松永久秀の場合


室町の世を生きた後に待っていたのは戦乱の世。

私の新しいあるじは裏切り上等の俗物でありました。


主家を乗っ取るは、将軍暗殺に加担するは、東大寺を焼き払うは……あら?思っていた以上の悪逆です。まぁ、動乱期はこのような事はさして珍しくはないでしょう。大陸なら日常茶飯事の出来事ですから。あるじな部類だったのですが、この国では許されない行為の数々だったようで、あるじは孤立無援の状態に落ちてしまわれました。


人とは本当に難儀なんぎな生き物です。


あるじは、こよなく茶を愛する人物であったため、私の扱いは最上級でした。

私を見つめては「美しい」と褒めてくれるのです。

ただ、孤立状態から脱出するため、飛ぶ鳥を落とす勢いの武将に降ることを決断されました。

仕方ありません。

四方八方に敵を作っては味方欲しいと思うのが人間です。補給路を断たれてはどうしようもありません。皆が生き残るには、より強い者に尽き従うのも良策というもの。

その武将に恭順の意を示すために私を献上したことは遺憾ですが。



「くっそ~~~~~~~!!!信長の奴め~~~~!!!」

「久秀様、まだ言ってるんですか?」

「当たり前だ!いいか、はな、足利将軍家が家宝にしていたものの一品だぞ!足利義政公が茶道の師である村田珠光むらたじゅこうに譲り渡し、三好政長みよしまさながへと伝わったものだ!!!」



なにやら私を手放した事を悔やんでいるよう。

そうでしょうとも、私は天下一の名宝。



「いいではありませんか。茶入れなど、まだ他に沢山お持ちなんですから」

「あれは別格だ!千貫せんがん文を費やして買った代物だぞ!!!」

「ならば、この茶釜を献上すれば宜しかったのに。最初は茶釜を所望されていたのでしょう?」

「馬鹿もの!この茶釜を渡す位なら茶入れを渡すわ!!!」



カチン!

この男、私と茶釜風情を一緒にするとは…許し難し!



「この茶釜だけはぜ~~~~たいに渡さんぞ!」

「はいはい」

「もしもの時はこの茶釜と共に爆死してやる!!!!」

「はいはい」


この後、茶釜の代わりに私を差し出した見る目のない愚かな男は宣言通り茶釜と共に爆死した。

失礼極まりない男であったが有言実行のワイルドな男だった。

妙に慕う者が多かった理由が何となく理解出来た瞬間である。


因みに、一緒に爆死した茶釜の名前は『古天明平蜘蛛こてんみょうひらぐも』という。


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