第51話 捻転殺之札



「聖、今日は極細霊殺陣ごくさいれいさつじんと、捻転殺之札ねんてんさつのふだの作り方を教える」


「はい!」


 わーい、殺意増し増しだぁ。

 これで妖怪をバッタバッタなぎ倒せるぞぉ。


 ……と、素直に喜べたらよかったのだが。


 どうにも親父の様子がおかしい。

 これまでずっと攻撃性の低い、安全な陰陽術ばかり教えていたのに、最近になっていきなりラインナップが変わった。

 使い方を間違えれば人を傷つけてしまうようなそれらを、子供の俺に教えていいのかと遠回しに尋ねれば――。


「お前なら大丈夫だ。幼稚園でも陰陽術を見せびらかしたことはないと聞いている」


 そんなことを言って指導を続けた。

 まぁ、教えてくれるというのなら、ありがたく教えてもらうとしよう。


 俺の学習速度を理解した親父は次々に新しい知識を与えてくれる。

 危険な陰陽術から難しい陣の描き方、複雑な儀式の手順まで、指導書の内容を一気に消化するような勢いで。

 おかげで俺の知識欲はここしばらく満たされまくっている。


 テスト勉強は1時間と長続きしなかったのに、陰陽術に関してだけはいくらでも集中できる。あの日の熱意は未だに衰えることを知らない。

 ただし、効果の苛烈さや費用面で、どれもこれも中庭で実践するのは難しい。今は知識だけで満足するとしよう。


「まずは捻転殺之札から。これは“振動”と“回転”の陣を組み合わせ、12の楔で繋ぎ、1つの陣として描く。札周辺の空間を歪曲することができる、シンプルにして強力な札だ。それ故に、多くの家で様々な捻転殺之札が開発されている」


 それ知ってる。

 これだけは実践、もとい実戦で使ったこともある。

 予習ばっちりですよ。アホみたいに強力ですよね。


「この札を私が最高品質で作れば、脅威度3の災厄型までなら一撃で退治できる。ただし、失敗することも多い。作りが甘いと期待した効果を得られない。保存性も悪い。安定した品質の捻転殺之札を作れるようになれば、札作りのプロと呼べる。札職人として生きていくことも出来るだろう」


「へぇー。難しいんだ」


 俺が作った捻転殺之札は、試し打ちを含め全て役割を果たしてくれた。

 つまり、俺の札作成スキルはかなり高いってことでは?

 前世では気が付かなかったけど、俺にはそんな才能が眠っていたのか……!


 うん、違うな。

 山ほど札作りの練習をしてきた俺は、何千枚も不発札を生産してきた。

 なんなら未だに燃えるごみを量産している。技術漏洩の危険があるからリサイクルに出すことも出来ない。

 中庭の一角で焼却処分しているのだ。


 そんな俺の作った札が連続で成功した。ということは、別の何かが捻転殺之札の要訣なのだろう。


「脅威度4以上には効かないの?」


「一撃で倒せなくなるだけだ。傷つけることも出来るし、殺人型なら攻撃の軌道を歪めることも出来る。応用次第でいくらでも使いようのある札だ。しかし、不安定さを考慮すると、結界の方が防御に向いている。攻撃も陣を用いた方が確実だ。いざという時の切り札として用意することが多い」


 ふむふむ、こういう指導書に載っていない知識は勉強になる。

 実戦を経験している陰陽師からしか聞くことが出来ない、貴重な情報だ。


「これがお手本だ。捻転殺之札は発動と共に札が消滅するタイプだ。ゆえに、このお手本通りに作っても失敗する可能性がある。自分で試行錯誤するように。効果範囲は狭いので、中庭での練習を許可する」


「分かった」


 親父が仕事に行っている間、俺は教えてもらった陰陽術を復習している。

 教えてもらう数も質も上がったせいで、最近は1週間あっても時間が足りない。

 『陰陽術を練習するために幼稚園を休みたい』とお母様にお願いしてみたら、案の定許可が下りなかった。


『勉強を頑張るのは良いですが、お友達と遊ぶことも大切ですよ』


 とのこと。

 まさか親から『勉強ばっかりしないでもっと遊びなさい』と言われるなんて思いもしなかった。

 逆のセリフは耳にたこができるほど聞いたのに。


 陰陽術は勉強というより趣味に近いから、新たな技を覚えられるこの時間は楽しくて仕方がない。

 捻転殺之札だけは独学で作ってきたから、親父からコツを教わってより理解が深まった。

 そうか、この部分は効果範囲を限定するための綴りだったんだ。


「ここの楔が特に重要だ。画数が多いゆえ、陣の形が崩れやすい。筆遣いに注意しろ。……そうだ」


 最初の1枚は親父がつきっきりで見てくれる。

 2枚目は自由に描かせ、3枚目は気になったところを指摘し、4枚目で大体お手本に近づく。後はひたすら書いて、何も見ずに作れるよう覚えるだけだ。


「今回は特に覚えが早いな」


「……お父さんの教え方がいいからだよ」


 実際、親父の教え方は俺に合っている。

 構いすぎず、放置しすぎず、ある程度自由にやらせてくれるところがいい。

 親子だからなのか、いや、たまたま性格が似ていたのだろう。お互い過度な干渉を好まないゆえのやりやすさがある。


 親父がさっそく描き上がった4枚目の札を手に取り、出来を確認してくれる。


「よく出来ている。……新しい筆が手に馴染んだようだな」


 俺が自信作の評価に満足しつつ強張った指を曲げ伸ばししていると、不意にそんなことを言われた。

 親父の視線は筆へ注がれており、子供が使うには不相応な、高級感漂う逸品が筆置きに鎮座している。


「うん、使い方が分かってきた。でも、まだ少し扱いきれてない気がする」


 これはつい最近、御守りのお礼として祖母から贈られたものだ。お母様経由で俺が持っていない必要なものをリサーチしたらしい。

 リビングで筆を酷使している俺を見て、お母様が親父に相談し、そこから陰陽術具店を紹介されたという。

 値段は聞いていないのだが、桐箱の中で紫色のクッションに包まれているこれを見て、安物だと思う者はいないだろう。なんなら桐箱とクッションも何かに使える気がして、俺には捨てられそうもない。


「大切にしなさい。一級品を扱う経験は貴重だ」


 箱に入っていた商品説明書によると、筆管は霊脈の上に立つ古樹から自然と落ちた枝が用いられており、ほうは羊に似た霊獣の体毛をメインに、陰陽師の才に恵まれた新生児の胎髪が混ぜられている。

 それらの貴重な素材によって霊力の通りがよくなり、陣を描く際にロスなく霊力を伝えられるらしい。墨に込められた霊力と合わせてパワーアップするそうな。

 高い性能に加えて、筆管には陣に似た彫刻が施され、見るだけで高級品であると分かる。


 最初は『え、これを墨に浸していいの? 真っ白な毛が汚れちゃうよ?』とおっかなびっくり使っていたが、さすがに慣れてきた。

 本来こういう最高品質の筆は実印同様、いざという時に使うもの。普段は押し入れに大切にしまい、滅多に取り出さない。それを練習如きに使っているのは、ひとえに祖母の気持ちに応えるためである。


『一番良さそうなものを選びましたから、これからもお勉強を頑張ってくださいね』


 なんて言われて贈られた品を、押し入れにしまうことは出来なかった。

 親父の言う通り、良いものに触れて一流の感性を養うとしよう。


 祖母といえば、嫌な予感がしたあの日から親父の指導方針が変わったような……。


 この後は極細霊殺陣の書き方を教わり、今日の陰陽師教育が終わった。

 いつもなら2人揃ってリビングへ向かい、夕飯まで休憩するのだが、今日はもう少しだけ話があるようだ。


「これまで教えた技術を使えば、お前は妖怪と戦うことができるだろう」


 おぉ、親父のお墨付きが貰えた。ちょっと感動。

 いくつもの陰陽術を習得したうえ、4歳の俺にはまだまだ成長できる時間が残されている。

 漫然と過ごしていた前世とは違い、今世ではやりたいことがたくさんある。これから先、いったいどんな輝かしい未来が待っているのだろうか、想像しただけでワクワクする。

 あわよくば最年少で妖怪退治とか、脅威度7妖怪をソロ討伐とか、前人未到の偉業を達成して歴史に名を残せたり……。


 そんな俺の浮かれた気持ちを見透かしたかのように、親父は釘を刺してきた。


「しかし、決して挑むことのないように。まだ教えていないことは山ほどある。知識や力があっても、お前には経験と年齢が足りていない。人が死ぬときは一瞬だ。大人になるまで、決して危険に近づいてはならない。いいな」


 親父の目はいつにもまして真剣で、俺は無言で頷くことしかできなかった。

 以前峡部家の過去を話してくれたときと同じく、親父の強い感情が漏れ出ている。もう二度と家族を失いたくないという、強い想いが……。


 言われずともわかってるよ。

 大人の身体と比べたらまだまだできないことが多すぎる。

 英雄願望がないといえば嘘になるが、万能感に酔いしれて無謀に突っ込むほど子供じゃない。

 大人になるまでは、危険に首を突っ込むような真似はよしておこう。

 お母様と優也にも心配かけちゃうし。


 ただ、また影の妖怪みたいなのに襲われたら抗わなければならない。

 これからも懐に捻転殺之札を忍ばせる生活は続きそうだ。

 逃走に使えそうな陣も教わったし、足止め系も――


 リビングで優也の相手をしながら、俺は新たに増えた手札を検討するのだった。

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