第33話 懇親会


 4歳になる今年から、幼稚園へ通うことになる。

 ずっと家に引きこもっていた俺からすれば、ある意味社会デビューとも言える。

 それに合わせて陰陽師界デビューすることになった。


 今度、同年代の子供とその親を集めて懇親会が開かれるらしい。

 主催者は日本3大陰陽師が一家、関東圏を取りまとめる安倍家だ。

 かの有名な陰陽師、安倍晴明が興したお家で、1000年以上続く由緒正しい名家。3大陰陽師の中でも最も発言力が高いとされている。

 父親の勤める会社の社長とも言える相手が開く懇親会、のほほんと楽しんでいられるはずがない。


 安倍家には2人の子供がいる。長男の晴空せいくう(6歳)と長女の明里あかり(4歳)。

 今回の懇親会の主役でもある彼らは次期陰陽師界を担う重要人物。

 どうにかしてお近づきになりたいところだ。


 コネと金は社会を生きる上で大切なものである。

 その事実を大人になってから知り、友達の少ない俺は後悔したものだ。


「もう少し背を伸ばしてください。はい、丈はちょうど良さそうですね」


 お母様が楽しそうに俺の晴れ着を用意してくれている。

 4歳の子供服などすぐに着られなくなるというのに、しっかりとした仕立ての服を用意していた。ただ、その服を一言で説明するならば、陰陽師ファッション。うちが陰陽師でなかったら完全にコスプレだ。


「大きくなりましたね。聖が立派に成長して、お母さんは嬉しいです」


 親にとっては七五三のようなものだろうか。

 俺の陰陽師ルックを見てお母様は満面の笑みをうかべている。

 その笑みは俺の成長を喜んでのものであり、深い愛情を感じるものだった。ムズ痒い気持ちにさせられるそれは、俺の心をほっこりさせてくれる。


 ……そういえば前世でも七五三の時は撮影スタジオに行って写真を撮った覚えがある。子供の成長とはどの親にとっても嬉しいものなのか……そうか、俺の前世の両親もたくさんの愛情を注いでくれていたんだな。

 葬式でも思ったが、あまり親孝行してやれなかったことを今更になって後悔している。

 今世の両親にはしっかり親孝行してあげよう。


 親孝行第一弾として、クソ親父に上司とのコネクションをプレゼントしてあげるか。

 そのためにも、今回の懇親会で主役たちに名前を憶えてもらわなければ。せっかく前世の記憶があるんだ、子供にしかできない大人らしい策を弄するとしよう。


~~~


 安倍家の御屋敷は我が家とは比べ物にならないほどに豪勢だった。

 2階建ての日本家屋で、時の流れがいい味を出しており、歴史的価値のありそうな建物だ。正門から玄関に至るまで広がる日本庭園は専属庭師によって日々手入れされているのだろう。1つの芸術として感嘆のため息が出るような美しさだ。

 歳を取っても盆栽の良さを理解できなかった俺でも、この家の素晴らしさは心で理解できた。

 ただ、俗な俺は「この家維持するのにいくらかかるんだよ」という感想も同時に抱いていたのだが。


 続々と到着する参加者の流れに乗って、峡部家もこの家屋へ入っていく。

 俺はクソ親父と並んで歩き、弟はお母様にだっこされている。

 今回メインで招待されているのは5歳前後の子供とその父親である。家族全員で参加するように書かれているが、それは当主たちが気兼ねなく話せるよう、母親たちに子供の面倒を見させるためだ。

 社会は男女平等を謳っているが、陰陽師界隈の小さな世界ではまだまだ古い慣習が蔓延っていた。


 なお、これでもかなり緩くなった方らしい。


 クソ親父曰く、曾祖父の代なら女は男の3歩後ろを歩き、そもそも懇親会には参加させられず、完全なる男尊女卑だったという。

 まぁ、それも強い女性陰陽師の登場によって近代の流れと共に廃れていったのだが。

 この会話の最後は「女性には優しくするんだ。特に母さんにはな」というところへ落ち着いた。


「お前たちはこっちの部屋へ。私は奥で話をしている。何かあったら連絡するように」


「はい、こちらはお気になさらず。頑張ってくださいね」


 お母様の応援を受けたクソ親父はお屋敷の奥へと進んでいく。

 大人は大人で交流するのだ。


 そして、俺たち子供は子供で交流する。


「あははは、こっちこっち」


「まてーー!」


「わたしはエリカ、あなたは?」


「えっと、その……うぅ……まま~」


 交流というか幼稚園の自由時間みたいなありさまだった。

 これは酷い、畳の大広間を男の子たちが走り回っている。至る所で子供の泣き声が聞こえ、母親たちは世間話に興じている。

 さてさて、今回の主役たちはどこかな。


 俺が周囲を見渡していると、お母様がしゃがみ込んで話しかけてくる。


「みんな聖と同じ陰陽師を目指しているお友達ですよ。仲良くなればきっと楽しいはずです。さぁ」


 そう言って背中を押すお母様。

 公園でも一人遊びばかりしているからな。

 心配にもなるだろう。


 優也を抱いたままお母様は女性の集団へ向かっていく。時折こちらを気にしているようだし、安心させてあげるためにも本命とコネ以外に、1人2人くらい遊びに誘える友達を作っておくとしよう。


 さて、誰に声を掛けるべきか。

 やはり将来有望そうな男の子か、将来美人になりそうな女の子がいいな。

 大広間を見渡していると、奥の襖が開きだす。

 すると、これまではしゃぎまわっていた子供たちが静まり返る。襖の奥から感じるオーラを本能的に感じ取ったのだろう。

 かくいう俺も、言い知れぬ気配に少しだけ身が竦んだ。


 使用人が襖を開けると、そこから現れたのは30代くらいの男性。妖怪と戦う戦士として経験と肉体が調和し、脂がのりきった最高の頃合いだ。


 安倍家現当主、57代目 安倍 晴明。


 陰陽師界のトップに立つ男がそこにいた。


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