恋々
毎日毎日、ネットやテレビから流れてくるニュースには、映画やドラマでしか知らなかったような、悲しく残酷な出来事が当たり前のようにあふれ返っている。
何でこんな酷い事が起きてしまうかと落ち込み、怒り、憤り、次第にそんな日々に疲れ、周りは麻痺してしまったように見える。友人ともその類いの話題は避けるのが暗黙の了解で、深くは話さない。辛い気持ちを聞いて欲しくても面倒臭がられ、最悪避けられてしまう……
世相の空気に対しても人一倍敏感な楓は、そんな毎日が、現実の世界が、本当に嫌だった。
――私には
「ここ、ろ……?」
――そうだな……人間が作った人工知能とやらみたいなものだ。お前の話す事、状況を聞いて『最善』と判断した事を言う。そこに個の思いはない
「……サクヤさん、優しいやん」
――『問題あり』『不利益』と判断し、対策として話した事を、お前がそう捉えただけだ。醜さ、狡さ、愚かさ、欲望…… そんなものが無いのに、心があるとは言わないだろう?
では、今、自分と話している彼は何なのか。かつてない位に、胸の奥底を揺さぶられているのは何故なのか。楓は混乱した。
「無くて、ええよ。無い方がいい。傷つくだけや……」
混乱した頭から、普段、見聞きしている嫌な事を思い出しながら、切に訴える。
――だが、同時に
「……こうして、忠告してくれるんも、最善と判断した、から?」
――そうだ。本来なら、人間との接触は
「うちの事考えて、とかじゃなく?」
――ああ
容赦なく返ってくる、無情な言葉。これが水神……神という、人間とは違う異種族の本質なのだろうか。思わぬ彼の無機質なつめたさを感じ、めげそうだ。
だが、何か
「……ほんなら、何で声かけたん? ずっとほっといても良かったやん……」
――…………‼
「うち一人の願い、無視したって…… サクヤさんは何も損せぇへんのと、違うん……?」
傍で感じていた凛とした気配が、微かに震えた気がした。返答に詰まる彼の姿が、目に見えるようだ。
「そりゃ…… よっぽどうざかったんかもしれんけど……
自分の言葉の矛盾、本質を突かれた気がしたサクヤは、完全に言葉を失った。理屈の通らない主張に気づかないまま、彼女に語っていた事に戸惑う。それ以前に、そんな自身が信じられないでいる。
――…………
「サクヤさん……?」
困らせ、傷つけたかもしれないと焦り、罪悪感が楓を襲った。そんなつもりはなかった。ただ、想いが溢れて止まらなくて、自分でもどう扱って良いかわからないまま、ぶつけてしまった。
長い沈黙が続く。ふたりとも、今の状態に耐えられなくなってきていたが、下手に何か言って、壊すのも怖かった。
――……すまないが、応えられない。お前と私は違う種族で、
わかっていた。そんな言葉を聞きたいんじゃない。違っていても良かった。雰囲気に流されて口にしてしまった気持ち、恋と呼べるのかもわからない、生まれたばかりの拙い想いだけど、精一杯の特別な好意。それをただ伝えたかっただけだった。
が、その事で初めて拒絶されてしまった事がショックだった。頭が真っ白に弾けた後、言わなければ良かったという、激しい後悔が心を裂いていく。痛い。痛い。恥ずかしくてたまらない。このまま消えてしまいたい……
「……わかり、ました。変な事言って、ごめんなさい……」
これ以上何か言ったら、出来たばかりの傷痕が悲鳴を上げそうに感じた。俯いたまま頭を軽く下げ、ゆっくりと
何より大切にしたかった存在だったのに、どうしてこうなってしまったんだろう…… 訳が解らず、涙がまた溢れ出した。今日は泣いてばかりだと、慣れた帰り道を走りながら、壊れそうな意識の中、思った。
帰宅した楓は、夕食をとる気にもなれず、ぼんやりとベッドに横になっていた。涙だけは、自然に流れてくる。
彼は人間ではない。別世界に生きている神様だ。だけど、話していたかった。一緒にいたかった。それ以上を望んでいた訳ではなかったが、困らせてしまったのだとは思う。
何故、大切なもの、尊いもの程、長く手に取れなくて、届かない場所に行ってしまうのだろう。少なくとも、楓にとって大切だと思うものは、いつも瞬く間に離れて、消えてしまう。子供の頃に聞いた、桜の愛らしい笑い声も、祖母も、サクヤも……
正直、もう嫌になっていた。自分も消えてしまいたい。
暫く泣いた後、さすがに喉の渇きを感じ、とりあえず何か飲もうと、キッチンに向かった。冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、カウンターでグラスに注ぐ。水がガラスにコポコポ、と打ち鳴る、涼しげな音がする。
水――彼が
人間の世界にルールがあるように、神様の世界には神様の生き方やルールがあるのだろう。そんな事にすら気づかず、甘えてしまった……
ふと、視界にフォトフレームが映る。あの、祖母とのツーショットの写真だ。満面の笑顔の二人。この頃の自分は『しあわせ』だったのだと思う。だったら、祖母もしあわせだっただろうと、彼は言ってくれた。
嬉しかった。ずっと苦しかったものを軽くしてくれた。沢山、励ましてくれた――頭の中で何かが弾け、瞬く。
祖母が、たとえ『しあわせ』だと思ってくれてたとしても、それでも、もっと返したかった。病気が見つかって、すぐに入院してしまった時、幼い自分はショックで一人泣いてばかりだった。今までのお礼すらまともに言えないまま、永遠の別れを迎えたのだ。
また、あの時みたいな事を繰り返して、同じ思いをしたくない。後悔で苦しみたくない。彼はもう口を利いてくれないかもしれないけど、せめて謝って、きちんとお礼を伝えたい――
くじけそうな心に喝を入れるように、グラスの水を、一気に飲み干した。
翌日は土曜日だった。晴れてはいたが、寒暖差の激しかった日暮れ。決戦にでも挑むような思いで、楓は祠に向かった。いつもと違った場所のように見える中、恐る恐る、口を開く。
「……サクヤさん、すみません。私です……」
少し後、辺りが引き締まる気配に包まれ、あの
――……もう、来ないとみていた
話しかけてくれた事に楓は安堵し、同時にきまり悪そうに俯く。
「ぎょうさん励ましてもろたのに…… あんな終わり方はないかな、思て」
――私もきつく言い過ぎた。悪かった
「お礼だけでも……ちゃんと言いたかったんよ」
――だが今までと、何も変わらないぞ
「……何も得せんでも、動きたくなる時があるんが人間、なんやろ?」
以前、彼女に言った言葉に、サクヤは
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