第47話 祖父と御守り


 聞いて良いものか一瞬悩むも、この疑問を放置してはずっとモヤモヤするに違いない。子供の無邪気さで聞いてみた。


「お爺ちゃんはどんな人だったの?」


「とっても愛情深い人で、とっても仕事熱心な人だったのですよ」


「私もぜひ、お聞きしたいです」


 親父の一声があったおかげで、詳細な話を聞くことができた。


 亡き夫のことを語る祖母は、悲しむどころかとても幸せそうだった。

 本物のご令嬢だった祖母に一般人の祖父が一目惚れし、猛アタックの末に結婚したという。

 祖母の父親は反対したそうだが、その反対を押し切って見事に結ばれた2人。

 お義父さんを納得させるために祖父は仕事に励み、ベンチャー企業の基幹メンバーとして活躍し、最後には認めてもらったという。その会社が、今では知らぬ者のいない大企業だというのだから驚きだ。

 概要を聞いただけでドラマにできそうな展開だった。

 それも全ては、愛する祖母のためだというのだから、本当に愛情深い人なのだろう。


 早死にしたのは、生き急ぎすぎたせいかもな。


 そして、お母様が祖父に似ているという話も理解できた。

 親父へアタックを掛けたところとか、息子のために命を懸けようとするところとか、心当たりが多すぎる。


 頼むからお母様は長生きしてください。


「兄さんたちはお見舞いに来るのですか?」


「いいえ、お仕事が忙しいようです。それでも連絡は取り合っていますよ。最近はビデオ通話がとても便利ですから。麗華さんも、少しくらい顔を見せてください」


 お母様に兄弟がいることは最近聞いたが、今どうしているのかは知らなかった。

 お菓子を頂きながら聞き耳を立てた結果、長男のすぐるさんは祖父の後釜に入ったようで、長女の美麗みれいさんは結婚して子供もいるとか。

 長男の方も既に高校生の息子がおり、宮野家の将来は安泰らしい。


 しばらくお菓子に夢中になっていた優也がおもむろに祖母へ向き直って言う。


「おばーちゃんもたべよ?」


 その手には、優也が好きそうな味のお菓子がのっていた。


「ありがとうございます。あら、美味しいですね」


 優也が俺の代わりに孫成分を投入してくれている。

 こういう無邪気な好意、俺には真似できない。


「優也さんはどんな遊びが好きですか?」


「ひこーき!」


「紙飛行機のことだよ。僕が札を飛ばして、優也も一緒に飛ばすんだ」


「教えてくれてありがとうございます。紙飛行機ですか、今度折りかたを調べてみますね」


 祖母は陰陽師関係者となったことで、こちらの世界を知ることとなった。

 そういう話をしても良い数少ない相手だ。


 陰陽師の勉強に精を出していることや、親父の仕事を手伝っていること、幼稚園で友達が出来たことなど、俺は祖母に聞かれるがまま答えた。

 優也も拙いながらに答えている。


 祖母は俺達の話を聞くたび、眩しそうに目を細めた。


 その気持ちが少しだけ理解できる。

 時と共に可能性が擦り減っていく身に、数多の未来が待っている子供は眩しすぎるのだ。

 不可逆なはずのその変化を、俺は何の奇跡かもう一度やり直すことができた。

 あらためて2度目の人生に感謝せねば。


 祖母と孫、母と娘、義母と義息子、これまで会えなかった時間を埋めるかのように話していれば、あっという間に面会時間の終わりが近づいてきた。


「それでは、そろそろお暇します」


「もっとお話ししていたかったのですが、仕方ありませんね。今度はビデオ通話でお話しましょう」


 祖母とのお別れに少ししんみりした気持ちになった。

 しかし、それも一瞬のこと。デジタル社会に順応している祖母にとって、距離なんて大した問題ではなかった。


 帰り際、親父がポケットから何かを取り出す。


「以前お渡ししたものは効力が切れています。こちらをどうぞ」


 祖母へ渡されたそれは小さな御守り———陰陽師が作る“守護の御守り”である。


 この御守りは、持ち主の周りにある穢れや呪いを打ち消す効果を持つ。例えるなら空気清浄機のようなものだ。

 当然ながら、神の祝福を受けた本物の御守りよりも格段に力は劣る。それでも、滅多に手に入らない本物よりお手軽に購入できるとして、陰陽師謹製の御守りはその手の界隈で重宝されている。

 プロの陰陽師が本気で作った御守りは、脅威度4の妖怪すら近づくのを躊躇わせるという。

 なお、お値段によって効果は変わります。


 なるほど、祖母へ何かお礼をしたいと思っていたが、これはいい。

 初歩的な守護の御守りなら俺でも作れる。


「お父さん、僕も御守りあげたい。いい?」


「墨は用意していない」


 つまり、「作ること自体は問題ない」ということか。

 なら早速取り掛かるとしよう。


「お婆ちゃん、ボールペン借りるね」


「はい、ご自由にどうぞ」


 祖母は興味津々で俺の御守り作りを眺めている。

 陰陽師が仕事をする光景など、滅多に見られるものではないから、それも当然の反応だろう。

 御守りにおいて最も大切な中身のお札、これ自体はおんみょーじちゃんねるでも紹介されるほど普及している。

 妖怪や霊的脅威から人類を守る陰陽師業界において、その根源となる穢れや呪いの除去は至上命題といえよう。

 ゆえに、御守りの作り方は遥か昔から陰陽師たちの間で共有されている。


 俺はメモ帳の隣に置いてあったボールペンを手に取り、インクに霊素を充填していく。


 陰陽師が使う特別製の墨とは違い、ただのインクはものすごく霊力保持力が低く、充填した側から抜けてしまう。

 しかし、込める霊力を霊素に変えれば、その問題は軽減できる。精錬工程の上流ほど保持力は高くなるのだ。

 家で試して判明したこの事実、親父は知らない。ゆえに、傍から見れば霊力でゴリ押ししているように見えるらしく、いたく感心された。


「よく霊力が尽きないな……」


「霊力だけはあるから」


 悔しいことに、親父の御守りの方が性能は良い。

 字は俺のほうが綺麗だと思うのだが、どうにも陣の形や何らかの要点を捉えるほうが陰陽術的に重要なようだ。親父が作ったものは1年くらい余裕で持つというのに、俺の御守りは3ヵ月経った頃、いつの間にか霊力が切れてしまっていた。

 曰く「霊力が漏れている」とのこと。

 さすがに、多少勉強を頑張ったところでプロの経験を上回ることは出来ないらしい。


 そんな親父の御守りがあるのだから、俺の御守りは所詮オマケ程度でしかない。

 第陸精錬宝玉霊素をオマケの御守りに使うのは勿体無さすぎる。

 ここは霊素で充分だろう。


 その代わりといっては何だが、せめて気持ちを込めさせてもらう。

 祖母がいなければお母様は存在せず、ひいては俺が転生することもなかった。

 孫に無償の愛情を与えてくれる祖母へ、感謝と、少しでも長い安寧の時を!


 気持ちを込めながら陣を描く。

 本来筆と墨で書くべき陣をボールペンで書くのは難しい。自由自在な太さと濃淡を再現できないから。

 出来る限り要点を守って陣を描き、大量の霊素をインクにギュンギュン込めていく。


「まぁ……!」


 祖母が目を丸くしている。

 4歳でこれだけ漢字をスラスラ書ける子供は希少だから、それも仕方がない。

 効果は下がるものの、御守りという小面積へ陣を描くには、ペン先の細いボールペンは最適だった。


 ほどなくして陣は完成。

 後は使用済みの御守りからガワを貰い、中身を詰め替え、祖母に渡せば……素敵な孫からの贈り物になる。


「はい、お婆ちゃん。あげる」


「まぁ、まぁまぁまぁ! ありがとうございます。大切にしますね」


「効果が切れたら新しいのに換えるよ」


 この喜びよう、宝物としてずっと大切に持っていそうだ。


 紙もインクも専用のものではないので、長持ちしないし効果も相応のはず。本当に気持ち程度の品でしかない。

 すごく喜んでもらえたのは嬉しいのだが、ちょっと申し訳ない気持ちになる。

 今度は家でしっかりしたものを作ってプレゼントしよう。



 俺達は今度こそ病室を後にした。


 結局、なぜこれまで俺達が祖母に会いに行かなかったのか、その理由は分からないままだ。

 分かったところで何がどうなるということもないが……。


 とりあえず、これで親戚関係があらかた判明した。前世よりもずっと少ない分、大切にしていきたいものだ。

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