side B

1 のしかかるもの、よこたわるもの

 なんだか少し外が騒がしいような気がして、織歌おりかは少しだけ首を伸ばして、入り口の方を見た。


「やめた方がいいよ、オリカ」

「はい?」


 ボックス席なので、ロビンがそこにいる以上、織歌おりかは席をはずすことも出来ない。


「外ね、たぶん大騒ぎだから」

「何かあったんでしょうか……というか、ロビンさんは何かあるってわかってたから、いつもと逆にしたんですよね?」


 いつも。

 いつもなら、基本的にスタイルである。

 それをあえて崩す判断をしたのはロビンだ。


「うん。大なり小なり、ね。ただ……正直、予想以上が起きたかな」


 少し憂鬱そうな表情でロビンがため息をつく。

 そして脇のスタンドに片付けられているメニューを指さした。


「もうちょっとここで待ってた方がいいから、オリカ、なんか好きなもの頼んでいいよ」

「え、あ、はい」


 そうしてメニューを広げて目を通しては見るものの、織歌おりかは先程、を呼ぶ前後に見た光景の方が気にかかる。


「ロビンさん」

「ん?」


 ケーキのページを開きつつ織歌おりかが声をかければ、紅茶のカップに口をつけながら、ロビンがこちらを見る。

 織歌おりかはもう一度、それを思い出して、それから口を開いた。


「さっきのあれって、所謂いわゆるところのサキュバス、というやつですか?」


 ぼごふっと変な音がした。

 そのままカップを急いで置いたロビンは、げほごほと身を折ってき込んでいるが、その眼鏡のレンズは可哀想なほどに紅茶の飛沫しぶきが飛んでいる。

 紅茶をいてむせている兄弟子あにでしを見ながら、織歌おりかは変なことを言っただろうか、と首をかしげた。


 ――しばらくして、何度か深呼吸を繰り返し、足元に置いていた肩掛けかばんから取り出したハンカチで眼鏡をぬぐったロビンは頭痛がすると言いたげな表情で織歌おりかを見た。


「ええっと……何をどこからツッコめばいいのかな、ボクは」

「どこにもツッコむところはないんじゃないかなあ、と思いますけど」

「いや、あるよ! まず、そんな単語どこで覚えたの」


 お母さんみたいなことを言うなあ、と思いつつも、織歌おりかとて、一般のイマドキの高校生である。


「ええ……ネットの世界を見てれば普通に目に入りませんか?」


 つまり、SNSソーシャル・ネットワーキング・サービスとか、ちょっとオタッキーな友人とか先輩とか、織歌おりか自身、これはダメみたいなものがない、所謂いわゆる地雷はないタイプなので、普通にその繋がりで情報は入ってくるのである。


「……なるほど、それは一理ある」


 少しだけ冷静になったらしいロビンはそうつぶやいた。


「じゃあ、そう判断した理由は?」

「それは……」


 織歌おりかが見えたのは、長い黒髪の清楚に見えるが煽情的な格好をした女性、とそれが上げる悲鳴を気にも止めずにばりばりとたいらげたである。


が食べてた女性が、とても、その、煽情的な格好だったので……たまに下着屋さんで見かけるような」

「ボクとしては最後の情報、全然らないんだけど……」


 食いつくより困惑して引くあたり、とても紳士な兄弟子あにでしである。

 金髪からのぞく耳が赤いような気がするのは、たぶん気の所為せいではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る