秒速七蓮華のセツナ

@aiiro_nonome_2013

奇跡の存在しないセカイから

第1話 揺るがない決意の日から

 意外と簡単に人は死んでしまう。

 非情な現実を否応なく受け入れざるを得なくなったのは騎士として戦線に立たされた初めての日だった。


「お前は良いよな、実技だって筆記だって結局首席のまま終わったんだからさ」

「それはまぐれってやつだよ、まぐれ」

「まぐれで首席が貰えるなら、俺も一度くらい取ってみたかったよ」

「お、言うねぇ」


 人懐っこく笑う彼はなんていうかすごい奴だ、言葉で表わすのが下手だがとにかくすごい奴だ。

 正統派な顔立ちが格好よくて、勉学に励むのは趣味だって言い放ち、実技も背丈を活かした格闘戦から集団行動ではリーダーだけでなく仲間のフォローまでやりきるやつだった。


 今にしてみれば笑い話なんだが、騎士学校に入学したばかりの俺はそんなやつをライバル視していた。もう一度言うが、今では傑作けっさく選と言える笑い話だ。


「まぁあんまり気負うなよ。首席で出たこっちと比べれば最前線初日の緊張は段違い、だろ?」

「個人技だけなら、俺とお前は百戦 四十二勝 三引き分けだ」

「…カッコつかねぇよな、それ」

「うっせバーカ」


 今だって目の前のコイツは自分の心配をするどころかちょっとした冗談で気を紛らわせてくれる。本当にこいつには一生に敵わねぇな、なんて事をたった十何年かの人生で挫折…とは違うが思い知ることになるとは思わなかった。


「じゃ、帰ってきたら酒でも飲もうぜ。ここは教団のお偉いさんが重視している戦場だからか設備はあるし、酒だけでなく飯も他の戦場とは段違いで美味いらしいぞ。

 首席を競るくらいの秀才で良かったな、俺もお前も」

「マジかよ、そんな話何処から拾ってきたんだ」

「学校とココを卒業した騎士の先輩だ、セ・ン・パ・イ。やっぱり持つべきは良い友人、そして良い飯所だぜ。お前も早いとこ俺以外の友達作れよ、じゃあな」


 交友関係まで広いアイツに打ちひしがれ敗北感から一瞬言葉を失ったが、悠々ゆうゆうと去っていこうとする大きな背にはっと意識を取り戻して叫ぶ。


「お前みたいなお節介焼きは一人で充分だ!!」

「ははは、そうかもな!」




 それが、俺のみたアイツの最期だった。


「…なんすか、これ」


 ただがむしゃらに戦場を駆けた初日の終わり、拠点に帰ると訳も分からないまま上官に呼ばれ一室で言葉もなく手のひらの上に乗せられた十字架型のネックレスに当惑する。


「お前の友の形見だ」


 しらねぇよ、カタミってなんだよ…


「彼奴は多くの仲間を護った優秀な戦人だった。」

「アイツが、死ぬ訳ねえだろ…!!」


 振り絞る声は震えていた。だってあいつ、首席だぜ?

 実技だって、なんたって俺より強かった!!


「あの歳で失うのは実に惜しい人材だった」


 上官の血も涙もない一言で頭に血が上って、そこからの記憶はなかった。気付いた時には牢屋の中に鎖で雁字搦がんじがらめだ、ここまでやる必要無いだろ。


「お前、トト長官を殴り飛ばしたんだってな。騒ぎがあったと思えば長官の頬が赤く腫れててさ、何処の命知らずがやったんだって話題になったくらいだからな。

 常識知らずの新人でも中々そこまでやれる奴は居ないぜ、尊敬する」


 監視の兵が冗談交じりにそう言って笑った。


「なぁ、無視しなくても良いじゃねえか。名前は?」

「…レイ」

「じゃあレイ、話は聞いてるぜ。お前、友だちを失ったんだってな」

「………。」


「実は俺さ、これでも長官と一緒の部隊だったことがあるんだよ。長官はすげえぜ、長官の身体の五倍もあるモンスターを素手で殴り倒すんだ。重いからって鎧も付けずに上半身裸でな。そのうえ頭も王都の平和ボケした参謀よりかずっと回る…あ、これじゃ褒め言葉になんねーな。まぁ頭も良いんだ、うん。

 正直ありゃヒトの姿をしたミノタウロスだぜ、そんな奴をオメーは正面から殴ってんだ、お前もミニミノだな。」


 お喋りなやつだと思いながら、一つだけ納得のいかない事を言葉にする。


「…アイツだって、俺よりずっと凄いやつだった。」

「ああ、長官が手放しで褒めたんだろ。本当に、惜しい奴だ」

「惜しくなんか無いッ!!…おし、く、なんか…!!」


 大人にもなろうとしている年齢で涙で声がうまく出せない。なんだよ皆して。あいつが惜しい、惜しいって。俺が生き残って、あいつに何が足りなかったって言うんだ。


「…悪ぃ、そういうつもりじゃあ無かった。お前が一番辛いってのは解っているつもりだったんだが、な。」

「…いや、俺も解ってる。惜しいって言うのはそれ程あいつがここに必要だった、って言うのは」

「お前が今居るのは牢屋の中だけどな」

「うっせーこの鎖引きちぎってはっ倒すぞテメェ、人が真面目な話してる時に茶化しやがって」

「怖えぇぜ、ミニミノが怒りやがった」


 目の前に居る細身の監視兵、この牢から出たとき真っ先に行く場所は決まった。


「さっきの今でそれだけ元気があればなんとかなるぜ、若者は元気がイチバン。ってな!!」

「………」


 解っていた、アイツがよくやっていた冗談って奴だ。はは、そんなのをやられると本当にまだあいつが生きていて『この俺が死ぬ訳ないだろーよー』とか小馬鹿にしてきそうな様子が脳裏に過ぎる…実感は未だに湧いてこないらしい。


「あ、そうだ。お前明日から雑用な」

「…は?」

「備品整理、補給車の誘導、届いた物資の運搬作業、それと便所掃除その他いろいろ。」

「いやいやなんでそんなに?」


「お前あったりめぇだろここで一番のボスを殴っておいて軍事裁判で死刑にならなかっただけ温情に溢れたハッピッピーな職場だと思えよ!!

 長官様の鶴の一声でようやっとお前が掴んだビギナーズラックってやつだから。毎朝長官に一時間祈って感謝しながらトイレ掃除、やれよ!!」


 彼の言うハッピッピーの意味はよく分からなかったがこの後日、俺に代わりトト長官によってミノタウロス呼ばわりの罪状で彼は筋肉巨人の鉄槌が下されたらしい。




 あの日から時々、もし俺が彼の隣に居たらと思う時がある。二人いても変わらなかったかも知れないし、もしかしたら彼を助けられたのかもしれない、言ってしまえば後悔の念だ。

 だからせめて、剣が届く場所に居る人だけは護れるようになると。そう俺は決意したんだ。

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