第9話 羊毛狩り

「めーー」


「んめーーー」


大量の羊なくギルド所有の羊小屋。


むせ返るような羊の匂いと鳴き声は、俺がなぜここにいるのかという疑問を再加熱させる。


「ここを試験場とする‼︎」


「どう見たってただの羊小屋じゃないか」


「そうさ、ただの羊小屋さ‼︎ だがただの羊小屋じゃない。 羊毛の刈り取り時期を迎えた羊たちが集まる羊小屋だ‼︎」


偉そうに仰け反るおっさん。


無駄にコミカルなステップを踏んだ動きがうざい。


「動きがうざい」



セッカは口に出た。


「うざいって……」


そしておっさんはものすごく落ち込んだ。


「……えぇと、とりあえずはここで羊の毛を狩ればいいってことか?」


「その通り‼︎ だが、ただ羊の毛を狩ればいいというわけではない」


そういうと、おっさんは腰の刀の鯉口を切ると。


「‼︎」


「チェエストおおぉ‼︎」


一頭の羊に向かい刀を抜刀すると同時に一閃を放つ。


「めえーー‼︎?」


鳴き声をあげ、羊毛が宙を舞う。


毛と肉のギリギリの一線を見切っての刃は、羊の肌を切り裂くことなく毛だけを刈り取った。


「それそれそれええぇ‼︎」


しかも一振りだけではない。


おっさんは返す刃で一太刀、さらに一太刀と羊に剣を振り下ろし。


やがてそこにはすっかり毛刈りの終わった丸裸の羊がポツンと立っている。


「な、なんで?」


「選剣の明(メェ)……断ちたいものを断ち、それ以外は斬らぬ。 剣は凶器にして暴力、切るものは問わぬ斬(ざん)の妖。 故に剣豪とは、その両腕のみで妖の手綱を操るものでなければならぬ。 それが出来ねば剣は己を、そして守りたかったはずのものさえ飲み込んでいく。この程度で腰を抜かす程度の技量のものが、御剣などを任せられるはずが……」


勝ち誇ったような表情でそうカカカと笑うおっさん。


何が誇らしげなのかわからないが、俺はその言葉を遮って否定する。


「いや、驚いたのはそこじゃなくて。なんで毛と皮のギリギリを狙って切るなんて面倒なことしてるのかなって驚いたんだ」


「なに?」


おっさんの言うことは確かに正しい。 武器はとても危険なものだ。


それは弱い人間が、圧倒的に身体能力にまさる人狼族を殺せるほど。


だから剣術なんてものが存在するんだ。


「いやだって、剣術を学んだら斬ろうと思ったものしか斬れなくなるだろ普通?」


「何言ってるんだこいつ?」


きょとんとした顔を見せるおっさんとセッカ。


何か俺は変なことを言っているのだろうか?


よくわからないがとりあえずこれがテストなら簡単だ。


銅の剣を抜いて、そのまま俺は羊の群れに向かって刃を振るう。


「えーと……こうだろ?」


真正面に、頭から尻尾まで……斬りたいと思うのは羊の毛だけ。


そうすれば自然と斬撃は、羊の毛だけに凶刃を振るい、肌と肉はそよ風のようにすり抜ける。


そうだ、せっかくだし斬撃を屈折拡散させて、この小屋の羊の毛を全て刈ってしまおう。


もしかしたら誰か褒めてくれるかも……なんて思いながら俺は気楽に剣を一度振るった。


斬。


という音とともに小屋の羊の毛を全て刈り取り、パラパラと空を羊の毛が舞う。


羊を傷つけずに毛を狩れば合格ならばこれで文句はないはずだが……。


俺は、恐る恐る後ろを振り返ると。


「なっ……な……な……」


口をあんぐりと開けて鼻の穴も広げて驚きの表情を見せるおっさんの顔がそこにある。


「これで合格だよな?」


「き、貴様、一体何をした‼︎」


怒鳴りながら俺の胸ぐらを掴んでくるおっさん。


てっきり褒められると思っていた俺はなすすべもなくガクガクと首を揺さぶられながらも、なけなしの反抗心のような何かを奮い立たせて抗議をする。


「お、おい‼︎? 何するんだよ‼︎ ちゃんと羊を切らずに毛を刈ったぞ‼︎」


「うるさいうるさいうるさい‼︎ い、今のは魔法か? それともトリックか? どんな仕掛けをつかった‼︎ 白状しろ‼︎」


「白状も何も、ただ斬撃を拡散させてこの小屋全体に飛ばしただけだぞ? これぐらいあんただってできるだろ?」


「何を言ってるんだ貴様‼︎ そんなものこの世界のどこ探したってできるやつなどおらんわ‼︎」


「え、で、出来ないのか‼︎? 嘘だろ……だって、読んだ本には誰でもできるって」


「どんな本だ‼︎ ええい‼︎ とぼけるのもいい加減に……」


「いい加減にするのは貴様じゃゲンゴロウ‼︎」


「ほげえぇ‼︎?」


ぼくんと頭を落ちていた角材で殴るセッカ。


ギルドで血を流すうんぬんとか言っていたのは白昼夢だったのか。


セッカに殴られたおっさんは悲痛な声を上げてその場によろよろと倒れ、ピクリとも動かなくなる。


「いつまでもぐちぐちと見苦しいぞ貴様‼︎ 貴様などとは技術も次元も違うことがわからぬか‼︎ それとも何か? そうやって我の顔に泥を塗るが目的か‼︎?」


「……」


「……あれ? ゲンゴロウ?」


返事はない。


体を揺すってみるが動くことはなく、瞳は閉じられたまま眠っているかのよう。


まるで今にも目を覚ましそうで……だけど動くことはないゲンゴロウ。


静かにセッカをみつめる……そこに覚悟があったのかはわからない。


だけど、そうなったからには背負わなければならないのだ。


「人を殺すっていうことは、その命を背負うってことだ。 だけどこれは、あんたには重すぎる。俺はあんたの剣だけど、ひとりの人間だ。 だからこの命は、俺も半分背負うよ。それが剣であり人間でもある俺だけにできることだから」


「いやいや殺しとらんわ‼︎ 人聞きの悪いこと言うな馬鹿者‼︎ 寝てるだけ、気絶してるだけだから‼︎ ……だけだよね?」


現実を直視できないように、セッカの顔が青くなり、俺は首を左右に振る。


「セッカ、辛いかもしれないけれど、自分の行いには責任を、それが……」


「生きてるからな? 何勝手に殺そうとしてんだ小僧」


「あ、生きてた」


むくりと立ち上がるおっさんは、頭に巨大なたんこぶをこしらえてはいるものの元気そうだ。


「ほ、ほら生きておったじゃろ‼︎」


言葉では自慢げだが、「生きててよかった」と顔に書いてあるセッカ。


「あれだけの角材で殴られて平気だなんて、丈夫だなあんた」


「ふふん、あれぐらいの暴力屁でもないわ。一瞬死んだ母が川の向こうで手を振ってたがな」


「そうなんだ……えと、それでさっきの話の続きだけど。 まだ何かやるか?」


頭から血を流しながらも、悠然と立つおっさんに俺は恐る恐る問いかけてみる。


強がってはいるがこれ以上セッカからの暴力を受ければ彼の命が危ない。


「いんや、これ以上はたしかに姫様の言う通り顔に泥を塗ることになろう。 誠に……ほんっとーーーに誠に不本意であるが、貴様を、今だけは、貴様を認めてやる」


「女々しいわ」


とてもとても、それは心底嫌そうに認めてくれたおっさん。


その言葉に呆れたようにセッカはため息を漏らしながら苦笑を漏らす。


「おぉ、それじゃあ」


「ギルドマスターゲンゴロウの名において、貴様をSランク冒険者に認めよう……今だけだがな‼︎」


念押しをするように叫ぶおっさん。


そんなおっさんにあきれ返るように、羊が小屋の中でメェとなき。


そんな緊張感のない声に囲まれて、俺はこの時からセッカの剣となった。


その重さすら感じることもなく。


「やれやれ、これでようやく其方もギルドの一員兼我の剣だ。存分に働いてもらうから覚悟するがよいぞ?」


「あぁ、あいにく剣を振ることしかできないなりそこないだけど。 精一杯やってみるよ。それで、何を最初はすれば良い?」


「うむうむ、やる気があるのは何より! 早速仕事を……と言いたいところではあるが。まずは最初にやらねばならぬことがある」


「やること?」


「うむ、まずは其方を丸裸にする。 ゲンゴロウ! 羊たち‼︎」


「御意‼︎」 「「めーー‼︎」」


にやりと笑うセッカの合図。


それと同時に襲いかかってくるおっさん。そして羊。


「えっ……あっ、やめっ、いやあああぁ‼︎」


悲鳴など届くはずもなく、服が破り捨てられる音と俺の悲鳴が羊小屋に響く。


おっさんの手つきが少し嫌らしかった。

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