第58話 寝た子を起こす

「みっちなき~みっちをゆ~く~、おっれたっち~ゆ~う~しゃ~!」

「絶妙にダサい歌やめろ」


 藪をかき分け先頭を進む陽斗の後頭部に冷たい視線を注ぐが、こたえた様子はない。思わずため息をこぼしてアイと美海に視線を向けた。


「……もう諦めてる」

「えぇと……リズムは素晴らしいと思いますよ?」

「頑張って褒めるとこ探さなくていいから」


 僕と同様に疲れた顔で視線を逸らした美海はともかく、アイは優しすぎだろう。困った表情で必死にフォローする姿は健気だ。


「BGMが必要なら、どうせならアイの歌の方がいいな」

「あ、それは私も~! アイちゃんの歌、結構好きよ」

「なになに? アイ歌うんか?」

「ええっ!?」


 急に話題が飛び火したことにアイは戸惑っているようだったが、それぞれから期待の目を向けられると照れた様子で頬を掻いた。


「では、一曲――」


 魔物を警戒しながらだから控えめな声量だったが、聞き慣れたメロディーに頬を緩める。やはりアイの歌は好きだ。


「あ、前方左手側、魔物三です」

「いいとこなのに、邪魔なんだよなぁあ!」


 突如打ち切られたことを残念に思うくらいには、三人ともアイの歌を楽しんでいた。ダンジョンを攻略している最中だから、魔物の討伐が最優先であることは分かっているが、残念に思うのは仕方ない。


「今日の打ち上げでもっと歌ってもらおう」

「いいわね! そのためにも目標のレベルまで頑張りましょ」

「おお、やる気漲るな!」

「やる気があるのはいいんですけど……むむ、ボイスレッスンを頑張っておくべきでした」


 美海と陽斗に瞬殺された魔物をよそに、今晩の予定を話し合う。レベルを上手く上げられたらたくさん飲み食いできるようにと準備はしてあるのだ。

 真剣な表情でレッスン計画を立てているアイに苦笑しながら、僕も次から積極的に戦闘に参加できるように気合いを入れた。ここのダンジョンにも慣れてきたし、そろそろいい頃合いだろう。



 ◇◇◇



「目標まで後少しですね」

「ああ、ここの魔物、ほどよく強いし、倒した時の経験値もなかなかいいよな」

「確かに。私たちのダンジョンとは大違いね」

「めきめき強くなってる気がするぜ!」


 誰もが嬉しそうに顔を綻ばせる。それも当然で、ダンジョンを攻略し始めてから僅か数時間で、目標レベルを達成できそうなくらいにまでなっているのだ。


「経験値効率も考えてダンジョンを選びましたから! ここはそもそも冒険者の中でも中級以上が推奨される強さの魔物が出る場所なんですよ。その分、恩恵があって当然です!」

「へぇ、私たちからしたら、そこまで強い魔物はいなかったけど」

「勇者的能力のおかげだな」

「これがチートってヤツだ!」


 陽斗がブンブン剣を振りながら誇らしげに宣う。だが、この能力は勝手に与えられたものであって、自身が努力して得たものではないから、そこまで誇れることではない気がする。


「この階層ではそろそろ経験値が得られにくくなってくる頃合いですし、ボスを倒して次の階層を解放しますか?」

「そうだな。その後は戻って打ち上げしよう。ボスを倒せばレベル上がるくらいにはなってるよな?」

「はい! ちょうど上がるはずですよ!」


 自信満々で胸を張るアイは、しっかり必要な経験値も考えていたようだ。それでこそ情報チートのAIだ。


「じゃあ行くか!」


 そう言って歩きだそうとする陽斗の背をアイがちょいちょいとつつく。


「ん、なんだ?」

「ボスはあっちです」

「……分かっていたとも! よし行くぞ!」


 誤魔化す間があったことは指摘しないでやるが、目的地も分からず進もうとするのはどうなんだ。

 呆れた目を向ける僕や美海から、陽斗が気まずげに顔を背けて、アイが指した方へと歩き始めた。

 暫く黙々と進んでいると、ざわりと空気が震えるような気配がある。こういう感知ができるようになったのは、成長と言っていいのだろうか。日本に帰ったら、まず間違いなく不要な能力だろうけど。


「……いたな」

「ええ……」

「でけぇな」


 木々の合間からフィールドボスの様子を窺う。

 それは巨大な木の魔物だった。根を足のように動かしながらゆっくりと進んでいる。木々が密集するこの場所では動きにくいのではと思える大きさだったが、その疑問はすぐに氷解した。


「木が避けてる……ファンタジーかよ……」

「あの魔物が不気味な見た目じゃなかったら、幻想的に思えたかもしれないけど」


 美海と視線を交わして苦笑した。

 フィールドボスの周囲の木々は、その歩みを妨げないためにか、ズズッと動いていた。魔物ではないはずなので、フィールドボスの能力によるものなのだろう。

 アイに視線を向けると、心得たように頷き説明を始める。


「あれはジャイアントレントです。冒険者たちには、森の支配者とも呼ばれていて、あのように周囲の木々を操る能力を持っているんです。火が弱点なのは他の植物系魔物と変わりませんが、少し耐性があるので注意が必要です」

「なるほど。……僕のバリアーは使えるか?」

「動きを制限させるために使った方がいいかもしれませんね。それだけでも十分経験値は得られるはずです」


 アイの説明を聞いて暫し考える。ボスはこちらの様子を気に止めていないようだから、計画を立てる余裕があった。


「……あの根っこ厄介だよな。枝も自由自在に動いて攻撃してきそうだし」

「そうですね。主な攻撃は枝と蔦による打撃や締め付けです」

「それなら、僕は足止めと攻撃の防御。陽斗は剣で……枝とか切っていけ。火を纏ってたら、いい具合にダメージが入りそうだ。美海はこれまで通り火魔術で攻撃。幹を狙う感じで」

「任せろ!」

「的が大きいから威力重視で行けそうね」


 僕の作戦に間髪入れずに頷いてくれて、頼りがいある仲間だ。

 最後にアイに視線を向けると、きょとりと首を傾げている。


「アイの攻撃は効きそうか?」


 これまでの道中の敵は、アイの攻撃が通用しそうな魔物が相手の時だけ戦闘に加わっていた。ボスを倒せば目標を達成できると言っている以上は、アイも何かしら攻撃手段があるのだろうが、木の魔物とは相性が悪い気がする。


「ふふ、ジャイアントレントには脳があるんですよ! それも十以上ある個体もいるとか。魔力で包まれていて私のテレパスが届きにくいのが難点ですが……少しずつ思考能力を低下させていきますね!」

「脳たくさんあるとか……グロ……」


 表出していないからいいものの、たくさんの脳の集合体だと考えると、ジャイアントレントの印象が変わる気がする。

 陽斗も若干身を引いて、口元を強ばらせていたが、美海は興味深そうに首を傾げていた。ホラーやゾンビに耐性がないくせに、見た目が怖くなければそれでいいのか。


「……いや、マッド属性持ちだしな」


 ふと思い当たった事実に、やけに納得してしまった。陽斗も密かに頷き同意してくれる。


「――ねぇ、一つ提案いい?」

「え……? 美海がそう言い出すと、なんかこぇんだけど……」

「一応、聞くだけ聞こうか……」


 目を輝かせる美海から少し距離をとる。こういう表情の時は、あまり深く関わらないのが吉だと、長い付き合いの中で学んでいた。

 アイはまだそこまで分かっていないのか、不思議そうに頷き美海を見るだけだ。


「普通に倒すだけだと面白くないよね?」

「急に何を言い出すんですか美海さん戦闘は真面目にしましょう?」


 美海の笑顔の迫力に押されて、一息で宥めるように話す陽斗の様には僕も慣れたものだ。陽斗に同意するように頷いておく。

 アイが今度は僕たちを不思議そうに見てきたが、今は美海がどんな不穏な提案をするかに戦々恐々としているので、相手をする余裕がない。


「なに急に真面目ちゃんになってるの。ゲーマーの心意気を思い出して。ボス戦こそ最大の盛り上がりどころって前に言ってたじゃない」

「それはゲームだから遊べるってことであって――」

「良い魔術思い出したの!」


 更に宥めようとする陽斗の言葉を遮り、美海が満面の笑みを浮かべる。

 僕たちはもう沈黙するしかない。こうなった美海を止める術がないことは、身に染みてよく分かっていた。


「――あ! ボスがこっちに気づきました! 戦闘準備を!」

「マジか!?」

「せめて美海の提案を聞く猶予は欲しかった!」


 慌てて準備を整える僕たちに、無情な宣告が下される。


「私魔術かけるから、各自対応よろしくね!」

「……りょーかい」


 聞いたところで止められないんだから、労力が省けたのだと無理やり納得することにした。

 やっぱり仲間の言動で疲れなきゃいけないのはひどいと思うけど。

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