第52話

 御伽林から預けられた昏き幽王の攻略メモ。そこにはハッピーエンドを迎えた世界線で昏き幽王を殺し切るためにどうしたのかが載っていた。

 その作中での討伐方法は大まかに三つ。彼の存在が今まで吸収し続けていた魂の数だけ殺し続けること。もしくは彼の存在が受肉するにあたって、その身体のパーツを結合させる核となった異能の存在を消し去るか。そして最後に肉体ではなく魂を滅すという手法だ。


 箇条書きにされていたそれらの方法を確認した村井は一つ目は時間がかかり過ぎること。三つめはこれだけの魂と異能を吸収した相手に村井の小手先の術が効くとは思えないこと。この二点から消去法で二つ目の手法を選択した。


「さて、じゃあ花音はあの化物を封じておいてくれ。俺が殺す」

「かっこいいところ見せてね、おにーさん」

「任せろ」


 この短いやり取りだけで花音の封印の出力が上がる。昏き幽王の封印状態は花音の精神状態に強く影響される。今の花音は自分のために世界間の壁を突き抜けてやって来た想い人の存在によりテンションがうなぎ登りだ。


(時間はかけられない。速攻で片を付ける!)


 村井の行動を見た花音が昏き幽王との戦いが危ういと判断すればそれだけ精神が揺らぎ、封印も除去される。そうなれば悪循環が始まってしまう。避けるべき未来のために村井は初手から全開で異能を行使した。


「おぉ……!」


 花音も見たことがない村井の本気。それは花音がこれまで見たことのない不思議な異能だった。目の前の強大な敵に勝つのは容易ではないと思っていた花音が目の前の不思議な光景に心を躍らせていると村井は静かな力に満ちた声で告げる。


「異能なき世界の存在が命じる。森羅万象よ、あるべき姿に還れ!」


 それは異能が存在しない世界から無理矢理異能がある世界に転移させられた村井だけが持つ特権。自己の世界の押し付けだ。異能を存在させない異能。自己矛盾のエラーを引き起こす禁断の呪法だった。


「ぐ……」


 怨霊という本来、この世に存在すべきものではない昏き幽王の根幹に関わるエラーはいかに格上といえども彼の存在を大きく脅かす。地響きのような低い声は明らかに苦悶の声だった。それでも昏き幽王は自己矛盾を飲み込み、再構成する。


 そのわずかな揺らぎの瞬間、村井が異能の世界で埒外の魔女に鍛えられた彼固有の異能を発動させた。


「歪んだな? そのまま捻じ曲がれ!」


 人生を、運命を捻じ曲げられて歪んだ存在に後天的に宿った異能。あらゆる事象を歪曲する異能の発現だ。

 間隙を突かれた昏き幽王は自らの身体を再構築する異能を暴走させてしまう。その結果は、彼の存在の弱点を曝け出すことにつながった。


「花音! 合わせろ!」

「……うん!」


 鮮やかな手並みにテンションが青天井になっていた花音の拘束が更に強まる。ことここに至っては彼女は自身の異能を発現させるだけの余裕すらあった。彼女は弱点がバレたことを覚った昏き幽王の激しい抵抗の全てを村井の前で潰し、村井が昏き幽王の持つ再生と再構築の異能の根幹に近付くのをサポートする。


「何だ。異能の根幹はただ一人の異能者の亡骸か? なら、これで十分だ」


 三発の銃声。


 異能の否定という能力を込めた弾丸は正確に昏き幽王の弱点を貫いた。


「アァアアァァぁァアぁあァァァァァッ!」


 悍ましき怨霊から絶望の声が上がる。すぐそばで超獣大決戦をしていたナイ神父が呆然とした顔で崩れゆく昏き幽王を見た。


「馬鹿な……あの強力な怨霊が、ただの人間に殺される……?」

「ふっ、可愛い僕の弟子だ。ヒントまであげたんだからあれくらいやってもらわないと困るね」

「おのれ……! 厄介な、魔女の手先め……!」


 美青年の仮面を外し、憤怒の形相で御伽林たちを見やるナイ神父。だが、勝負の最中に一瞬でも自分から目を逸らした敵に御伽林が何もしないわけがなかった。


「さて、弟子が格好良く決めたのに師匠がのろのろしてたら格好付かないんだよね。君にも消えて貰おう」

「舐め……その、その炎は!」

「本当なら加具土命様の炎の方が好みなんだけど、君はこの方が嫌いなんだろう? だから、準備してあげたよ」

「クトゥグアの炎!」


 ナイ神父は憎しみを込めて叫ぶ。だが、その時には既にすべてが終わっていた。彼の黒い修道服、その後ろは既に炎にまとわりつかれており服についた火がナイ神父に触れた瞬間、爆発的な勢いを持ってナイ神父を焼き尽くしにかかる。


「さよならだ。二度と会うこともない」

「おのれ、この私が……! ならば、せめて、精神だけでも!」

「無駄だってば」


 本来の姿を現して正気を削り、一矢報いようとするナイ神父に対して御伽林はあくまで冷静に炎で全てを包み込んだ。


「ふぅ、ちょっと疲れたな。村井くん。君の方も首尾よくやったみたいだね」

「……まぁ、何とか」


 本当に全力を出した村井は祭壇に背を預けてその場に座り込んでいた。その隣には当然ながら花音がべったりくっついている。もう二度と離さないと言わんばかりの状態だが、村井にはまだお仕事があった。


「さて、帰ろうか。村井くん、異能はまだあるかな?」

「ちょっとは休ませてほしいんですが……」

「いくらで?」

「いや……何でもないです」


 いくら歴史の浅い創作物から力を得た存在で、この世界ではその本来の創作内の力に対して程遠い微々たる力しか持たなかったナイ神父。そうとはいえ、彼は立派な神の化身だった。だというのにそれを一方的に滅ぼしておきながら元気な御伽林を見て苦笑しながら村井は花音に少しだけ離れるように言った。


「戻ったらもっといちゃいちゃするからね」

「分かったから。早く戻らないと追加料金取られる」

「因みに幾ら?」

「もう用件は終わってるし、この世界で一時間毎に一千万円くらいかな? 元の世界で花音ちゃんの精神と肉体の統合を行う時間も必要だし、もともと提示していた金額をオーバーするかもね」


 本気で疲弊しているため、少しだけ時間ギリギリまで休みたいと思った村井だが、元の世界で琴音たちと約束したこともあるし、そんなことが許されるような空気ではない。渋々異能を身に纏わせた。


「ん、そうそう。そんな感じ」

「……おにーさん、何か手伝えることある?」


 既に微動だにしたくない様相を呈していた村井が無理矢理立ち上がって玉のような汗をかいている状況に花音が助力を申し立てる。だが、御伽林がそれを拒絶した。


「この世界を否定して元の世界の異能を行使することでこの世界の干渉を弱めつつ、元の世界のつながりを示すことが出来るんだ。それによって向こう側で準備してる僕の弟子たちが僕らを見つけて異界の門を格安で作れるんだよね」

「……因みに」

「往復で一億数千万円。僕の戦闘参加分と花音ちゃんの精神と肉体の統合を含めるとちょっとおまけしても締めて三億円だね」


 花音が続ける言葉を先読みして御伽林は今回の対価を示す。それまで浮かれポンチだった花音だったが、これを受けて少し神妙な表情になった。


「おにーさん……」

「大丈夫だ。気にすんな。それより、ほら」


 村井の視線の先にはこちらを心配そうに覗き込んでいるどこかで見た顔があった。


「ん、久遠か。リンクはどうだい?」

「ばっちりですお師匠様!」

「うん。こっちも聞こえてる。それじゃあ、帰ろうか」


 最初に異界の門を潜り抜けた御伽林の後に続き、村井と花音が手を取って元の世界へと足を踏み戻す。


 そして、ようやく村井は花音に言った。


「おかえり、花音」

「―――ただいまっ!」


 喜びを抑えきれなくなった花音は他の事を全て忘れてその場で村井に飛びつき、彼を抱きしめるのだった。



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