第205話 ジョン教会活動報告
聖の義伯父にあたるクズ男——安達
ジョン教会は発足したばかりの組織であった為、クズ男は立ち上げメンバーの一人となっていた。
立ち上げメンバーは皆、ジョンに命を助けられた人々であり、その活動意欲は凄まじい。
「お疲れ様でーす」
「「「お疲れ様です」」」
クズ男が街外れの教会本部へ顔を出すと、既に出席者が半数ほど集まっていた。
無職のクズ男とは違って、皆日中は働いており、勤務が終わってからこちらへ来ている。
疲れているはずなのに、皆いい顔をしているのは、この活動にやりがいを感じているからだろう。
やがて全員揃い、会議が始まった。
司会進行は、ジョン教会の会長に就任した英会話講師である。
「まずは連絡事項から。ついに、入会者が100人を超えました」
「「「おぉ!」」」
英会話講師が発起人となり、僅か数名で始めたこの活動も、ついに三桁の大台に乗った。
糸目な彼はさらに目を細くしてこの慶事を喜んだ。
「幅広い人材が集まっており、これまでよりもさらに多くの人々を救うことができるでしょう。皆さん、引き続きよろしくお願いします。さて、続きまして今週の活動実績の報告をお願いいたします」
ジョン教会はジョンの残した言葉に従って行動している。
彼らは困っている人がいたら声を掛け、問題を解決し、助けた相手にこう言うのだ。
「If you're grateful, do someone else a solid next time they're in a bind. 他の人が困っていたら、力を貸してあげてください」
中にはとても感謝する律儀な人もいる。そういう人のみ、得意なスキルと連絡先を聞いて、いざという時に力を借りる。
そこからさらに、理念に共感してくれた人だけ、教会メンバーへ勧誘することとなる。
日本ではそこら辺にいる人が稀有なスキルを持っていることも多い。そうでなくとも知り合いを紹介してもらえる。
様々なコネを得ることで、様々な問題を解決する力を得られる。
ジョンから始まった厚意の連鎖は着実に広がっていた。
「じゃあ、俺から」
最初に活動報告するのはクズ男である。
まともに仕事をしてこなかった男だが、この活動だけはしっかりと続けている。
「アル中のマサさんを自助グループに連れて行った。これで四週間連続で通ったことになる。気の合う相手も見つけたらしいから、来週からは一人でも行けそうだ。もうしばらくフォローする」
「おぉ! すごいじゃないですか!」
パチパチパチ
参加メンバーが力強く拍手する。
様々な力を手に入れた教会だが、悩みを解決するのは簡単ではない。
依存症はかなりヘビーな案件であり、渋る相談者を自助グループへ連れていくのは相当至難である。
掛け値なしの賞賛を受け、クズ男は照れ臭そうに頭を掻く。
「いや、古橋さんが自助グループってのを教えてくれたおかげだって。俺は知りもしなかったし」
「私は教えただけです。本当に難しいのは、悩んでいる人を見つけて、相談者を説得することですから」
その点、クズ男は強い。
身の回りにはクズが多いので、石を投げれば悩みを持つ人間に当たる。
自身もクズなので、相手に何を言えば動くか想像がつく。
そこへ教会メンバーから教えてもらった“人を誘導するコツ”を反映することで、結果を出したのだ。
「習慣化したのなら、私たちの役目は十分果たしたと言えるでしょう。いずれ禁酒を成功した暁には、私たちに力を貸していただけるよう、お願いしましょう。玲央さん、ありがとうございました。それでは、次の方」
「はい、私は試験会場へ急ぐ青年を車で送り届けました。その他にゴミ拾いと——」
依存症患者対応は一大案件であり、大半は一日一善レベルの手助けが多い。
自分一人の力でどうにもならない時だけ、メンバーの力を借りる。
そして、この集会はそういった案件を共有する場でもあるのだ。
「それでは、みなさんに力を借りたい相談者を紹介します。配布した資料をご覧ください」
そこには顔写真と簡単なプロフィール、そして、相談内容が書かれていた。
「職場でのパワハラですか。これは難しそうですね」
「確か、この間俺が手助けした男の人が、パワハラで裁判起こしたことあるって書いてたような」
「一昨日、ジョン様に助けられた弁護士が会員になったんだ。二人に力を借りようか」
「相談者は金銭的に余裕がありますか? ないなら、教会の資金を無利子で貸すのはどうでしょう」
メンバー達は前のめりで意見を出し合い、相談者を救おうとする。
ある程度解決策が見えてきたところで、次のステップに移る。
「それでは、この方はどなたが担当しましょうか。女性の相談者ですし、同性の古橋さんにお任せしたいのですが……」
「お引き受けしたいんですけど……」
明らかに否定につながる言葉選び。
そこで、クズ男は立ち上がった。
「それなら、俺がやります。古橋さん、PTAで忙しいって言ってましたし」
「マサさんの案件がまだ終わっていませんが、大丈夫ですか?」
「時間ならあるんで、問題ないッス」
「それでは、玲央さんにお願いします」
今回の相談者は同じクズ男ではない。
上手く問題を解決できるかはわからない。
それでも、玲央は自然と手を挙げた。
ジョンとの出会いをきっかけに、彼の中で何かが変わり始めていた。
〜〜〜
「ただいま」
「…………」
クズ男が家に帰ると、子供達がリビングで夕食を食べていた。
残業で稼ぐ母親と、家事をしない父親。
必然、子供達はある程度の家事ができるようになっていた。
「美味そうだな。カレーか?」
「…………」
その後も声を掛けたが、子供達は不審な表情を浮かべて無視するばかり。
コミュ力が高いはずのクズ男ですら、否、クズ男だからこそ沈黙を破ることはできなかった。
子供達は母親が好きだ。
一生懸命働いて家族を養い、自分たちを愛してくれる母親を大切に思っている。
子供達は父親が嫌いだ。
母親に苦労をかけている父親が、怖くて、憎くて、堪らない。
その気持ちを誰よりもよく知っているのは、同じような幼少期を過ごしてきたクズ男自身である。
「ははは……はぁ」
妖怪に襲われ、自らの行いを顧みたあの日から、クズ男は色々なことをやり直そうと試みている。
その一つが、家族との関係改善だ。
全く結果は出ていなかったが……。
「ただいまー。みんなご飯食べてる?」
美麗が帰ってきた。
麗華の姉、聖の伯母にあたる彼女は、一家の大黒柱としてバリバリ働いている。
少し疲れた様子でリビングに入ると、そこには居心地悪そう立っている夫の姿があった。
「あっ、玲央帰ってたの? ボランティアは?」
「今日は早めに終わったんだ」
「そう♪」
クズ男とやりとりする美麗は機嫌が良い。
入院以降様子のおかしい夫を心配していた彼女だが、家族との関係改善を試みる彼の姿を見て、それはもう喜んだ。
浪費をやめたのでお金の心配も要らなくなった。
いつか暴力沙汰になるのではないかと心配していた子供達とも、歩み寄ろうとしている。
彼女はようやく理想の家庭が作れるのではないかと、期待し始めていた。
なお、ボランティアについては少し胡散臭く感じているが、状況が良くなっているのでとりあえず認めている。
「玲央もまだ食べてないんでしょ。みんなでご飯食べましょ」
「あぁ」
美麗が音頭を取り、安達家は動き出す。
突然変わった父親を訝しむ子供達と、なんとかやり直そうとするクズ男。
そして、それを嬉しそうに見つめる美麗。
聖とジョンの出会いが巡り巡って、峡部家の憂いを一つ解消していた。
「今度から俺が料理するか……」
「練習が必要ね。まずはデリバリーだけでもしてくれたら嬉しいんだけど」
「不味いもん食わせるのも悪いか。デリバリーなら……」
クズ男に惹かれた女は、ダメ男製造機だった。
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