3 英雄たるは

「そういえば、今回の件、アレですよね、記事の確認させられましたね」


 織歌おりかとしては、ひろがとっても嫌そうな顔をして言い訳してるのに無理矢理見せられていたその一幕の印象がやたら強いのだが、記事自体の出来はとても良いものだったと記憶している。


「うん。リャナン・シーLeannan-sidheは人を魅了して、その生命を縮める代わりに、芸術の才を限りなく伸ばすとされる女性の姿をした妖精だから、そのための確証として、母語話者native複数人の判定が欲しかったわけ」

「なるほど、だからひろちゃんにも無理矢理見せてたわけですね」

「……アレは逃げる方が悪いでしょ」


 織歌おりかが先に読んでいたため、ひろは自分の判定など取るに足りないというのを建前たてまえに、本音は織歌おりかが判定したんだからもういいじゃん、恥かかせないで、と記事を読むのを固辞こじしていた。

 のだが、結局、後ろから紀美きみにがっちり肩をつかまれて捕獲され、読まされていたのである。

 不覚、なまった、などと叫んでいた気もする。たぶん本当にその気なら、紀美きみをぶん投げていた気もするけど。


「それで、高橋さんがリャナン・シーにかれているとしたんですね」

「まあ、発生した事象の因果関係がリャナン・シーLeannan-sidheだからね。運命の女famme fataleみたいなものだ」

「サムソンにとってのデリラ、パリスにとってのヘレネー、ホセにとってのカルメン、ですか?」

「よくそんなさらさらと出てくるな……」


 ファム・ファタールfamme fatale

 運命fatalefammeを意味するフランス語だが、多く物語において男をヒーローたらしめる一方、破滅を招く魔性ましょう女性ヒロインを指す場合がある。

 織歌おりかが上げた『旧約聖書』士師記ししきに登場するデリラによってその怪力を一度失ったサムソン、一番の美女たるヘレネーを望んだことでトロイアの滅亡をまねいたパリス、そして歌劇『カルメン』でカルメンに会ったことで人生が狂う衛兵ホセは、その意味で使われた場合の典型例だ。


「まあ、英雄heroはギリシャの最高ヘーラーと語源が同じって言われるからね。英雄が英雄足りうるのは、己の関係する女の加護を得ているという場合が多々ある。いもの力っていう考え方がワリと普遍的って話」

「そして、逆説的に女が裏切れば、その人に過ぎたる英雄としての力が破滅を呼ぶ、と?」


 ロビンがうん、まあ、うん、と歯切れ悪く織歌おりかに答えていると、丁度店員がチーズケーキを運んできた。

 もしかしたら話の切れ目を狙ってたのかもしれない、と思いつつ、チーズケーキを受け取り、店員は伝票を置いて去っていく。


「まあ、『カルメン』まで来たら、大衆というあかと現実というフィルターが付くから、ホセはそんな大層な奴じゃないんだけど……というか原作準拠じゅんきょだとろくでなしなんだけど」

「そういえば、原作はカルメン逃がしてそのままカルメンのいる犯罪集団に籍をおくんでしたっけ」


 そう織歌おりかが割合大き目なチーズケーキの先端をフォークで小さく切って口に運ぶと、ロビンの鋭い目は明らかなあきれの乗った視線だけ返してきた。

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