第48話

「おにーさん、ちょっといい?」


 村井と聖の和解が済んで十日程度経過した五月十九日のこと。学校から帰って来た花音は調べ物をしていた村井の下へ直行して声を掛けていた。


「んー? 何だ改まって珍しい」


 調べ物をしていた手を止めて村井は花音を見上げる。いつもであれば何も言わずに自由気ままに村井の隣を占領する花音が少し離れた位置のソファに座るとは珍しい。

 そう思った村井だが、今村井が調べているものを考えると何かの本能か勘が働いたのかもしれないと思い居住まいを正す。そんな村井に花音は言った。


「何か最近、夢見が悪いからしばらく添い寝して欲しいんだけど」

「……因みにどんな夢を見るんだ?」

「お姉ちゃんには絶対言わないでね」


 そう言って花音が切り出した夢の内容は村井にとってある意味想定内の話だった。


「……あの日の事件後、俺が教会に来ずに二人は諸角に引き取られて琴音は酷い目に遭う上、花音が芸能界で活躍する姿を見て自殺し、花音が絶望に染まったところにでかいお化けが出て来る、ね」

「うん……」


(【昏き幽王の眠る町】本編の内容だな)


 暗い表情で村井の要約した内容に頷く花音。彼女の夢の内容は村井がナイ神父から渡された【昏き幽王の眠る町】に書いてあった内容だ。

 諸角の思惑で芸能界で働き、姉を取り戻すために懸命に頑張った花音を待ち受けていた姉の死。輝く妹とは対照的に淫らに汚され続け、一時の気の迷いとはいえ妹への想いよりも諸角に対する依存心の方が上回ってしまったことに気付いてしまった姉が選んだ自死の道。

 そんな姉の亡骸を見てしまったことを引き金として起きる世界崩壊の危機。【昏き幽王の眠る町】本編の終盤だ。


「おにーさん、何か知ってるね?」


 相手の本心を見透かす花音の瞳は村井の精神の揺らぎをも容易く見抜いた。対する村井は少し難しい顔をした後に頷く。


「あぁ」

「こんな悪夢見たくない。知ってるなら何とかして」


 花音の真剣な顔でのお願い。そのお願いに対する答えを村井は持っていた。


「そうだな……今週末に元凶の封印、出来れば討伐に皆で行くからそれまでは悪夢の退散丸で繋いでおいてくれ」

「えー……? 一刻も早く消したいんだけど」


 難色を示す花音に村井は難しい顔になる。花音の精神が不安定になれば討伐対象である昏き幽王の力が増すが、万全を期した状態での再封印でなければ村井の不安が残るのだ。そんな村井の思いを読み取った花音は真剣な顔になった。


「……結構、ヤバいの?」

「平安時代から残る強力な怪異が相手だからな……今、調べてるが相当だ」

「あ、おにーさんが調べて何かしようとしてるから相手が危機感に目覚めた感じ? どんな敵なの?」

「……花音たちの遠いご先祖が封印した死者の怨霊の塊が意思を持ったもの。自らの怨念を鎮めるために他者の絶望を喰らっていた怪異だ」


 村井は説明と共に資料を花音に手渡す。村井が見ていた資料は昏き幽王についての資料だ。自らの怨念を鎮めるために他者の絶望を喰らい、最後は絶望した者の身体まで食い尽くす怨霊の集合体。質が悪いのは絶望した者自体を喰らうことでその者が最後に抱えていた怨念を吸収し、再び絶望を求めて際限なく動くことだ。花音たちの先祖が封印するまでは数十の集落を支配して生贄を求め続けていたという。


 花音はその資料を見て顔を顰めた。


「弓削さんのお家から貰ったの?」

「気になるのはそこか? もっと気にすべき場所があるだろ」


 もっと色々と書いてある資料を渡したのだが、花音が最初に気になったのは資料の出所、というよりも聖の求愛サインだったらしい。色々書いてあるのが気に入らないらしく、その愛くるしい顔をしかめっ面にしながら村井の発言に従って少しだけ読み進める。


「……弓削さんのお家の力を借りるんだ。報酬が……1500万円!? 代替案の方は論外として、私のCM依頼料の半分くらいだよ!」

「……花音、稼いでるなぁ。じゃなくて、気にしてないならいいが……大丈夫か?」


 花音たちの母親の正体や自分たちのバックグラウンドなど色々と気にすべき場所は幾らでもあるはずと思ったが、花音は特に気にしていない様子だ。念のため、花音の心情を慮って確認を取る村井だが、花音は村井が心配する意図がよく分からないようで逆に訊き返してきた。


「何が? おにーさん的に他に気になる所、あるの?」

「俺からは何とも……」

「おにーさんが大丈夫なら大丈夫だよ。そんなことより1500万円も払うなら御伽林さん呼んだ方が早いんじゃない?」

「あの人はもっと高い。聖はこれでも格安で受けてくれてるんだよ」


 村井がそう言うと花音は不承不承ながら理解を示した。


「仕方ないかぁ……それで、24日が決行日なんだ。それまでに何か準備しておいた方がいいことってある?」

「必要なものは俺と弓削家の方で準備する。花音はそれまでのレッスンとかで当日に体調不良にならないようにしてくれ」

「寝不足が心配かな。悪夢の退散丸とおにーさんとお姉ちゃんで私を挟んだ川の字での添い寝を希望しておくね?」

「……琴音がいいって言ったらな」


 先程までの不安げな顔を一転させて顔を明るくさせ、村井の傍に座り直す花音。既に琴音を説得した気でいるようだ。


(不安そうにされるよりはずっとマシだが……大丈夫か?)


 隣でスマホを弄り始めた花音を横目で見た後に村井は資料に目を戻す。【昏き幽王の眠る街】の本編では幽王の使徒だった聖に色々と確認したことで夕邑生町の中で昏き幽王を封印した場所を特定することが出来た。すぐに手を打ちにかかった村井だが資料を見れば見る程不安になって来る。


(こっちは俺と琴音に花音、それから聖と……後なんかよく分からんが花音のファンになったらしい久遠。弓削家から十人程借りて結界を張らせているが……不安は不安だな。久遠がいるから御伽林さん直通のラインはあるが……)


 村井のお財布に比較的優しめで実力的にも信頼のおけるメンバーだ。久遠の参加する意図はよく分からないが、琴音と花音が一緒の状態で三時間ほど久遠のためにライブしてあげれば働いてくれるらしいので取り敢えず受けておいた。


(命張るには安すぎるんだが……ま、まぁこういうことであいつは嘘をつかないし、最悪弟子の不始末ということで御伽林さんに出張って貰えるからな……)


 万一の時の保険について考えながら村井は資料を熟読して昏き幽王の討伐、あるいは再封印を目論み、実行へと進んでいくのだった。




 その二日後。


 村井はレッスン中に花音が倒れたことを聞いて花音の下に急行することになる。

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