モブ令嬢はモブとして生きる~周回を極めた私がこっそり国を救います!~
片海 鏡
一章 モブ中のモブの令嬢
1話 モブ令嬢に転生しました
〈アルカディアの戦姫~星天の風~〉は、RPG顔負けのバトルとやり込み要素を兼ね備えた女性向け恋愛ゲーム〈戦姫シリーズ〉の一作。
剣と魔法で彩られた不思議な世界。その言葉だけではありきたりだけれど、ルート毎に見せるその姿は奥深く、恋愛ゲームの一言で納めるにはかなり惜しい。
「お嬢様」
白いバラが咲き乱れる庭園で私がティータイムを楽しんでいると、眼鏡を掛けた乳母ルーザが声を掛けてくる。
「どうしたの?」
私〈ミューゼリア・レンリオス〉は、お気に入りのティーカップをソーサーの上に置くと、乳母に問いかける。
年齢は今年で8歳。父親譲りの紺色の髪に青の瞳。顔立ちは母親に似て柔らかな美しさがあるとルーザが良く言ってくれた。今日は、肩まで伸びた髪に白いリボンを結び、襟元や袖に花柄のレースが施された水色のワンピースを着ている。
「旦那様がお帰りになられましたよ」
「お父様が!?」
私は嬉々として椅子から立ち上がると、急いで玄関へと走り出す。
「あっ! 走っては危ないですよ!」
ルーザが大きめの声で言っているけれど、私は玄関先まで全速力だ。
〈アルカディアの戦姫~星天の風~〉は、イリシュタリア王国の王室付き魔法使いの弟子〈リティナ〉が主人公。ルートは一本道ではなく、選択とパラメーターによって分岐する。最初の分岐は社交界、魔物討伐、学園、魔法使いの道と四つ。エンディングは恋愛、友情、一人前の魔法使い、さらに学者や薬剤師などの特殊なものまで用意されている。一つのイベントであっても、選択によって20通り近くキャラの反応が違う。やり込み要素としては、特定のアイテム取得やイベント達成、パラメーター等の特定の条件を満たすと各自の真エンディングや追加エピソードが見ることが出来る。
一つのルートを選んでいても、やる事が様々。アイテム収集、魔物討伐、魔法の修行など、好きなように動ける自由度。周回で解放される強力な魔物がいる事から、男性ファンも一定数いるほどだ。
しかし問題がある。
〈ミューゼリア〉や〈レンリオス家〉は物語には一切登場しない。
クエストの依頼主の名前にすら載らないモブである。
「お父様!」
私は玄関先で執事と話しているお父様に駆け寄る。
紺色の短く切られ整えられた髪に、切れ長の青い瞳。血色の薄い白い肌。背筋が真っ直ぐと延び、その姿勢や佇まいは騎士のように恰好良い。
〈デュアス・アルドナ・レンリオス〉今年で32歳。まだ18歳の時、私の祖父である先代が病気で亡くなり、若くして当主になり男爵家を守ってきた苦労人だ。
「おかえりなさい!」
私はすぐさまお父様に抱き着きた。
「ただいまミューゼリア。息を切らして走らず、淑女としての振る舞いをしなさい」
そう言いつつも、声音はとても穏やかで凄く優しい。
「ごめんなさい。どうしても御父様に会いたかったの」
「そうか。寂しい想いをさせてしまったな」
私の頭を撫でつつ、お父様は申し訳なさそうに言う。
お父様は一週間ほど屋敷を留守にしていた。レンリオス家の領地は山に囲まれている。8日前に豪雨に見舞われ、土石流と川の氾濫により、麓の町に被害が出た。お父様は被害に遭った町の復興に尽力している。建物の被害状況の確認、被災者支援、今後の復興を商団と会議し、環境変化による魔物の動向の調査を討伐隊に指示する等、領主の仕事はかなり多忙らしい。
若くして男爵家の当主となったお父様を応援し、見守って来た領民達。お父様はそんな彼らを家族同然に大切に想っている。
「こうして御父様に一番にお会いできて、嬉しくて寂しさが飛んで行ってしまいました」
私は弾ける程の笑顔を浮かべる。お父様も小さく微笑みを返してくれる。
生真面目で優しいお父様が私は大好きだ。
「今日のところは、しっかりとお休みください。明日になったら、沢山お話聞いてくださいね?」
「勿論だとも」
「それでは、私は失礼します!」
お父様は大きく頷くのを見て私は満足すると、乳母ルーザの元へ戻る為に再び駆けだす。
「転ばない様に、気を付けるんだぞ」
「はい!」
先程とは違い父親として心配そうにお父様は言い、私は大きく手を振ってその場を後にした。
◇◇◇ ◇◇◇
その夜。
落ち着きのある木製の家具が並ぶ自室のベッドの上で、私は鍵付きの日記帳を開いた。零れ落ちない特殊なインクを染み込ませたペンを使い、寝転がりながら書き始める。
今日の昼時に、ようやくゲーム内容を全て思い出した。ゲームの登場人物、時系列、ルート選択、イベントの順番や条件、所持できるアイテム、武器、防具、取得可能スキル等、攻略本さながらの情報を書き連ねていく。
私は、〈アルカディアの戦姫〉の今作を最低でも40回はクリアし、現在進行形でプレイしていた元・女子大生。それに気づいたのは自我が目覚め始め、意識をはっきりと持ち始めた3歳の頃だった。年々記憶が戻り、今に至る。当初は良く分からない世界に飛ばされたと思っていたが、知っている名前の国や薬草が出始め、大好きなゲームであると確信をした。
当初は喜んだが、レンリオス家は完全に物語では渦中外の存在である。
「モブ貴族……モブ貴族か……」
思い出す限り一通り書き終え、私は頭を悩ませる。
物語の始まり、リティナが師と共に学園へ足を踏み入れるのが星暦1361年。現在の星暦は1353年。8年もの間がある。これほど長期間が空いているのだから、攻略候補と出会う事も可能だろう。
攻略候補は6人。
この国の王太子。隣国の皇太子。魔物討伐隊隊長。魔道具の天才発明家。世界を渡り歩く豪商。俗世を離れた魔法使い。
「会うの、難しいのでは……?」
思わず感想が零れた。
王太子と皇太子に会うのは、まず不可能と考えて良い。貴族の子供は人脈作りの道具であり、親の鏡。質の良い教育を受けさせるために、周囲からおかしな刺激を受けないよう守られている。王太子は10歳の誕生日に公爵家の令嬢と婚姻を結ぶ予定だ。それを乱す様な行為は遭ってはならない。レンリオス家が危機に晒される。
討伐隊隊長は、現在13歳。見習いとして入隊している時期だ。討伐部隊の拠点にて、訓練を積みつつ雑用係をしているだろう。拠点は魔物が住処とする危険地帯付近に築き上げられた砦。そんな場所に8歳の愛娘が行くとなれば、お父様は血相を変えて阻止するだろう。私自身、無謀だと思っている。
俗世を離れた魔法使いはアトリエや隠れ家も無いキャラなので、現在の居場所は特定できない。本編の時代で登場を持つしかない。
現段階で会える可能性が高いのは、発明家と豪商。現段階では少年であるが、過去編のサブストーリーから居場所は分かっている。彼らに会い、交流を深めることが出来る筈だ。
「よし、攻略は……」
ペンで名前を書き入れようと思った時〈攻略候補に会う必要があるのだろうか?〉と私の中に疑問が浮かび上がる。
攻略候補との恋愛イベントと物語は確かに魅力的である。何度見ても良い話だ、と噛み締める程に愛している。実体験できる絶好の機会だ。
けれどそれは、〈ミューゼリア・レンリオス〉の物語ではない。
魔法使いリティナの代役。それが〈ミューゼリア〉に務まるのか否か。
膨大な魔力。並外れた身体能力。精霊王の加護。
8年間を費やしても、得ることが出来ない。
私はそう思い、日記を閉じだ。
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