第四話:元カノと温泉旅行 part 1
「さ、行こうぜ」
「おー!」
ゴールデンウィーク前半。五月一日。
紗香と一緒に温泉に行く日だ。
今日出発して明日帰ってくる、一泊二日の小旅行。
明日はゴールデンウィークに数えられはするものの平日のためか、奇跡的に部屋をとることが出来た。
交通手段は車だ。
うちの大学は地方のため、一人暮らしであっても車持ちはそれほど珍しいというわけではない。
多いわけではないけど。
幸いなことに、俺も車を所有している。
目的の温泉は街中から離れているため、交通の便はそれほどよくない。
一応、最寄りの駅から定期バスは出ているものの、当然のことながら融通がきかない。
車で行けるのであればそれに越したことはないのだ。
「いやー、いい天気だね。風が気持ちいー」
「だな」
ただいま窓は全開。
風が車の中を通り抜け、髪がバサバサと揺れている。
エアコンをかけても良かったのだが、紗香曰く『この方が旅! って感じがするでしょ』とのことだ。
なるほどと思ったので、その通りにした。
実際、海沿いの自動車専用道路を走っていると、潮の香りを含んだ風と目の覚めるような
やはりたまには自然を感じることは大切だと思う。
「天気は最高! そして温泉! 美味しい料理にお酒! 今日は楽しもうね!」
紗香の表情も明るい。
先ほどからキャッキャとはしゃいでいる。
そんなまるで子どものような紗香を見るのは本当に久しぶりのことで、こちらまでなんだか楽しくなってしまう。
と、そのとき右車線から一台の車が、かなりのスピードを出して追い抜いていった。
「おー、また抜いてった。智樹、今、何キロだしてるの?」
「八〇キロ。制限速度いっぱいいっぱいだな」
俺の答えを訊いた紗香は「やっぱりね」とからから笑った。
道路脇にときどき見かける速度制限標識にかかれている数字は、やはり八〇だ。
なのに先ほどから何台もの車に抜かれている。
「こうやって制限速度守ってどんどん抜かれてくのを見ると、『ああ、智樹の車に乗ってるなあ』って実感する」
「特に今日は休日だしな。休みの日にまで急ぐことないだろ。ゆっくり行こうぜ」
「うんうん、そうだね。間違いない」
しばらくそうやって景色と風を楽しんでいたのだが、三〇分ほどすると紗香が窓を閉めだした。
俺もそれに倣う。
「智樹、エアコン入れてもらってもいい?」
「暑かったか?」
「そうじゃないけど、音楽聞きたくなった! 窓開けてると智樹の声もあんまり聞こえなくて会話しづらいし」
紗香がスマホを操作すると、数秒ほどでカーステレオから音楽が流れだした。
旅の始まりに相応しいアップテンポな選曲だ。
ちなみにこの車のカーオーディオは自動で紗香のスマホとBluetooth接続されるように設定されている。
これは付き合っている間も別れてからも変わっていない。
俺自身、車の中で音楽を聴く習慣がないのでわざわざ変える必要がないのだ。
しかしこんなところにもまだ恋人関係の
だからと言って改める気はないんだけども。
そのうちに紗香が歌を口ずさみだしたので、俺も一緒になって歌った。
初めは音楽を邪魔しないくらいの声量だったのだが、気が付くといつの間にか二人ともそれをかき消すように大声で熱唱してしまっていた。
「あははは。智樹、音外れてるよ!」
「いいんだよ、そんなの。別に誰に聞かせるでもなし」
「智樹ってさ、実は歌うの好きなのに、歌自体はあんまりうまくないよねー。というかぶっちゃけ下手?」
「だからカラオケは紗香としか行ってないだろ?」
「うんうん。じゃあ智樹のこれを知ってるのは私だけってことだ」
そんなことを話しながら車を走らせていると、いつの間にか結構な時間が経っていた。
「智樹、次のパーキングエリアで一回休憩しようよ。もう一時間以上走ってるし」
「まだまだ行けるぞ」
「だーめ。自覚してなくても意外と疲れは溜まってるものなんだから。さっき智樹も言ってたけど、休日なんだからゆっくり行こうよ」
「じゃあどうせなら次の次だけど、大きめのサービスエリアあるからそこで休もうぜ。次のとこ、トイレあんまり綺麗じゃないし」
「お、さすが気が利くね。じゃあそうしてもらおうかな」
△▼△▼△
「見て見て! 変わったソフトクリーム売ってるよ!」
各自トイレ休憩を済ませた俺たちは、サービスエリアの中をぶらぶらと見て回っている。
現在午前十一時。
少し早めの時間だが、お昼も食べていこうという話になっている。
旅館のチェックイン時間は一五時のため、少し時間的余裕がある。
向こうに着いてから食べても良かったのだが、それだと所要時間の関係上、かなり早く出発しなければならない。
それに身も蓋もないことを言えば、温泉街は寂れ気味らしく何時間も潰せるようなところではないようなので、急ぐ意味がなかった。
「サービスエリアって結構、この場所でしか買えない限定品があったりして面白いよな」
「そうだね。お土産なんか見てても楽しいし」
「気になるお菓子とかあったら買ってくか? 旅館で食べればいいし」
「あ、それいいね。賛成!」
そう言うと紗香は興味深げにお土産品コーナーを物色し始めた。
ここは大学周辺からそれほど遠くというわけではないが、一応、県を跨いでいる。
住んでいるところの土産品ですらほとんど食べないのに、隣県の土産なんてそれに輪をかけて食べない。
ときどき友達からもらうお土産はもっと遠くのものばかりだし。
「それ見るのもいいけど、先にお昼済ませちゃおうぜ。そろそろ混みだす時間だし」
「あ、そうだったね。ごめんごめん」
言うと、紗香はぱっとその場を離れて俺の隣にやってきた。
そのまま並んで歩き、サービスエリア角に設置されたレストランへと向かう。
しかし――
「食べ物ばっかり見てたけど、紗香ってそんなに食べる方だっけ?」
「ん?」
「別に深い意味はないんだけど、あんまり間食とかするイメージなかったからさ」
「……いやー、やっぱり普段と違うところに来ると気になっちゃうよね。珍しいものだらけで新鮮だし」
紗香の言うことはもっともだ。
けど、どことなく言葉のトーンや視線の運び方に違和感がある。
どうにも嘘は言っていないが本当のことも言っていないような気がするのだ。
理由はない。しいて言えば長年の勘。
「――で、本当のところは?」
「う……」
紗香は少し逡巡し――
「…………あの頃は気を遣ってたの! 甘い物は好きだけど、太るの嫌だったし。――少しでも可愛く見られたかったもん」
と、最初はやけくそ気味に。最後の方になるにつれ、だんだんと零すように口調に変えて言った。
「なるほどなぁ」
そんなこと気にしてたのか。
思いがけない答えに少し笑ってしまった。
そんな俺を見て、紗香は口を尖らせた。
「何よ? 悪い?」
「いや、全然。可愛いところあるんだなって思ってな」
「絶対バカにしてる……」
「してないしてない」
実際、バカになどしていない。
付き合っているときは、ちゃんと見栄を張りたい対象だと思ってくれていた。
当たり前のことなのかもしれないけれど、改めて意識させられるとなんだかくすぐったい。
それに今は気にしなくなったというのもまた、本当の意味で気を許してくれているように思えて嬉しい。
しばらくのうちは拗ねていた紗香だったが、必死のフォローのかいあってか、昼食を食べ終える頃にはすっかり元通りになっていた。
だがさすがにあのやりとりの後で土産菓子を買っていくのは乗り気にならなかったようなので、先ほど特に興味深げに見ていた一品を少し強引に俺が購入した。
それでどこか吹っ切れてくれたのかソフトクリームを買う方には同意してくれ、どうせならとお互いに違う種類を購入して一口ずつ交換し合って食べた。
ようやくサービスエリアを出発する頃には、時刻は午後一時半になっていた。
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