第二話:後輩の都築藍那

「――もしかして、森山先輩じゃないですか?」

「そうだけど、えーっと……」


 曖昧に頷くと、相手の顔がぱっと華やいだ。大きな瞳に光が煌めく。


「やっぱり! 覚えてませんか? 私ですよ。高校の頃、同じ部活だった都築つづきです」

「――ああ! なんだ都築か! 久しぶりだな」


 やっとわかった。

 確かによく見れば面影がある。


 彼女は都築つづき藍那あいな

 高校の頃、同じ部活にいた一個下の後輩だ。

 比較的、先輩後輩間の仲は良い部活だったが、その中でもとりわけ俺によく懐いてくれていた。


「先輩、全然わかってなさそうだったから、もう忘れちゃったかと思いましたよ」

「いやいや。お前、それ反則だろ。俺じゃなくてもわかんねーよ」


 都築を指さして言う。

 高校生当時は飾りっ気もなく運動部らしいショートカットで、もはや女子というよりも男子なんじゃないかと思うくらいだった。


 それが今はどうだ。

 髪は肩にかかるくらいまで伸び、明るいブラウンに染められた上、ふんわりとしたパーマがかかっている。フェミニン系の服がよく似合っていて、少しあざといんじゃないかと思えるほどに可愛かった。


「えー? いいんですか? そんな調子のいいこと言っちゃって。本気にしますよ?」

「ああ。していいぞ。正直、すげえ可愛いし」


 高校の頃のノリでなんの遠慮もなく素直に褒めた。

 てっきり「先輩、何チャラいこと言ってんの」くらいに軽く突っ込んでくると思っていたのだが──。


「へへ。やったっ」


 都築は頬をほんのり桜色に染め、はにかみながら照れている。

 意外と女の子な反応に、不覚にもドキリとした。

 あれ? 都築ってこんな感じだったっけ。


「そ、そういえばさ、今は何やってんの?」


 調子を戻そうと、話題を切り替える。

 すると都築は「あ、そうそう」と言い──


「先輩、泉水大でしたよね? 私も今年からそこに通ってるんです」

「え、そうなん?」

「はい。一年浪人したんで学年は二個下になっちゃいましたけど、また後輩ですね。これからよろしくお願いします!」

「そっか。入学おめでとう。こっちこそ、またよろしくな」


 都築はもう一度元気よく「はい!」と笑顔で返事した。その人懐っこい態度に昔を思い出して懐かしくなる。


「それにしても偶然だな、こんなところで。家、近いの?」

「──偶然じゃないですよ?」

「え?」


 突如として都築の雰囲気が、がらりと変わった。

 虚をつかれ、心臓が嫌な高鳴りを見せる。


「先輩がこの辺に住んでるって聞いて……だから私も近くに越してきたんです」

「それって──」


 都築は何も言わない。


 薄く笑みを浮かべているものの、目が笑っていない。

 瞳からハイライトが失われ、こちらを見ているはずなのに何か別のものを見ているかのような錯覚に陥る。


 背筋がぞくぞくする。

 嫌な汗が額から頬を伝って落ちた。


 もしかしてこれ、ヤバいもの踏んだんじゃ──。


「………………って言ったらどうします?」

「…………だよなぁっ!」

「あははははっ! 先輩ビビりすぎ! そんなわけないじゃないですか。ただの偶然ですよっ」


 悪戯が成功した子供みたいに、けたけたと笑う都築。

 すっかり元通りの雰囲気だ。


 マジ、ビビった。こいつ演技上手いな!


「まあ、同じ大学にいることは知ってたんで、会えたらいいなとは思ってましたけどね。実際のところ、家近いんですか?」

「ああ、すぐそこのアパートだよ」

「じゃあご近所さんですね。私も近くですし」


 都築は「ふーん、そっかぁ」と何やら考えるように呟いた。

 そして──


「これも何かの縁ですし、どこか連れてってくださいよ。私、こっちに来たばかりだから遊ぶところ知らないんですよね」

「ああ、いいよ。今日はダメだけど」

「いくら私でも今から行こうなんて言いませんよ。そうだなぁ……。ゴールデンウィークのどこか空いてません? 私は帰らないんですけど、友達みんな帰るみたいで暇なんですよね」

「ゴールデンウィークか……」


 先ほどの紗香との会話を思い出す。

 約束したわけじゃないけど、あいつの方が先約だよな。

 けど、まさかずっと一緒にいるわけじゃないだろうし、一日くらい空けられるだろ。


「ああ、いいよ。でも一つ予定が入りそうだから、それが決まってから空いてる日でもいいか?」

「もちろん! ありがとうございます! ──その予定ってひょっとして彼女とだったり?」

「違う違う。……友達だよ」


 ドキリとした。あたらずといえどとおからずだ。

 かと言って、バカ正直に「元カノと遊びに行きます」なんて言ってもどう反応していいかわからないだろうし。


 都築は「えー? 本当かなあ?」などと悪戯っぽく笑っているが、幸い、何かに気がついたような様子はなさそうだった。


 と、そこでスマホを見ると、既に家を出てから一〇分ほど経過していた。

 今から雑誌を買って帰ると、告げてきた一五分にかなりギリギリの時間になる。


 まだ出来てるかわからないけど、待たせるのは悪いよな。


「──ごめん、都築。そろそろ俺、帰らないと」

「あ、ごめんなさい、引き留めちゃって。じゃあ私も帰りますね! 先輩、日程わかったら連絡もらってもいいですか? 私はどの日でも大丈夫ですし」

「ああ、うん。わかったよ」

「はーい。じゃあよろしくお願いしますね。それではまた! お疲れ様です!」

「ああ、お疲れ」


 都築は元気よく手を振って帰って行った。


 見た目は結構変わってたけど、人懐っこさはそのままだ。

 ──約束、楽しみだな。


 俺も軽く振り返して見送った後、先ほどの三冊目の雑誌をさっと見てから、結局一冊目に見た雑誌と、ついでにシュークリームを購入して家路を急いだ。

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