73話 魔方陣を描くモノ
ゼノスとアンジェラさん、そしてグラン、レフィ―ドは私と一緒に、リュカオンはニアギスの護衛に付いてくれた。リュカオンは、出てくる結晶体を確認したいと言っていた。彼の持っている知識の中に、該当する物であれば、対策はより早く出来そうだと思う。妖精達は、眠いと言って姿を消してしまった。
「ここが、ボクとリュカオンが最初に発見した場所。引き摺った跡以外に足跡が無くて、奇妙なんだよね」
魔物達は相変わらず活発であるが、グランのお陰で私達は地図で示された地点へと難なく来ることが出来た。
『血の匂いは完全に消えているな。気配もかなり薄くなっている』
剥き出しになった地面。魔物が踏みつけて行った草。ぶつかった拍子に折れた枝や葉が食べられた木。自然界では至って普通の光景に思えたが、注意深く見ると違和感がある。
『この地点に一番近い結晶体の周囲に、そこから放出された魔力とは別の気配がある。それは、ここと同質のものだ。霧散し、魔素の状態となっている』
「隠れ蓑にしているのかぁ。やっぱりボクより君の方が精度は高いね。流石だ」
アンジェラさんは昨晩の出来事について、納得をしている様子だ。
「ゼノスの感じた気配もこれ?」
私はゼノスに確認をする。前回のように負の想念の塊と一緒に遭遇した事もあり、彼は何か違うものを感じ取っていると思った。
「はい。それともう一つ、あの小高い山の様な場所です。風森の神殿の遺物と同質の他に、大きな存在がいます」
「! それって、ロカ・シカラみたいな存在?」
浄化を継承する魔物では、と期待したが、ゼノスは何とも言えない表情をする。
「いや……その……彼とは違うと言いますか、神聖さとは程遠いように感じます」
「いやいや。神聖かどうかは関係なく、教えてよ。ボクらの目的の一つでもあるんだから」
否定するゼノスにアンジェラさんはそう言い、私も大きく頷いた。
「それは……」
「それは?」
「…………あの山そのものが、気配を帯びているんです」
躊躇いがちな彼の回答に、私達3人は困惑する。
「うーん……それは……否定は出来ないし、可能性はゼロでは……いや、でも、この場所に?」
アンジェラさんは何か分かったらしく、ブツブツと言い始める。相当迷っている様子だ。
『あれは精霊の気配では無かったのか?』
レフィードは、牙獣の王冠に生息する魔物は全て精霊憑きと言っていた。私達も、魔物達を実態に見て、理解した。
言い回しによって食い違いが発生したのか、と思ったがゼノスは小さく首を振った。
「精霊達の奥と言いますか……カーテンやシーツの下にいる様なかなり弱い個の気配があります」
覆い隠され、潜む何か。
私はもっと詳しい話を聞こうと口を開こうとした。
「口閉じて」
アンジェラさんが私とグランを一瞬で抱えて、森の中へ飛び退いた。
次の瞬間、私達がいた地点に何かが突っ込み、地面に突き刺さった。勢いの激しさから土埃が舞うが、日の高さからその影の大きさが鮮明に見える。
『負の想念……』
レフィードは警戒の色を滲ませながら言う。
土埃が治まり、地面から抜かれた顔は土を吐き出し、ゆっくりと私達を見据える。
赤黒い大蛇。人間どころか、馬や牛、走竜ですら丸呑みにしてしまいそうな大きな顎に、太く長い胴体。竜種の蛇竜科の中でも、大型に属する。
音が無い。いや、音を立てずに近づいて来た。
じりじりとゆっくりと確実に私達の距離を詰めて来たんだ。
アンジェラさんが咄嗟に私を抱き上げ、距離を離してくれなかったら、今頃飲み込まれてしまっていた。
『アンジェラ、あの種類はここに生息しているのか?』
「時期になると獲物を狩りに来るよ。でも、今じゃないし、あんな色じゃない。狩猟の仕方がおかしい。鱗の具合から見て、あれは死体だね」
大蛇の鱗の一部が剥がれ落ち、本来塞がる筈の傷は常に開いたまま、まるで空洞の様になっている。
「竜の血ですら足らなかったか。でも魔方陣を書きつつ動くには、確かに蛇の体は適任だ」
負の想念に憑依され殺された蛇竜。引き摺った形跡は、この蛇竜が移動した跡。
食物連鎖の頂点に憑依できるまでに、負の想念は力をつけて来た。
「今から全速力を出してニアギスのところに行く。後を頼める?」
結界魔術が通用しないと判断したのか、アンジェラさんはゼノスに問いかける。
「はい」
即座に彼は答え、私は驚いて止めたくなったが堪えた。一目散に私が狙われた以上、身勝手な行動は出来ない。
前回と同じような流れで、とても悔しい。
「2人とも、少し耐えてね」
「はい」
「キュイ!」
アンジェラさんの肌に描かれた魔方陣がいくつか発動し、その場から一気に走り出した。
背後から金属音が聞こえた。
最短距離で抜ける為に一直線に走るアンジェラさんは、山の付近を通り過ぎようとした。前方の木々が突然倒れ始める。以前のように魔物が食事の為に木を倒しているようには見えない。
意図的だ。
「っ!!?」
倒れる木を避けきったかのように思えたが、今度は背後から襲いかかって来る。まるで雨のように上から降り、アンジェラさんは何とか走り抜けようとした。
地面がせり上がる。
視界が一回転し、何が起こったのか分からずそのまま倒れた。
少し身体を打ってしまったが、まだ動ける。
「アンジェラさん!」
「大丈夫。少し背中を打っただけ」
アンジェラさんは立ち上がり、土埃を払う。グランも無事な様子で、私は安心する。
「ちょっと不味い状況。一匹じゃなかった」
倒木の上や間から、さらに地面の中から大蛇が現れる。
ほとんど同じ大きさの個体。視界に入るだけでも5体はいる。
「地面の魔素で動いている訳か。厄介だ」
アンジェラさんはそう呟きながら、私達を庇うように立つ。
地面の中に埋まる結晶体、そして魔方陣を描く為であり大蛇を操る為の魔素。牙獣の王冠外に出るか、大蛇の遺体を全て破壊するまで、しつこく追って来るだろう。
「レフィード。山へ3人で逃げてもらえる? 魔物達に助けてもらおう」
活発に動く精霊憑きの魔物達を逆手に取り、アンジェラさんは提案をする。私達の背後、聖域のある山は200メートルほど先だ。
『ミューゼリア。行けるか?』
「う、うん」
「プィ!」
グランは素早く私のリュックの上に捕まる。前回と違い、羽のようにとても軽い。
「よし。行って!」
アンジェラさんが雷の魔術を発動させ、大きな音を立てた瞬間、私は走り出した。
後ろから何かが来る気配はない。
大きな雄叫びが至る所で聴こえ、魔物達の多くが私を通り過ぎ大蛇の方へと向かっていく。
肌がざわざわと何か違和感を感じ取っている。
なんだろう。
何かがある。
『ミューゼリア。どうした?』
「わからない。わからないけど……」
山まであと数メートルの所で足を止めてしまった私に、レフィードは声を掛ける。グランが心配そうに私の肩を静かに叩く。
先程、ゼノスが言っていた気配がここにいる。
「ねぇ、レフィード。ロカ・シカラの時のように、私は何かできる?」
レフィードは一瞬驚いた様子だったが、すぐに頷いた。
『一回だけ。呼びかけてみよう』
緊急事態なのは分かっている。しかしこの期を逃したら、負の想念がより活発になり、私が立ち入ることが出来なくなってしまう可能性が高い。
騒ぎを聞きつけニアギス達が来てくれる。甘い考えだけれど、それに賭けて、私は杖を取り出す。
〈朝焼けの杖〉が巻き付いてしまった私の杖。
今度は浄化を手助けするのではなく、レフィードと共に呼びかけてみる。
「あれ……?」
杖に魔力が通っている感覚が無い。
練習の時はいつも力を貸してくれるのに。
「!?」
杖に注いだはずの魔力が手の平から流れ落ちている。
血の気が引く。完全に拒絶されている。
理由が分からない。
危ない状況で、皆が戦って、守ってくれているのに、私だけ何もできないのは、おかしい。
「寝てるの? ねぇ、起きてよ!」
リュカオンの言葉を思い出し、呼びかけてみる。でも、眠っているのは朝焼けの杖の方で、千年樹ではない。
焦りが強くなってくる。
起きて。起きて。起きて!!
「お願いだから、起きて!!! 起きてよ!!!」
何度も、杖に呼びかける。
地面が大きく揺れている。
立てない程の揺れに、思わず座り込んでしまう。
目の前に、地面から生える様に大蛇が現れる。
「あっ……」
やってしまった。直ぐに失敗だと諦めて、走り出せばよかった。
分かっていたのに、馬鹿な事をした。
『ミューゼリア!! 伏せろ!!』
「え?」
地面がさらに大きく揺れた。更に激しく、座っていることすら困難な程だ。
「きゃあああああああああ!」
「ピィ!?」
大蛇の下から切り立つ岩壁が勢いよく迫り出す。
対処不可能な速度によって、牛や象すら丸呑みできそうな大蛇が土ごと飛び上がる。
何処かのゲームでジャンプ台に乗った主人公が恐ろしく飛び上がる様に、画面上でしか見た事がない位に見事な打ち上がりっぷり。
予想外の出来事に、皆が空を見上げてしまう。
雲一つない青い空に大蛇が無抵抗に宙を舞う。
「え? え???」
訳が分からない状況に、開いた口が塞がらなかった。
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