103話 ロレンベルグ家 (続・視点変更)

 ロレンベルグ家。無冠の王。爵位を捨てた貴族。

 その気になれば国境線を黄金の道で囲える。新たに国家を作り、黄金の城を建設できる。そう実しやかに囁かれる豪商。

 膨大な財の裏には、輝かしくも血で塗られた歴史が存在する。

 800年前。妖精達との戦争の火種が生まれた。

 未曽有の大災厄が引き起こされると見越し、一介の貴族であったロレンベルグの当主は、即座に全財産を投じて鉄と食材を買い占めに走った。

 食べ物が無ければ生きられない。生きる為には戦わなければならない。いかなる暴利であっても、不足しているものは売れる。買い占めた物資は、仕入れ値の数十、数百、数千倍もの金貨となって、瞬く間に返って来た。

 その金を元手に、ロレンベルグが次の着手したのは、武器であった。

 異端の女宗主は、夫にグランディス皇国の妖精の男を迎えると、二国へ同程度の性能の武器を売りつけ、戦争を長引かせた。戦争が長引けば、武器や食料などの物資が必要になる。そして、再び売りつける。

 この繰り返しによって、ロレンベルグは巨万の富を築き上げ、いまや二国の商業圏を裏で掌握するまでに至っている。

 だが、その富は人々の血で成り立っている。現代であっても珍しい女傑の一族である事から〈浅ましき女の血族〉〈金に魂を売った女〉〈死の商人〉〈呪われし一族〉等、裏では蔑まれている。


「ホムンクルス……? そんなの、初耳だ」

「そうだろうね。一般的に人型のホムンクルスの製造は、法によって禁止されている」


 ロレンベルグがホムンクルス事業に手を出した事は、一度もない。製造が開始されるよりも前に、倒産する事業であると即座に判断したからだ。

 フラスコの中の小人。ホムンクルス。

 錬金術によって生み出される人造の生物。人工妖精とも呼ばれ、身体を形成するハーブ等の材料と核の他に、生物を模すための情報が必要となる。それは生き物の髪や血肉だ。800年前の戦争では、人員不足によって死体の一部を利用して、人型のホムンクルスが製造されていた。


「でもエレウスキー商会は、裏で事業の準備を進めていた」


 ホムンクルスの製造には、人型なら人間の赤ん坊とほぼ同じ日数が必要となる。

蒸留器に材料を入れ、40日間密閉し発酵させ、魔力壺の中に透明なスライム状の物質が精製される。それが壺の中に予め入れられていた核を取り込む。そして毎日情報源となる生物の一部を与え、保温しながら40週間保存するとホムンクルスが誕生する。時間は掛かるとしても女性が一人を生むのに比べ、それ相応の材料と施設さえあれば大量に製造が出来る。

 その日数を早めても動けるように改良が進んだが、その分短命であった。


「そんなの憶測だ」

「ここの地下室、見た事があるかい?」


 ラグニールの問いに、サージェルマンは〈ある〉と口にしようとしたが、言えなかった。

 地下室は、備品の置き場として用意された場所だ。まだ開店前のこの店には、置くようなものは差ほどなく、彼は足を踏み入れた事は一度もなかった。

 経営を任されているのに、店の全体を確認していない。

 母の事、自分の事、何もかもが偽り。そんな筈ないと言い聞かせても、自分の中は空っぽだと気づかされる。今まで疑問に思った事もなかったサージェルマンは、次第に不安になり始める。


「いくつかの店舗に雇われている商人達が、商品とは関係のない薬品や資材が届けられている事に気づいてね。調べたところ、希少な薬品も混ざっていた。オーナーに問いただしても〈忘れろ〉の一辺倒だったそうだよ」


 ホムンクルスの心臓となる核は、主に魔鉱石が使用されるが、魔力を込められるのであれば他の材料でも代用が可能だ。

 禁止されている薬物は、命樹と呼ばれる希少な巨木から染み出す特殊な赤い樹液。高い魔力を含むため、錬金術師が考案した術式によって、琥珀に似た結晶を作り出す事が出来る。純度にばらつきのある魔鉱石に比べ、魔力量が均一で加工がしやすい事から、800年前はこれをホムンクルスの核として重宝されていた。

 また赤い樹液には高い回復効果と解毒作用があり、終戦後の疲弊していたグランディス皇国は外貨を稼ぐために薬を量産した。結果、人々の命が救われる代わりに命樹は急激に減少し、現在は保護されている。

 イリシュタリア王国の千年樹のように、市場に出るのは滅多にない品だ。それを、エレウスキー家は大量に購入していた。


「ホムンクルスを作るなんて事、父さんがする筈ない」

「そうだろうね」

「…………まさか、父さんまで亡くなっているとでも言うの?」


 ラグニールは静かに頷いた。

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