66話 壊れた小屋の周囲に広がる森

牙獣の王冠に茂る森は、松などの針葉樹でも楓などの広葉樹林でもなく、ジャングルのような熱帯雨林によって形成されている。気候としては場所通りの山地帯のため、湿気はあまりなく、そのアンバランスさがダンジョンの特異な生態系を物語っている。


「本当に、二階が無い……」


 頑丈な筈のレンガ造りの建物は、完全に二階部分が無くなり、敷地の横に廃材としてまとめて置かれている。一階も無事とは言い難く、衝撃で割れたガラスの窓は板で覆われている。

ゲームで魔物に襲われ、被害を受けた町の姿を思い出す光景だ。

あの時も、廃材が纏められ、壊れた家が建ち並んでいた。魔物や戦闘によって倒壊した建物の瓦礫で亡くなった人も多く、アンジェラさんと銀狐の人が外に居てくれて良かったと心底思った。


「ここが一階」


 一階の玄関扉はちゃんと開いた。中に入らせては貰えなかったが、何もない綺麗な状態だ。飛竜落下の衝撃で一階にあった家具は全て倒れたのだろう。壁に長年置かれていた家具の痕跡が残っていた。二階へと続く階段の家は板で覆われているが、小さな隙間から太陽の日差しが漏れ出している。


「二階が寝る部屋だったんだ。そこに8台あった2段ベッドは、全部ダメになって今は外だよ」


 瓦礫の山の中にはレンガだけでなく、壊れた木製のベッドや破れてしまった毛布や枕が置かれている。


「ベッドの骨組みだけでも、再生できない?」


 アンジェラさんがおもむろにニアギスさんに聞いた。


「可能です。しかし室内を使用出来る状態にするには、少々時間が掛かります」


 一階は無事だったが、安全かどうか点検が必要だ。一週間いるので、雨が降った際の雨漏り対策もしなければならない。ニアギスの発言に私は納得する。


「空間魔術って万能そうなのに、パッと一気できないんだね」

「あれは、空想を現実にする魔術ではありません。素人が考え無しに岩壁を積み上げた所で、忽ち崩れます」

「確かに」


 棘のある発言をしてぶつかり合ったように聞こえ焦ったが、どちらも険悪な雰囲気は無い。どちらも素直に発言し、意見を交わしていると分かって安堵する。アンジェラさんは50年もアーダイン公爵家と関りがあるから、ニアギスとも交流が深いはずだ。

 私が下手に気を配らない方が、良い様に思えた。


「時間が掛かるのでしたら、その間は近隣の調査を行いますか?」


 グランが室内に入りそうになり抱き上げたリュカオンは、私に問いかけてくる。


「うん。ここはニアギスにお願いして、私達は日暮れまで見て回ろう」

「かしこまりました。お嬢様、御三方、いってらっしゃいませ」


 ニアギスにこの場を任せて私達4人は牙獣の王冠の中層へと入った。

 外層が山脈、中層が森、深層が中央の小高い山となる構造は、風森の神殿よりも見分けがつきやすい。ジャングルの様な森の中で、私達は精霊憑きの魔物を探す。


「星の愛子って名前の由来って何でしょうか?」


 道中で、ニアギスさんに聞きそびれた質問をアンジェラさんに訊いてみた。


「それは彼らが、絶対に魔物に襲われないからだよ。世界に愛されている子なんだ」

「絶対に? え、本当に?」


 私と手を繋ぐグランを思わず見てしまう。


「キュ?」


 首を傾げるグランは、確かに可愛い。


「うん。ボクは50年来の付き合いがあって、実証実験もさせてもらったら、本当に襲われなかったよ。目の前に子連れのウルレェトがいても、彼らは素通りするだけだった」


 ウルレェトは熊に似た魔物だ。生態はほとんど熊と大差が無いが、攻撃と防御面が非常に高く、やり込みの二周目以降に出現する高難易度ダンジョンにしか出てこない相当危険な魔物だ。ゲームでは親子連れはお目見えしないが、熊の被害を考えると、死を覚悟するレベルだ。

 今は無き神からの加護だとしたら、その恩恵が凄まじい。これならば、ダンジョンに村を立てられるわけだ。


「実際に今も襲われてないでしょう? 秋は冬ごもりの為に、多くの牙獣種が餌を沢山食べるか貯める時期だよ」


 そうだ。そうだった。教えてもらっていたのに、やるべき事に思考が固定されてしまっていた。牙獣の王冠は、冬になれば雪が積もる。植物達から得られる食べ物が一気に減る。冬眠をしなくとも、冬毛へ生え変わる為の栄養を必要とし、脂肪を蓄える為の大事な時期だ。種によっては、繁殖やそれに伴う縄張り争いも起きる。かなり危険だ。


「失念してました……」

「逆に活発に動いてるから、発見できる数が増えて良いと解釈もできるよ」


 指摘しながらも、フォローを入れてくれるアンジェラさんの優しさが身に染みる。


「精霊憑きを見つけたいところだけど、問題は神脈が流れている分、精霊の数が多い事だね」

『ここに生息する成体の魔物は全て精霊憑きだ』


 レフィードが姿を現す。


「えぇ!?」

「そうなの!? 詳しく教えて!!」


 レフィードの発言に驚く私と、嬉々としてメモ帳を取り出すアンジェラさん。


『ロカ・シカラ達ヴァーユイシャとは異なり、ここの精霊憑きは特殊な関係だ。壁に隔てられ、魔素が満ちている分、炎や落雷を発生させる力は棲む環境を失いかねない。その為、己の肉体が最大の武器となるように進化した。精霊を見張り役や、肉体の魔力循環の正常化に協力してもらう為に魔物達は自らの身体を提供している』


 2つ目の大型ダンジョンは平均攻略レベル30と一気に跳ね上がる。しかもここは魔物のスピードが高い個体が多いので、キャラのステータス配分によっては逃げ難く、エンカウント率が他のダンジョンよりも高い設定だ。その分、魔術や毒等の状態異常に弱めだが、回復アイテムを沢山持っていないと苦戦を強いられる。オープンワールドの仕様上、3回目や4回目に回すとレベルが上がってより厄介になるので、早めに攻略する必要がある。


「なるほど! だから、ここの魔物は魔力を肉体強化のみに特化させた個体が多いんだね! 見張り役か……小鳥と草食動物のような関係だね。でも、それをしないと肉食でも過酷な環境か。今まで見た精霊憑きは食物連鎖の頂点ばかりだったけれど、ここではそれが一般的……いいねぇ。ボクの定義を覆してくれる真実は、知れば知る程楽しいよ」


 アンジェラさんは、柔軟な人だと感心する。

 4年前に私が遺物や精霊、浄化の話をした時にも、すんなりと理解を示してくれただけでなく、無我夢中で書いた仮説を見せてくれた。


〈約1100年前、二国が建国されるまでに度重なる侵略戦争が引き起こされ、多くの文明の終わりを告げた。多くの犠牲と無念が積み重なったはずが、妖精王の復活は無かった。

世界に溜まり続けていた負の想念は何処へ行ったのか。

 神に関する文献は多く残るが、そこに浄化の力を持つ存在は一切記されていない。

 もしも神々が自らの時代の終焉を予見し、世界に浄化の仕組みを作ったならば、その力を持つモノは残された世界の生態系の王となる魔物達ではないだろうか〉


 私が注目の的にならない様に、その仮説を元に調査をすると陛下に根回しした。実績のあるアンジェラさんであれば、貴族の中でも理解を示す人や静観を決める人が多い。8歳の頃の発言から、魔物生物学の開拓者の元で、ダンジョンの植物を勉強する令嬢と見なされたお陰で、今の私も不審に思われてはいない。


「面白い話ですが、これだと1週間以内に浄化の継承者に会えますか?」


 いつにも増して、一歩引いて周りを見ているリュカオンは冷静に問いかける。

 レフィードの存在は、姿を現した初期の頃から勘付いていたと言っていたらしい。なので、姿を現してもアンジェラさんと同じく、特に驚かなかった。


『ここは風森の神殿とは違い、継承は行われていない。その座についている魔物は、存命だ』

「その魔物はどこ?」

『それが…………』

「フンニ!」


 言うのをためらうレフィードの代わりに、グランがある場所を指で指した。

 そこは深層の山だ。


『あそこに気配が充満していて、特定が出来ないんだ』


 先程の会話を思い出し、グランのお陰で魔物との戦いは避けられるとしても、周囲が殺伐としてそうで内心震えた。












〈近況ノートにグランギアのキャラ像(スケッチ)を投稿しましたので、よろしければご確認ください〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る