第24話 優劣
腸(はらわた)が煮えている。体中を巡る血液が沸騰し、グツグツと音を立てているようだ。
チヨは皇子とアサギの後ろ姿を見送り、悔しさから握った拳を震わせていた。
(なんで? どこがいけなかったんだろう?)
なぜマツが第二夫人で、チヨが第三夫人なのか、納得がいかない。
皇子から発せられた問いかけに対しても、チヨのほうが応じていた。マツは頭を下げることしかしていなかったではないか。
普段の見た目はマツは綺麗系でチヨは可愛い系だと思っているが、隣に座っている今のマツは、別人かと思うくらいやつれている。今ならば、死にそうなくらい顔色を青白くしているマツより、チヨの容姿のほうが優れていると誰もが口を揃えるだろう。
(でも、やっぱり……アサギちゃんには、敵わない)
腹が大きくなってもなお、さらに美しさを増している。もう、美しさの次元が違うのだ。
臨月が近くなっていくと、体の線は崩れてくるものだと思っていた。里で妊娠していた女達は、大半がブクブクと太っていたのだ。スッキリとしていた顎も、大半は二重顎になる。背中にも贅肉がつき、髪の毛も艶を失うのに。
それなのに、アサギは変わらない。顔周りはそのままで、体の線も子が宿る腹が膨らんでいるのみ。長い黒髪も、艶々と光の輪を冠している。
まるで天女。女神のように錯覚してしまう。
里の中で、あの美しさに比類する女は一人も居ない。
(アサギちゃんは、特別なのね……)
天は全てをアサギに与えている。容姿も、伴侶も、子も、世の女性ならば一度は誰もが羨む全てを。
そしてやはり、皇子はアサギ一筋のままだった。仲のよさは以前にも増しているようで、側室として迎え入れられているはずなのに、完全に蚊帳の外と言っても過言ではない。
これでは、とんだお邪魔蟲だ。
だから、きっと皇子も乗り気ではなかったのだろう。「よかろう」という返事は、提案してくるのならまぁいいだろうと、本当に軽い返事だったのだ。
拒絶されなかっただけ、マシと思ったほうがいいのかもしれない。
でもこれで、妻木の里の頭領が、強引に側室を宛てがわせたと確信が持てた。きっと口八丁で承諾させたのだ。
(そんなこと、しなくてもよかったのに)
あのまま、アサギの侍女として仕えていたほうが幸せだった。アサギともマツとも競い合う関係になることはなかったし、それまでどおり仲良く暮らしていけただろうに。
チヨとマツは、皇子にしてみれば完璧なお荷物と言ったところだろうか。
(なんて、惨め……)
望まれぬ側室。ただの駒に成り下がった自らを憐れだと思ってしまう。
でも、もうあとには戻れない。チヨはもう、覚悟を決めたのだ。
皇子の子を成せば、変わることもあるだろう。
(できることならば、マツちゃんよりも早く……)
たとえ第三夫人でも、マツより先に子ができれば、その子は第二子となる。それが男の子であるなら……アサギの子が女児であれば、チヨに対する待遇も変わるかもしれない。
それに……と、嫌な考えが頭をよぎる。もしかしたら、アサギの子が無事に生まれないかもしれない、と。なぜならお産は、なにが起きるか誰にも分からないのだから。
チヨは頭に浮かんだ考えを散らすように、フルフルと頭を振る。
(今の無し。子供は無事に生まれてきてくれなきゃダメよ。せっかく宿った命だもの)
狙うは、皇子にとって第二子となる子を成すことだ。
(大丈夫……子を授かるための月のモノは順調に来ている。時期が合えば、必ず授かれるに違いないわ)
チヨの頭の中には、アサギのためを思って仕入れてきた、里の先輩女史達から教えてもらった床の技がある。対して、マツはなにも知らないはずだ。
(皇子が私の元へ通って来てくれたら、なんとかなる)
きっと、大丈夫。いや、大丈夫にしてみせる。
(見てなさい。貪欲な頭領の手の中で、上手く立ち回ってやるわ)
駒には、駒としての幸せがあるはずだ。それさえ見つければ、チヨはきっと幸せになれる。
そう、自分に言い聞かせた。
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