第2話 親ガチャ
死んだら転生して赤ん坊になっていた。
文字に起こしたらたった18文字にしかならないが、俺はこの世にも奇妙な現象を体験し、しばらく呆然としていた。
子宮ってあんな感触なんだ……。
女のおまん……あそこってあんなに広がるのか……。
前世では彼女いない歴イコール年齢だったため、女体の神秘に頭が埋め尽くされていた。
年を取ってから忘れていたが、そういえば俺も男だ。そういうことに興味がないはずがない。
いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
俺はいったいどうなってしまったのか、それが重要だ。
しかし、周囲はそんな俺を放っておいてはくれない。何せ、産湯から上がったばかりなのだから。
足首に何かを取り付けられた。これはネームバンドか?
ぐあっ、いきなり目に液体をかけられた!
おい、生まれたばかりの赤子に何をする。
数々の奇妙な体験を通して混乱する俺は助産師と思しき女性に抱きかかえられた。そして、すぐさま別の女性に渡される。
看護師に介助されていた時と比べて俺はずいぶんと持ち運びしやすい体になってしまったようだ。
「ほーら、お母さんに抱っこしてもらおうね」
「あぁ……ようやく会えましたね。私の坊や」
赤ん坊の視力だからか、母親と思しき女性の顔が良く見えない。
でも、何だろう、これが母親の包容力というのだろうか、この女性に抱かれているとすごく安心してきてばぶぅ。
………はっ
いかんいかん、前世の辛い思い出をすべて忘れて、記憶をリセットしかけていた。
理由は分からないが前世の記憶を持ったまま人生をやり直せる機会が訪れたのだ、このチャンスを逃すわけにはいかない。
新しい人生では絶対に熱中できる何かを見つけたい。そのためにも、赤ん坊のころから積極的に動かなければ。
広告につられて読んだ転生漫画には知識チートというものがあった。
前世の知識を使って子供の頃から天才と称されるのだ。もしもそこが異世界なら、日本の進んだ技術を利用して発明したりもする。
とはいえ、ここが異世界という可能性は限りなく低い。というか、おそらく日本だろう。
さっきから聞こえてくる声がすべて日本語で、このしっかり設備が整った白い部屋は病院に違いない。
つまり俺は、日本に生まれなおしたのだ。
母親から引き離された俺は、あれよあれよという間に新生児室へ運ばれた。
コットン100%のベビー服を着せられ、たくさんの先輩方と共同生活を送る。
先輩方は俺より数日早く生まれたというのに、泣きわめくばかりで自分の意志を伝えようともしない。その点、俺は一切泣かないので手間がかからないいい子だ。
「吉田さん、この子ぜんぜん泣かないんですよ。大丈夫ですかね」
「そういう子もたまにいるさね。ほら、そんなことよりお着替えお着替え」
全く泣かないのも心配をかけるらしい。
母親が来たらたまには泣いてみた方がいいのか?
新生児室での生活は思っていた以上に忙しなかった。
体重や身長を測られたり、肛門に体温計をぶっ刺されたり、頭囲や胸囲を測られたり、心音や心拍を確認されたり、医者に体の隅々まで診察されたり。
前世で入院していた頃よりもいろいろな項目を確認された気がする。
そんな4日間を経て、ついに俺は母親と共に退院することとなった。
「さぁ、一緒にお家へ帰りましょう」
とても幸せそうにこちらをのぞき込む母親。
とりあえず家族サービスとして笑顔を向けてみよう。
……だめだ、ぜんぜん表情筋が仕事をしない。全身の筋肉がそうなのだが、思うように動けないのだ。赤子なのだから当然か。
そんな赤子の小さな変化も、母親は見逃さないらしい。
「あら、今この子笑いました。お父さんに会えると分かって喜んでいるのかしら」
そう、ずっと疑問だったことがある。
俺が生まれてから一度も父親に会っていないのだ。
俺はずっと新生児室にいたし、寝ている間に来たのかもしれないが、我が子が生まれたなら真っ先に駆け付けるものではないのだろうか。
母親の退院日にも迎えに来ず、ずいぶんと薄情な父親だと思う。
「お父さんはね、私たちのためにお仕事を一生懸命頑張っているのです。ぶっきらぼうだけど優しい人なのよ」
はぁ、仕事人間なのかね。
だからといって、こんなに綺麗な奥さんと生まれたばかりの赤ん坊を放って仕事を優先するとはどういうことか。
童貞のまま死んだ俺には全く気持ちが理解できない。
バスと徒歩でたどり着いた先にあったのは、歴史を感じる趣深い家……といえば聞こえはいいが、端的に言ってボロい。
築100年は超えているのではないだろうか。
平屋建ての日本家屋で、敷地だけは結構広い。
しかし、庭の手入れが行き届いておらず、自然の奔放さに負けてしまっているようだ。建物も応急修理した跡が目立ち、俺の生まれた家が現在どんな状況にあるのか嫌でも分かってしまった。
「ここが今日からあなたの住む家ですよ」
「ぁぅ(不安しかないんですけど)」
美人なお母様を見た時、今世の俺は富裕層の家に生まれたのかと思った。
だから、前世より貧しそうな家を見て余計に失望してしまった。
お金がないということはいろいろと制約が生まれてしまうということ。新しいことやお金のかかるジャンルに挑戦できないということだ。親の経済状況は子の育成環境に大きくかかわってくるのだから。
「お父さんはまだ帰ってきていませんね。先に寝室へ行きましょうか」
外側はみすぼらしい家だが、内側は思っていたよりも綺麗だった。
玄関回りや廊下など、汚れやすい場所にもほとんどゴミが落ちていなかった。
間違いなく母親が頑張っているおかげだろう。
内装は完全に古き良き日本家屋で、多くの部屋において障子と畳が現役で仕事している。
「ここで良い子にしていてくださいね。お母さんは荷物を片付けてきますから」
奥まったところにある寝室と思しき部屋で俺は寝かせられた。
1人になったことで改めて現状を整理できる。
「うぅぅぅ(思った以上に大きい家だ。税金高そうだな)」
外観から想像した限りでは没落した名家といったところだった。
昔は権勢を誇っていたが、時代の波に呑まれてしまった感じである。
だが、曲がりなりにも名家であった頃の建物を維持できているということは、それくらいの稼ぎはあるのかもしれない。
「うぅぁぁ(なら、これから俺がすべきことは将来に向けて特訓することだな)」
憂いが消えたことで、俺は早速行動に移すことにした。
もちろん、その目的は何かの道で有名人になること。
その道はまだ見つかっていないが、何をするにも体は資本である。あの時少し読んだ漫画にも幼少期からの努力で周りと差をつけるような展開があった。
満足に動かない体を意識して動かし、少しでも成長できるように頑張り———いつのまにか寝ていた。
「ぇぇぅ(い、いつの間に俺は寝ていたんだ。赤ん坊の身体はこんなにも貧弱だったのか)」
赤ん坊は日の大半を寝て過ごす。
知識としては知っていたが、こんなに眠くなるとは思わなかった。
半開きになった口を閉じ、大人としてなんとか威厳を取り戻す。
そういえば母親はどこにいるのかとあたりを見まわそうとして、ぜんぜん首が動かないことを思い出した。
「ぁぁぁぁ(不便だ。運動とか言って全然動けないし。意味があるのかこれは。おや、あれはなんだ?)」
目と首を最大限動かすと、辛うじて天井以外のものが見えた。
それは畳の上をノロノロ動いている。現在部屋の中にいるのは自分だけのはず。
つまり、あれは……。
「おんぎゃぁぁぁ(ネズミか?! ゴキブリか?! おい父親、赤ん坊が過ごす部屋の管理くらいしっかりしろ!)」
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