第76話・あの人じゃないから!

 もちろん普通に戦えば、ティラノ率いる拠点組に勝てる相手は滅多にいない。だけど、位置を補足されているとなると話は違ってくる。魔王軍の感知はガイアにかかれば造作もないけど、それでも遠距離から囲んで一斉に魔法を撃ち込むとかされたらひとたまりもないだろう。

「ウチ達も急ぐよ、みんな」

「八白さん待って」

 走りかけた所を急静止するアンジー。おかげで前のめりに転がりそうになったぞ……。

「どしたの? 急がなきゃなのに」

「急がなきゃならないからだよ。とりあえずトリスとプチちゃんに先行してもらおう。だからちょい落ち着いて」

 ウチが止まるのを確認すると、アンジーは再びメデューサ達の方を向く。


「メデューサ、もう一つ質問だ」

 最大限の威圧をかけながらアンジーが問う。メデューサはもはやアンジーの言いなりだが……。なんかもう、魔王軍の相手は一人で全部解決出来るんじゃ? ウチも恐竜人ライズ達もいらない気がして来た。

「今この世界に魔王軍は?」

「じゅ、十一人……ざま……です」

「ミノやドライアドも入れてか?」

「……はい」

 ミノタウロス達とドライアドのチーム、それからここにいるメデューサとウェアウルフを除いてあと三人がこの世界に来ているって事か。ところで……そろそろ圧かけるのやめたって、アンジー。メデューサが涙目だわ。

「グリムロックはさっき倒してきた。残りの二人は誰?」

「バ、バルログと……」

「マジか。ヤバいじゃんアンジ―、バルログったら……」

「そうね……多分だけど」


 あれ? なんかアンジーがジト目でウチを見ているのですが……


「八白さんが想像している、格闘ゲームの飛び跳ねるあの人じゃないから」

「い、いやだな~。わかってるって。そんな想像してないよ……」

 違うんか~、めっさ想像してたわ。なんか残念。アンジーに見透かされた目で見られて、変な汗が出てしまった。

「でもまあ、相性という面で考えたらヤバいのは確かだね」

「……そんなに強いの?」

「魔力だけなら魔王軍随一の火炎魔人。まともに魔法を喰らったら私達でもただじゃすまないと思うよ」

 魔法耐性があっても防ぎきれない程の魔力持ちなのか。“魔法が来たらウチが防ぐ”っていう今迄の戦い方だと、恐竜人ライズ達に怪我をさせてしまうかもしれない。とすると、別の防ぎ方か、もしくは避け方を考えなければならないな。


「それで、もう一人は?」

「グレムリン……です」

「マジか。ヤバいじゃんアンジ―、グレムリンったら……」

「そうね……多分だけど」


 またもやジト目で……


「八白さん。魔王軍のグレムリンは、あの可愛い小動物じゃないから」

「え~、可愛くないの?」

「肉まんに顔を描いてグーパンで潰してからトイレの天井に叩きつけたような感じかな」

 酷い言われようだな……。そんなん言われたら逆に見てみたい気がしてくるんだけど。

「警戒すべきはグレムリンの方、十分警戒して。あいつはかなり狡猾なヤツなんだ。それがバルログと組んでいるとしたら……」

 自信家のアンジーがここまで言うって事は、かなりヤバい組み合わせなんだろう。ますますティラノ達が心配になってきた。


ミア姉(メデューサ)ワンちゃん(ウェアウルフ)ごめんな。怯えさせる気はなかったんだ」

 キョトンとしているメデューサとウェアウルフ。ウチが謝ったのがそんなに不思議か? 一応平和主義者だぞ、ウチは。

「グレムリンが襲っているかもしてない拠点にさ、ミアぴが留守番してるんだわ」

「まだそんな事を……」

「もう……死んでる仮定よりも生きている可能性を信じろって。君ら魔王軍の攻撃でミアぴが死ぬかもしれないんだよ? ここまで言ってわからないなら好きにすればいいさ」

 答えを待たずに走り出すウチと恐竜人ライズ達。アンジーとスーもそれに続く。メデューサ達がついてくるかこないか、悪いけどそんな事に考慮している余裕はなかった。

 それにしても『急いでいるなら落ち着け』というアンジーの判断は流石百戦錬磨だ。敵の情報がないまま向かっていたら、返り討ちにあっていた可能性が高い。


「キティちゃん、うちらに合わせなくていいから、超ダッシュで向かってくれる?」

「わかっただす!(キリッ)」

 どう表現するのが適当なのか判らない。ベタな言い方だけど、キティはギアが入ったその瞬間……まさしく風になった。――熱を帯びた旋風渦ヴォルテックスを繰り出す脚力で大地を駆け抜ける爆速少女。枯れた木々がしなり、風は渦を巻く。マジで衝撃波が半端ない。


「でも、んだよな」

「あ、八白さんも? 実は私もなんだ……」

 “何が気がかりなのか?”ウチもアンジーもわからないまま走っていると、前方からプチが飛んでくるのが見えた。


「ま、マスターさん、大変ですですぅ~」

 いつにもまして慌てているプチ。なんか嫌な予感しかしない。 

「何があったの?」


「ティラノさんもベルノちゃんも、みんなみんな……誰もいないんですぅ~」






world:05 あの嘘この嘘ヤツの嘘 (完)

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