の近くにいる人ならばきっと全員わかっていたと思う。その僕が彼女を抱きしめる形となっているわけだから、恋が成就したのだろうか?なんて思われているのかもしれない。


 それに、狙ったわけではないのだが、今日の二人は、Tシャツに薄手のパーカーという出立ちだった。ペアルック的な服装も周りから見たらちょっと痛い奴らという感じなのかもしれない。


 彼女は一向に眠りから覚めない。

 僕の頬を彼女の長い髪がくすぐる。

 

 ベンチ裏にある大きな銀杏の木が直射日光を防いでくれている。

 柔らかな木洩れ日が当たってなんだか僕も眠たくなってきた。そういえば、まだ、彼女は僕の裾を握ったままだ。

 彼女への思いは日に日に更新していたのだが、今、さらに愛おしく感じていた。

 やっぱり、僕は彼女がとてもとても好きで、彼女しかないと改めて感じていた。でも、こんな僕に彼女が振り向いてくれるとは思えない。

 でも、神様がくれたこの一瞬の奇跡を僕は絶対に忘れないようにしょう。


 それから一時間位経ったのだろうか…。

 

「あっ、起きた!宮里君、大丈夫?」

「あっ、、、おはよう。ん????あれ、、もう大丈夫なの?」


 いつの間にか立場が入れ替わり、偏頭痛で意識を無くしていた彼女から大丈夫なんて言われてしまった。


「ごめんね。私、ちょっと昨日色々あって、、。結局徹夜しちゃったんだ。で、頭が痛くなって、、そこから意識ないんだけど、私、変なこと言ってなかった?」

「うん?何も言ってなかったよ。僕こそ色々とごめん!!柳瀬さんの友達とかも僕らの姿を見て絶句して通り過ぎていったよ。誤解させちゃったと思う。ほんと、、ごめん…」


 僕がまだまだ謝ろうとした時に、彼女は肩に下げていたトートバックから袋に入ったものを取り出した。


「ごめんっていうのは無し!はい。これ。お誕生日おめでとう」

「えっ………。」


 僕は、言葉を無くしてしまった。


「これから冬になるでしょう?ちょっと早いし、それに重いと思われるかもしれないけど、これ私が作ったんだよ」


 袋から見えたのは、紺色のマフラーだった。

 僕は、感動と何故という気持ちで、頭が大混乱していた。


「宮里くん。流石にもう分かるでしょう?」

「ん?分からないよ?僕は鈍感だし…」

「もうっ!!!」


 そう言いながら彼女は、僕の胸にちょっと顔を埋めると、「意地悪っ」と小声で呟いた。


 残暑厳しい午後ではあったが、僕は、袋から紺色のマフラーを取り出すと首に巻いてみる。


「んー!!こうしてお日様の下で見ると編み目がバラバラ!!恥ずかしっ」


 彼女は、そう言っているが、このマフラーはたった今から僕の宝物だ。

 彼女自身で編んでくれるなんて、何より嬉しいプレゼントだった。


「柳瀬さん。ありがとう。大事にするね。この冬は暖かく過ごせそうだよ」

「そうだよ。今年の冬はいつも一緒にいようね」


 彼女はまた僕の服の裾を握ると恥ずかしそうに呟いた。






第一話

終わり










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