第10話 ヒーロー

 静かな路地裏に建つ、寂れた一軒家。

日頃から掃除がされていないのか、家の窓は煤で汚れていて、覗いても中の様子が見えづらい。けれど、よく目を凝らせば部屋にベッドが置かれ、そのうえに、緑の髪の幼い少女が眠っているのが見える。


壁が薄いせいで、耳を傾ければ、薄汚れた汚い男の声が聞こえてくる。



「ぐへへへ、リリナちゃん、おじちゃんといいことしよーね」


惚けた顔で、穢れた指で、俺のリリアに触ろうとするその男の姿は、あのクソ伯爵を彷彿させる。まさに醜いブタだった。


部屋の窓を蹴りあげて侵入する。

バリンと窓が割れる音に驚き、男は尻餅をついた。


「だ、だれだぁ!?」



「・・・・・・」


──ふっ、俺がだれかだと? それは後できっちり教えてやるさ。



男の質問にはすぐに答えずに、無言で床に散りばる割れたガラスの破片を、さらに踏み砕く。


(聞こえるか、哀れなブタよ。このガラスの砕ける音が)


「なっ、頭のなかに直接声がッ、ど、どうなってやがる!?」



耳を押さえて、パニックに陥る男。

慌てて近くにおいてあった剣を手にとり、こちらに向けてくる──が、無駄だ。


(この音は、お前の穢れた人生の後奏曲ポストリュード、運命のカウントダウンは、はじまっているぞ)




魔力で強化してある木刀を、高速の速さで振ってやると、男の持つ剣が根元から絶たれて、弾け飛んだ刃が天井に突き刺さった。


「ひぃぃぃ、小人のばけものッ」


(ブタに化け物呼ばわりされる筋合いはない)


軽くこずくつもりで、ジャンプして男の鳩尾を蹴っとばす。


「うぉぉええッ!」


面白いくらいに弾け飛び、壁にぶつかり嗚咽をこぼした。

呼吸ができないようで、はっはっはと短く息を吐き出して苦しそうにもがいている。


(鳴き声まで醜いとはな)


俺は脂汗にまみれた男の顔を見下ろす。

ソイツは、数週間前に冒険者ギルドで俺に絡んできた三人組の一人だった。

リリナを後ろから抱き締めて、イタズラをしようとした奴だ。


(僅かでも少女に触れられて幸せだったか、このブタ野郎)


「まっ、まってくれ。俺はまだ何もしちゃいねぇ。この子を連れ戻しにきたのなら抵抗はしないから、これ以上暴力うぉ」


ゴミみたいな言葉を口から捨てだそうとしていたから、口に木刀を突っ込んで、喋れないようにする。


(空気が汚れるだろ、リリナが寝ているんだ。少し黙れ)


男が今さら何を言おうともう遅い。

俺の友達に手をだした時点でお前の運命は決まっていたのだから。

それに、本当なら、お前は冒険者ギルドであの時死ぬはずだった。僅かでも延命できたことを喜ぶがいい。


少しずつ、ゆっくりと木刀を奥に押し込んでいく。


「う゛う゛う゛ッ」


(最後に質問に答えてやろう。お前は俺が誰かと聞いたな? 教えてやるよ)



そう言って俺は顔を隠している布を剥ぎ取った。



「!?」


(来世では見た目で人を判断しないことだな)



そして、俺は力を込めて喉を貫き、男の命を冥府へと送ってやった。



■■■■■■■




「う、うーん・・・・・・・ここは?」



隣で眠るリリナが目を覚ました。

上半身を起こして、眠そうに目を擦っている。


俺達がいまいる場所はリリナの家の屋根だ。

俺はここで、リリナが目を覚ますまで一緒に寝転がり星空を見上げていた。


「君は・・・・・・ルーク?」


(ルーク? はて、それは誰のことだろう)


直接、頭に話しかけらて、普段あまり表情を動かさないリリナが、目をパチクリとさせる。ぷぷ、間抜けな顔だ。俺はいま全身タオルだらけの完璧な変装中だ。正体がバレる筈がない。当てずっぽうで見破ろうとしても、その手には乗らない。


「いや、姿形がどうみてもルークなんだけど?」


(何を言っているんだセニョリータ、俺は通りすがりの、ただのセニョールさ)


「・・・・・・ださ」


(ははは、冗談が上手いな君は)


「・・・・・・・・」


リリナがなにやら考え込むように黙る。


(こう見えても、君の命を救ってあげたんだよ、別にお礼とかは、全然言わなくてもいいからね?)


「うん、ありがと・・・・・・でもやっぱりルークだね」



(どうやら襲われて意識が混濁しているようだ。でも安心するがいい。もう君を狙うロリコン冒険者はこの町にはいないから)


「うん? なんのこと、わたしを襲ったのは」


──と、リリナが何かを喋ろうとしたが、俺はリリナの口唇に人差し指をあてた。



(あいにく、答え合わせは自分でしたい主義なんでね。そこから先の言葉は必要ない)


それに、最初からわかっているさ。リリナがあの程度の男に捕まるはずがないってことくらい。


(セニョリータ、そろそろ俺は答えを見つけに行くとするよ。気まぐれな女神が、夜の帳に真実を隠してしまう前にね)


「よく分かんないけど、わかった」


(では、またいつか月下の光が闇を照らすその時に、お会いしよう)



「また明日ね、バイバイ」



そして俺は漆黒のタオルケットを翻し、目的の場所へ向かうのだった。

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