第80話 武家見学6
朝とは違い、暗い夜道をのんびり歩いて向かう。
濃密な一日だったせいか、この道を走ったのが数日前の出来事のように思えた。
疎な街灯に照らされた山道は、ともすれば幽霊でも出てきそうな不気味さを放つ。
しかし、仕事終わりの解放感に浮かれる30人の男の声によって、陰気な空気は吹き飛んでしまう。
「お疲れ様ー!」
「お疲れさまでした」
「お疲れ」
ビルについた一行は良い笑顔で挨拶を交わし、階段を上って2階にある宿泊フロアへ向かう。
この階層は全て社員が寝泊まりするための部屋となっており、皆自分に割り当てられた部屋へ消えていく。
「あぁ〜疲れた〜!」
「聖君も一日中外で見学して疲れただろう。明日の朝も早いし、すぐに寝た方がいい」
「また明日、話聞かせてやるからな」
俺によく声を掛けてくれた人達がそう言って廊下で別れていく。
彼らの子供は既に大きくなって反抗期に突入中なので、俺のように小さくて
とても為になる話をたくさん聞かせてくれるので、これからもサービスしていきたいと思う。
「お疲れ様です。息子がお世話になりました」
俺だけでなく、親父もまた、彼らとよく話していた。
無愛想な親父のことだから、てっきり一人行動ばかりしているかと思いきや、そんなことはなかった。
皆気軽に話しかけてくるし、親父も穏やかな雰囲気で交流している。
命運を共にする戦友同士、心を許せる間柄なのかもしれない。
そのなかでも特に親しいのが、白石さんだ。
「じゃ、また明日な。聖君もおやすみ」
口調とか雰囲気が籾さんに似ている。
親父はこういうタイプの人間と気が合うのだろう。
社員には1人1室与えられているようで、狭いながらもプライベートが守られている。
俺は親父の部屋で泊まることになった。
見学の時はそうするのが慣習らしい。
部屋の内装はビジネスホテルそっくりだった。
シングルベッドにテーブルとイス、壁掛けのテレビは思ったよりでかい。
入口でスリッパに履き替えて中に入る。
誰かが用意してくれていた来客用の寝間着に腕を通していると、親父が不意に問いかけてくる。
「私は明日の夜から護衛の任につく。聖は朝、御剣様の家に……卵はどこにある。車か?」
親父が卵という時は、たいてい霊獣の卵を指す。
我が家の命運を握るほどの大金をかけた卵だからか、親父は卵の成長をかなり気にしており、帰ってくるたびに動きもしないそれをじっと観察したり、俺に
じわじわサイズが大きくなっていく事と、霊力の要求量が多くなっていく事以外、これと言って変化はない。
いや、一度霊素を与えてからは重霊素とか他の精錬霊素を求めるようになったか。
口に出して要求するわけではなく、ペットが無言で見つめてくるような、そんな主張が伝わってくるのだ。
「泊まるなんて聞いてないから、持ってきてないよ」
「なに?!」
驚くことじゃないだろう。
あんな大きな卵、持ち出そうと考える方がおかしい。
俺の返答を聞いた親父は脱ぎかけていた服を着なおし、俺を連れて部屋の外へ出る。
向かった先はひとつ隣の白石さんの部屋だ。
「聖を見ていてもらえるか」
「こんな時間にどこ行くんだよ」
「家から卵を取ってくる」
「卵って……あぁ、あの卵か。分かった、面倒見てやるよ。必要なさそうだけどな」
こんな軽いやり取りの末、俺は白石さんの部屋に預けられることとなった。
白石さんの言う通り、部屋で待つくらい1人で出来るのに。
変なところで心配性なんだから。
「お邪魔します」
「おう、お父さんが戻ってくるまでの間、ゆっくりしてけ」
部屋の内装は親父のところと全く同じで、これといって見るものもない。
白石さんに勧められるがまま、俺はベッドに乗っかった。
「まだ眠くなさそうだな。ゲームでもするか?」
そう言って掲げてみせたのはテレビゲームのコントローラーだった。
いくら健康優良児な俺といえども、この時間に寝るのは早すぎる。
ゲームを通して仲を深めるのも悪くない。
「はっはっは、このままゴールだ!」
「そうはいきませんよ」
狙い通り、有名なキャラクターたちが危険走行を繰り返すゲームによって、年齢の壁を超えて盛り上がった。
「うおっ、ここでバナナ使うか」
「勝った」
「あとちょっとだったのに……くぅ。ずいぶん遊び慣れてるな。家にもゲームあるのか?」
「ないですよ。友達の家でやりました」
嘘である。
前世で遊んだことがあるだけだ。
我が家は俺が欲しがらないし、優也も今は外遊びの方が楽しいようで買っていない。
今の俺は、ゲーム機に高いお金を払うくらいなら、よりたくさんの墨を買ってきてほしいと思っている。
前世でもライトユーザーだったし、ソシャゲの無課金プレイですら満足できてしまうからなおのこと。
この後もコースを変えてレースを続ける。
しかし、俺も白石さんもガチ勢ではなく、スタートダッシュさえ出来れば後はアイテム頼りなライト勢なので、ゲーム半分会話半分で楽しんでいた。
俺は重量級のキャラでNPCを場外に弾き飛ばしながら問いかける。
「お父さんが、明日から護衛って言ってました。何をするんですか?」
どうにも戦闘色が強すぎて忘れがちだが、親父の担当業務には護衛も入っている。
超人的な武士のことだ、何が相手でも護衛なんていらないだろう。
「ここは妖怪が発生しやすい曰く付きの土地でな。特に夜中は危ない。非力な子供や女性達を守るには、広範囲にわたって妖怪を感知できる陰陽師が必要なんだ」
「なんでそんな危ない場所に住んでるんですか?」
「御剣家の役割というか、家訓というか……あれだ、大昔の偉い人に任されたお仕事を今も頑張ってるんだ」
御剣家が創始された理由が、この山の守護だった、ということかな。
3桁レベルの歴史を持つ御家が、大昔の与えられた役目を守るなんて、律儀だなぁ。ご先祖様がずいぶん誇りに思っていたのだろう。
もしかしたら、勅命だったのかもしれない。
もう少し突っ込んで聞いてみれば、峡部家の式神以外にもさまざまな方法で妖怪を感知できる陰陽師がおり、シフト制で夜の護衛を受け持っているのだとか。
夜勤か……生活リズムが滅茶苦茶になるし、若いうちにしか出来ない仕事だ。
そのうえ、日勤でもあの過酷な訓練が待っている。
親父、かなり頑張ってるんだな。
年収高すぎだろ、とか考えてすまん。
その他にもいろいろ話し、ひとしきりゲームを楽しんだところで就寝時間がやってきた。
とはいえ、ここは白石さんの部屋。
もう少し待てば親父も戻ってくるだろうし、霊力を漲らせて眠気を打ち消そう……なんて考えていた俺に、白石さんが提案する。
「今日は疲れたろ。そろそろ寝とけ」
「まだ大丈夫ですよ」
「良い子は寝る時間だ。お父さんが帰ってきたら隣の部屋に連れて行ってやるから、安心していいぞ」
さすがはパパさん、子供のことをよく分かってらっしゃる。
眠そうな素振りを見せなかったのに、見破られてしまったようだ。
「電気つけててもいいですよ。白石さんのやりたいことしててください」
さっき部屋に入った時、テーブルの上のスマホが目に入った。
一瞬見えた魅惑的なポーズの美少女キャラは、間違いなくソシャゲのホーム画面である。
きっとこれから、デイリーミッションをこなすつもりだったのだろう。
邪魔してしまって申し訳ない。
「本当、しっかりしてんな。子供が変な気を使うんじゃない。電気消すからな」
親父が戻ってくるまでの間、1つしかないベッドを貸してくれるという。
俺は白石さんのご好意に甘え、ベッドに寝転がった。
タオルケットをお腹に掛け、居心地の良いポジションを探ろうとしたところで、奴が邪魔してきた。
「またお前か」
胸ポケットから感じた異物の正体は「黒い勾玉」である。いつの間にかパジャマのポケットに入っていた。
投げ捨てても戻ってくるこの勾玉は、結局今日までずっと俺に付き纏っている。
最近習得した簡易お祓いを行なっても効果はなかった。全く手応えがなかった辺り、呪いの類ではなさそうである。
そうなると、やっぱりあの時のドラなんとかは妖怪じゃなかったんじゃないか、という疑念が再び頭をもたげる。
さっき着替えたときに移し忘れていた。
ちょくちょくやってしまうのだが、こういう時――
『私のことを忘れるなんて酷いじゃない!』
――とでも言うかのように、勾玉がポケットへ戻ってくる。
そして、横になろうとした俺の体を不意打ちで
呪われてこそいないものの、とんでもないヤンデレアイテムと化していた。
「うん? どうかしたか」
俺の声に気が付いた白石さんがこちらをのぞき込む。
照明が消され、月明かりがわずかに差し込むばかりの部屋はとても暗く、真っ黒な勾玉は輪郭すら見えない。
白石さんに「なんでもありません」と返そうとした俺は、突然の大声に身を
「聖君、そこを動くな!」
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