第13話
大変面倒なことになった。他国の注目を私に集め、ハウエルではなく私を狙うように仕向けたい。そう思ってパレードの主役となり派手に立ち回ったら願っていない方向の注目を浴びてしまった。
(私を嫁に欲しがるなんて奇特な……)
それを言ってしまうと私に好意を寄せてくれているらしいハウエルも同じになりそうだが、幼い頃から共に時間を重ねてきた彼と、会話したことすらない他国の商人では話が違う。この国で“英雄レイリン”以外の私を最も知っているのはハウエルだ。そして“大魔導士ハウエル”以外の彼を最も知っているのは私だろう。
(一目惚れ、というやつか。……うむ、よく分からないな)
相手のことをよく知らないまま、一目見た瞬間に好きになる。そういう恋があることは知っていてもその感覚はよく分からない。たとえば内心の分かり辛い幼馴染などはその偏屈そうな外見だけで好きになってしまったら中身との違いに驚いて、好意を失ってしまわないだろうか。
(何でもない顔で内心慌てていたりして可愛いんだがな)
食材を手に訪れた魔塔の地下で私を出迎えたハウエルはいつも通りの顔でいながら、そのふきだしが大変混乱していたので「こういうところだな」などと考えてしまった。
「…………今日は遅かったな」
【結婚するってどういうことだ僕は何も聞いてないぞっていうかどこの誰と結婚するんだ僕は何も聞いてないんだが! レイリンが結婚、僕以外と!? その相手に会ってたから遅かったのか……!?】
「ちょっとトラブルがあってな」
市場での買い物中、ありとあらゆる人々に他国商人と結婚するのかと尋ねられ、それを否定するのに時間を食ったのである。私はその相手を知らない、結婚なんて考えていないと。
この話はかなり広がっているのだろう。地下にこもっているハウエルが知っているくらいだから。
「……どんなトラブル?」
【結婚相手ともめたとかそういうやつか!?】
「市場で民衆に捕まった。私が結婚するという噂が流れているらしくてな……そんな予定はないんだが」
「ああ、僕も聞いた。……あれ、どういうこと?」
【なんだ、違うのか。焦った……】
「まずは夕食にしないか? 食べながら話そう」
既に空腹なのだ。急いで夕食を作り、それらを食卓代わりの厨房の台に並べて食事を摂りながらパレードで私を見た誰がが求婚してきたらしいという話をした。
ちなみに今日のメインはトマトたっぷりのミートソースパスタである。がっつりとした大ぶりの肉をハウエルはあまり食べたがらない。しかし私としては肉を食べさせたいので、ミンチや卵を使ったメニューが多くなる。……ここ最近はもう随分と血色のいい、ただ色白なだけの顔色になっていてとてもいいと思う。
「君にその気はないのに噂だけが先行してるんだな」
【あの伝令係、本当に余計な伝令をしてくれたな……】
ハウエルに伝わったのは魔塔での連絡を担っている人間のせいらしい。噂を伝えられて落ち着かずに過ごして居たのだろうかと思うと少し、おかしな気持ちになる。
「そうだ。顔も知らない相手と結婚と言われてもな……それに、他国の人間だ」
商人は仕事のため一時的に居留しているだけでいつかは他国へと帰っていく。そんな相手と結婚するということは、私もまたゴルナゴを出るということ。
私が何のために騎士をしているか考えればそれだけはありえない。ハウエルがこの国にいる限り、私はこの国で騎士を続ける。
「……この国の人間で、顔見知りなら結婚したのか?」
【あのやたらと顔を見せる騎士とか……】
「いや……そもそもこの国の人間は私が騎士でいることを望んでいる。婚姻を申し込まれることは無い」
「……そんなことはないんじゃないか」
【僕は君と結婚したいですけど】
そうだろうとは思っていたがはっきりとふきだしに出たのは初めてだ。口に運ぼうとしたパスタがフォークから落ちて皿の中に戻っていった。
分かってはいても改めて突きつけられると照れ臭い。そしてやはり、それを声にして伝えてくれればいいのにと思う。
「……そういえば、ハウエルは私に騎士をやめて欲しいんだったな」
それは、その本音を話してくれないかという期待をどこか抱きつつ振った話であった。ハウエルが私に騎士を辞めろと言うのは私を心配しているからだ。私はその心配を嬉しく思うけれど、やはりこの仕事を辞める気にはなれない。結婚して引退してくれと言われたら困ってしまうかもしれない。
「君はどうしても辞めたくないんだろ。だから僕はもう辞めるべきとは言わない。……でも絶対無茶はするな」
【怪我をするようなことはしてほしくない。でも、あんなこと言われて止められる訳ないだろ……防御魔法の他にも何か、レイリンを守る魔法を考えないと】
今度こそ食事の手が完全に止まった。ハウエルの意識に小さからぬ変化があったようだ。危ないから騎士自体を辞めろと言うのではなく、心配はしたまま、それでも私の意思を尊重してくれているのが分かる。それがどうしようもなく嬉しくなった。台を挟んでいなければハウエルを抱きしめてしまっていてもおかしくないくらいに。
「絶対無茶はしないと誓う。約束だ」
「……うん」
「私は約束を守る
「……それは、知ってる」
【君が忘れてるっぽい約束も思い出してくれたらいいんだけど】
忘れてはいない。ただ、ハウエルが言葉にしてくれるのを待っているだけだ。彼の好意は大変分かりにくく、ふきだしがなければ私だって気づけなかった。だからこそ、彼の声で、言葉で、その約束の話をしてほしい。
(ああ、そうだ。教会にもいかなくてはな。まだ神に感謝を捧げられていない)
今のハウエルとの関係はすべて神の贈り物のおかげなのだ。護衛任務が終わってパレードの準備で忙しくしていたが、今はそれも片付いた。とはいえ私も日々仕事に追われる身であるし、自由時間というのはそう多いものではない。
食事を終え、街の噂も否定できて和やかにハウエルと別れた後、その足で中央広場前の教会へと向かう。
教会の礼拝堂は一日中開放されており、いつでも誰でも神に祈ることができる場所だ。しかし夜になれば皆家へと帰るもので、あまり訪れる人間はいない。私が礼拝堂へと踏み入れても人の姿はなかった。
天井は全て、魔法石を薄く伸ばして作られた色とりどりのガラスでできている。昼は日光を、夜は月や星の明かりをよく吸収するため、礼拝堂自体に照明の必要がない。……天気の悪い日は流石に、ろうそくの火を灯すだろうけれど、今日はよく晴れている。夜でも充分に明るかった。
(……むしろ、夜のこの空間は……とても神聖で、好ましい)
誰もいない空間で、ほんの少し色づいた光に照らされる。春が近いとはいえまだ夜は底冷えするような寒さで、建物の内も冷たい空気に満たされており、だからこそ身も心も引き締まるようだった。
正面の巨大な神の像の前に膝をつき、首を垂れる。指を組み合わせた手に唇で触れ、神への感謝を呟く。これには祈りと共に声を届ける意味がある。
「私を、もう一度この世に戻してくださったこと。与えてくださった力。……その御慈悲に感謝を。この命、決して無駄には致しません」
私はもう、死ぬようなことはしない。それではハウエルを心配させてしまうし、彼を傷付けてしまうからだ。必ず生きて戻り、なんともなかったのだと明るい顔を見せて、安心させてやらなければならない。それが騎士であり続けたい私を受け入れてくれたハウエルに対して出来る唯一のことだろう。
そうして神への感謝を捧げていると、外から複数の足音が聞こえてきた。私の他に参拝者が来たのか、それにしては人数が多いなと思いながら立ち上がったところで扉が開く。
「……レイリン=フォーチュン……」
私の名を驚いたように呟くのは見覚えのない顔、というより珍しい顔立ちの青年だった。肌は褐色によく焼けているのではなく元からそのような色をしているのだろう。健康的で快活そうな、遠い異国の人間である。
白よりは少しくすんだ、けれど月光を受けて輝く髪はハウエルの瞳を思い出させる銀色だ。瞳はこの薄暗さでもよく輝いて見える黄金で、それが私を捉えて離さない。
【なんて、美しい。まるで高級絵画でも見ているような心地だ】
口にはしていない。だからこそそれは彼の本音であり、この唐突な出会いと誉め言葉に私がたじろいでしまったのは致し方のないことだっただろう。
「……貴方は?」
「ああ、突然呼び捨てるなんて失礼をいたしました。初めまして、わたくしはデルセアの隊商を率いております、ルナンダと申します。……貴女様に交際のお願いを申し上げた者と言えば、お分かり頂けるでしょうか」
どうやら目の前の青年――ルナンダが、私に求婚状を送ってきた変わり者であるらしい。
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