第7章 社会変革編
第202話 新たな日常
夏休みが明け、2学期が始まってしばらく。
日本最強として実力を示したのだから、学校を欠席して妖怪退治に引っ張りだこ……になるかと思いきや、そうはならなかった。
そんなしょっちゅう強力な妖怪が出てきていたら、日本はとっくに滅んでいる。
『緊急出動する時は迎えを送るから、それまで普通の生活を送っていて大丈夫だよ』
と、恵雲様は言っていた。
緊急時に備え、いつも用意していた戦闘準備をアップグレード。
簡易的な札だけでなく、戦闘用のフル装備を常備することとなった。
使用期限が切れて廃棄されることになっても、費用は全て陰陽庁から支給される。
国の要になった実感を得られるのはこれくらいか。
(次の封印解除は明後日だし、もう少し宝玉霊素増やしておこう)
封印解除は月に一度行うこととなった。
封印更新の周期や人員確保、道具の準備期間、そしてなにより、満様の負荷を考慮すると、そうなるらしい。
俺は解放された妖怪へ一撃ぶちかますのがお仕事である。
霊力消費量が格段に増えるため、授業中も霊力の精錬に励んでいる。
「コップの水が減っていますね。これはコップの水が空気中に逃げていったからです」
学年が上がったことで、学級担任制から教科担任制に変わった。
元担任の先生以外はあまり面識がなく、会話の機会もほとんどなかった。
そんな先生たちでも、俺の成績が優秀であることは全員が認知しており、多少不審なことをしていても目を瞑ってくれる。
「この現象を何というか、聖君、分かりますか?」
「蒸発です。あっ、気化の方ですかね」
物質の三態、懐かしいなぁ。
「どちらでも正解です。気化は蒸発も含む状態変化を指しますが、今回皆さんに覚えてもらいたいのは蒸発です。聖君、ありがとうございました」
こうして不意打ちしてきても、小学生の内容程度すぐに答えられるので問題ない。
理科の授業を受けている今は、集中するあまり瞑想を始めてしまったが、先生は何も言わなかった。
先生達が諦めたとも言える。
仕方がないんだ。
終焉の時という特大の厄ネタを知ってしまったら、戦力強化を目指さずにはいられない。
恵雲様から聞いた予言によると、詳細は分からないけれど、人類が滅びる何かが起こるらしい。
凶悪さの割に情報がフワッとしている。
まだ遠い未来の話だと思われるが、いつきてもおかしくないのが予言である。
今後、生きるか死ぬかの戦場に立つのだから、授業をまともに受けている余裕はない。
故に、自らの体内で精錬の試行錯誤をしているのだ。
(こう動かせば……さらに磨いてみれば……叩いてみれば……)
長年色々試しているが、どうにもうまくいかない。
変わった! という感覚がないのだ。
(日本最強となった今、新しい切り札が欲しい)
ここしばらく第漆精錬開拓への熱意が下がっていたところへ、頑張る理由が投下された。
宝玉霊素製造効率アップと並行して、体内工場で実験する日々である。
〜〜〜
「こんにちは。詩織ちゃんの治療に来ました」
「峡部様、お待ちしておりました」
毎週土曜日はドクター峡部の時間である。
お世話係さんのお出迎えを受け、勝手知ったる他人の家にお邪魔する。
長期滞在した後に毎週通うものだから、俺の中では別荘感覚になっている。
「詩織ちゃんは元気ですか?」
「水曜日までは視覚も意識も奪われませんでした」
夏休み中は連日怨嗟之声拡散法を行っていたおかげで、ずっと元気な姿を見せていた詩織ちゃん。
しかし、週一回ではさすがに足りないらしく、木曜日になると視覚や意識を奪われてしまうそうだ。
「今は、視覚を奪われております」
案内された部屋には、布団の上で仰向けに寝ている詩織ちゃんがいた。
虚弱とはいえ元気な姿ばかり見てきただけに、胸が痛くなる。
俺は彼女のそばに腰を下ろし、そっと手を握った。触覚でそばに人がいることを伝えたうえで、肩に乗せていたテンジクを下ろす。
「詩織ちゃん、こんにちは。大丈夫。これで楽になるからね。——頼んだよ、テンジク」
「キュイー」
テンジクは詩織ちゃんの首スレスレを齧り始めた。副作用をもたらす何かを食べているのだ。
首元のテンジクに気づいたのか、詩織ちゃんが目を瞑ったまま頭を動かした。続いて手を動かし、柔らかな毛並みを撫でている。
こういう場面はもう何度か経験しているから、寝たまま触れ合うのも慣れたものである。
「詩織様、良かったですね」
お世話係さんが瞳を潤ませながら呟く。
今日の詩織ちゃんは朝から聴覚に加えて視覚まで奪われているため、一人で動くこともできず、安静にして過ごしていたようだ。
子供がジッとしているなんて、退屈でたまらないことだろう。
詩織ちゃんの肉体年齢は俺の一つ上である。にも関わらず、俺よりも華奢だ。
しかし、それも仕方がない。
意識や視力を奪われている時間は、実質眠っているに等しく、起きて活動できる時間はほとんどなかったのだから。
線の細い彼女は儚げで、この子が日本の安寧を守っていたと言われても、にわかに信じがたい。
目に掛かる白髪を払ってあげたその時、ちょうど彼女の目がパチリと開いた。
「こんにちは」
「こんにちは、詩織ちゃん。視覚が戻ったんだね。良かった良かった」
テンジク療法は、聴覚を一撃で取り戻す力はなくとも、視覚や意識を取り戻す一助にはなる。
ドクターフィッシュよりも強力な治療効果を発揮するのだ。
「これで会場に行けますね」
「会場ですか?」
心の中でコンサート会場って呼んでたから、つい。
この後は満様も一緒に山奥へ向かい、怨嗟之声拡散療法を行った。
塩砂親子に束の間の穏やかな時間をご提供だ。
「ありがとぉ」
「いえ、仕事ですから」
「ありがとう」
「どういたしまして」
久しぶりに東部家のお屋敷に泊まり、恵雲様と食事をしながら打ち合わせを行った翌日。
山奥にある封印場所の一つにて。
「——解!」
「第一陣、攻撃!」
勾玉から解放された妖怪は陰気に包まれている。
第一陣による幾多の攻撃により、闇の衣が吹き飛ばされ、巨大な妖怪が姿を現した。
トレントのような巨木に似た妖怪だ。
「退避完了! 峡部様!」
——♪
「燃やし尽くせ——火槍之陣」
巨大な炎の槍が妖怪の幹の中心——光り輝く弱点へ突き立った。
傷口が爆発し、黒煙と共に全身へ炎が広がっていく。
妖怪の意識が覚醒したのか、慌てて身を捩るも、既に後の祭り。
やがて幹の真ん中が完全に炭化し、バキリと音を立てて真っ二つになった。
崩れ落ちると同時に枝葉から塵となり、風に乗って消えてゆく。
「「「うぉぉおおおおお!」」」
もう何度も見せているというのに、脅威度6弱の妖怪を退治するたびに歓声が上がる。
やめて欲しいとは微塵も思わない。
むしろテンション上がるのでこれからも引き続きお願いしたい所存。
「やっぱりすげぇよ。何度見ても信じられねぇ」
「俺達が苦労して傷つけた妖怪があんなにあっさり……。格が違う」
「まだ子供だぞ。ここからさらに成長するのかよ」
「反撃されて死んだ仲間もようやく浮かばれるな」
「これからは峡部家の時代か」
この時間はついつい聞き耳を立ててしまう。
いやぁ、頑張った甲斐あるわ。
殺された陰陽師には来世での幸せを祈ろう。
さて、これで平和にまた一歩近づいたわけだが、めでたしめでたしとはならない。
これまで後回しにしてきたツケを、今ここで支払うこととなる。
「ぐぅぅぅぁぁぁぁぁあああ」
「満兄さん、しっかり」
——怨嗟術による満様の副作用悪化だ。
脅威度6弱から手に入る力は強く、それ相応に副作用も悪化する。
彼の身の内で怨嗟之声が爆発し、負の感情が精神を蝕み、五感を奪おうと暴れているのだ。
「聖君、頼む」
「はい」
そして、いずれはこの副作用も詩織ちゃんへ継承されてしまう。
だからこそ、満様の目には力が宿っている。
この苦しみを娘に背負わせるまでの猶予を稼ぐため、少しでも長く生きようと足掻いている。
「テンジク、食べなさい」
出来立てホヤホヤの怨嗟之声を受ける勇気はない。
なので、怨嗟之声拡散法の前にテンジク療法を挟む。
こうすることで、普段の治療と同等程度のダメージで済むのだ。
……本家本元の副作用はもともと強力なので、どちらにせよ辛いのだが。
「はぁ、はぁ、らいしょーぶ、らいしょーぶ」
「満兄さん……お疲れ様でした……」
塩砂家のご先祖様には理不尽さを覚えるが、そのおかげで前世の俺や家族が平和に過ごせたと思えば、文句ばかりも言えない。
次代の日本最強たる俺が、恩返しとして後始末するとしよう。
やりたいことも、やらなければならないことも、たくさんある。
さてさて、どう時間配分するとしようか。
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