第9話 神話の実態とエルの帰還

「えーと、どういう状況かな?」


目覚めたエルザは今の状況に困惑する。

まず、ベッドで寝ているのはいい。床で寝ているよりマシだし、意識を失う前にベッドに倒れ込んだ記憶もある。


問題なのは自分の格好だ。


意識を失う前までは、確かに装備一式を身に着けていたはず。なのに今の自分は下腹部を覆う下着以外何も身に着けていない。それなりに育っている胸元もさらけ出している。


そして何より、その胸に顔を埋め抱きついたまま寝ている少女。彼女もやはり衣服を身につけていない。


「うぅん………いっちゃいやぁ……。」

エルザが起きる気配を感じたのか、更にしがみついてくる少女……ユウ。


「えっと………って、あんっ……ダメェ……。」

ユウを起こそうかと思ったとき、ユウが胸に吸いついてくる。


エルザは生まれて初めて感じる不思議な快感に身を捩るが、離れようとすればするほど、ユウは責め立ててくる。

「あんっ……ダメだってばぁ……。」


ユウが寝返りを打つまで、エルザは悶え続ける羽目になったのだった。



「はぁ、はぁ、はぁ……いい加減起きなさいよ。」

「うぅん……後5……。」

「5分?」

「500年………。」

「長いわっ!」

ベタすぎるお約束に思わずツッコむエルザ。


「うぅ……痛い。」

「それより、これはどういう状況なの?」

頭をさすっているユウにエルザが訊ねる。

「………責任……取ってくれゅ?」


……不味い、何も覚えてないけど、私この娘にいたしてしまったのだろうか?


頬をポッと染め上げ、少し舌足らずな感じで言いながら見上げてくるユウにエルザは混乱する。


「えっと、その……私が何か……。」

辛うじてそれだけを口に出すが、ユウは頬を染めたまま俯くだけで何も答えてくれない。


……不味いよぉ。いたしちゃったってことは、私もなわけで……うぅ、初めてがこんなのってあんまりだよぉ。


頭を抱えるエルザを見て、ユウがクスクス笑う。


「そんな事より、この後何するの?寝ていい?」

「そんな事って言った、そんな事って……大事な事なのにぃ。……っていうか寝ないでよっ!」

「うにゅぅ、寝る以外にやることない。」

「やることはいっぱいあるのっ!……っていうか、私の服どこ?」

「ん?あれ臭かったからポイ。」

「く、臭い……臭いんだぁ……。」

ユウの放った一言に大きなショックを受けるエルザ。


「女の子、もっと綺麗にしなきゃダメ。」

「うぅ、仕方がないのよ。いきなり飛ばされて2週間以上この中で彷徨っていたんだから。」

「洗浄魔法、知らない?」

「洗浄魔法?」

「こういうの。」

ユウはそう言うと、指先を軽く振る。エルザの身体が一瞬光に包まれる。


「ん、スベスベ。」

「ひゃんっ!」

ユウがエルザの身体を撫でてくるので、思わず飛び退く。


「でも、どうしよう、アレがないと私このまま?」

恨めしそうにユウを見るエルザ。


「ダメなの?」

「ダメに決まってるでしょっ!恥ずかしいんだからっ。」

「エルの身体綺麗。」

ユウはそう言いながら虚空に文様を描き、1着の服を取り出す。


「これあげる。」

ユウが差し出してきたワンピースは、エルザも昔来ていた巫女服だった。ただ、少し違う点を挙げるとすれば、普通の巫女服は白、もしくは青か黒を基調に、袖や襟元が白くなっているのだが、ユウが差し出してきたのは白基調で、要所要所に赤色が使われ、そのコントラストが何とも言えない艶やかさを醸し出している。


また、裾がかなり短く、ミニスカート並みの長さしかない。加えて、袖やスカートの裾、胸元や襟元などレースがふんだんにあしらわれていて、清楚さと可愛らしさ可愛さが同居したつくりになっている。


余りにも可愛らしいその衣装を見て、エルザは一歩引く。目の前の少女なら、さぞ似合うだろうと思われるが、それを自分が着るのはかなりの勇気が必要だった。少なくとも、その格好で街を歩けば、かなり浮き、衆目を集めるのは間違いない。


「うぅ、これ着るの?」

「似合う。それに寒暑熱耐性、防刃・耐ショック・魔法耐性に加えて、軽量化の魔法もかかっている。」

「なんて無駄に高性能なの。普通に鎧につけなさいよその魔法。」

「鎧可愛くない。後、物理反射・魔法反射もついている。痴漢が来ても安心。」

「ハイハイ、もう何でもいいわよ。」


エルザはワンピースを受け取ると着替え始める。同性とはいえ、他人の前で裸でいるのはとても気まずいのだ。



「マズい。」

「仕方がないでしょ。これしかないんだから。」

エルザは携帯食を齧りながら言う。

ユウが口にしているのも同じ物だ。


二人して身支度を整えた後、ユウがお腹が空いたと言いだしたので食事にすることにしたのだ。

しかしユウは食べる物が無いというので、エルザが持っている携帯食を提供した結果がさっきの台詞である。


……こんな事なら、あの棚毎、無理にでも持ってくるべきだったよ。


あの中には、まだ10日分程度の食材が残っていた。

どれだけ時間がかかるか分からなかったので、アイテム袋に食材を入れて、万が一悪くなるよりは、と棚に入れて置いてきたのだ。


一応棚をアイテム袋に入れようとしてみたのだが、魔力消費量が大きいのか、馬車一台分入るはずのアイテム袋が一杯になってしまい他の物が入る余裕が無くなってしまったので、脱出の目途がついたときに入れればいいか、と諦めたのだ。


「それで色々聞きたいんだけどいい?」

モグモグと無表情で携帯食を齧るユウに声をかける。

「んー、今夜も一緒に寝てくれる?」

「………変な事しないでね。」

「ぐぅ………。」

「寝たふりで誤魔化さないでぇ!」

「エルは我が儘。」


「クッ………、まぁいいわ。それより……。」

エルザはユウを正面から見つめ、ずっと確認したかった重大なことを訊ねる。


「ここってお風呂ある?」

「無いよ?」


…………オワタ。

エルザはがっくりとうなだれる。


「それだけ?」

ユウの声を聞いて我に返るエルザ。


お風呂のことは残念だけど、街に帰ればお風呂に入れるのだ、と頭を切り替えると、次に聞きたかったことを口に出す。


「あなたは何者なの?何でこんな所で寝ていたの?あいつ等は何か知ってる?ここから地上に出る方法は?」

「私はユウ。ここで寝ていたのは人がこないから。アレは防衛機構ガーディアン。地上に出る方法は無いこともないけど面倒。」

矢継ぎ早に訊ねるエルザに律儀に答えるユウ。だけど、答えが簡潔過ぎてよく分からなかった。


「待って、待って。ちっと落ち着こう。すー、はー、すー、はー……よしっ!」

エルザは深呼吸をして再度ユウに訊ねる。


「ユウはどこからきたの?どこの街に住んでるの?いつからここにいるの?」

さっきは自分も焦りすぎたと反省し、一つづつ訊ねていく。


「長くなるし、面倒。それに言っても信じない。」

「長くてもちゃんと聞くし、ユウの言うことなら信じるから、ちゃんと話して。」


エルザの真剣な目を見て、ユウはどうしようかと悩む。あんなこと言っているけど絶対に信じてもらえない。と言うか自分ならこんな荒唐無稽な話、信じないと思う。

だから適当にそれっぽい話をでっち上げようと思ったが少し考えて止めることにした。適当な話を考えるのが面倒だったからだ。


結局、ありのままに話そうと口を開く。

「私がここに来た理由、昔色々あった。それで仲の良かった子と喧嘩した。ほとぼりが冷めるまで隠れる為、誰も居ないこの神殿で寝ることにした。……それが10万年前のこと。」

「10万年?10年じゃなくて?」

「ん、10万年。」

エルザが驚く顔を見て、ユウはそっとため息を吐く。


……まぁ、信じられないよね。で、次はきっと「誤魔化さないでちゃんと話して」とか言うんだろうなぁ……面倒くさ。


「そっかぁ、10万年前って言ったら神代の時代だよねぇ。」

そう言うエルザの言葉に、逆にユウが驚く。


「信じるの?」

「えっ、ウソなの?」

「ううん、ウソじゃない……でも、普通は信じない。」

「そうはいってもねぇ、ユウって大事なときには嘘は言わないでしょ?」

「どうしてそう思うの?」

「うーん、勘かな?何となくそう言うのわかるの。」

「ふーん………、おかしくて変な人。」

「えっ、今私、ディスられた!?」

「気のせい。」


「……まいいわ。それより神代の時代にいたって事は暁の女神様とお会いしたことある?神様がいた時代なのよね?」

「はぁ?」

ユウは思わず、イタい子を見るような目でエルザを見てしまった。


「神様、信じてるの?」

「えぇっ!10万年前っていったら、神様の時代でしょ?」


エルザはそう言って、今に語り継がれる神話の創世記を語って聞かせる。

それを聞いたユウは、エルザの肩をポンポンと叩き「神様なんて居ない。」と優しく言い聞かせるように告げる。


「そうなんだ………。あ、そう言えば、お友達と喧嘩したって言ってたけど、10万年も寝てたのなら………。」

「うん、たぶん、もう居ない。」

「そう……だよね。……謝れないの、辛いよね。」

エルザはそう言いながらユウをぎゅっと抱きしめる。

「うん………でもシルヴィの方が悪い。」

「お友達はシルヴィって言うんだね。……良かったら、何があったか話してくれる?」

エルザはユウの髪を優しくなでながら言う。


後悔で胸が一杯になっているのは、とても辛いことだと経験上知っている。そして、誰かに話して受け止めて貰えれば、それだけで心が軽くなることも……。


「うん……。……シルヴィのお父さん、私を騙して悪いことをしてた。私は全然知らないけど、悪い事のお手伝いさせられていた。だから知った時、怒った。………私悪くない?」

「うん、騙して悪い事させるなんていけない事よ。ユウは怒っていい。」

「………でもシルヴィ、やり過ぎだって怒った……。」

「やり過ぎって何をやったの?」

「大した事してない。ただ世界の国々を滅ぼしただけ。」

「やり過ぎよっ!誰だって怒るよっ!」

思わずユウの頭を叩くエルザ。


「痛い……。」

「世界を滅ぼすなんて、どこの破壊神……………。」

そう言いかけて、ある考えに至る。


「あ、あのねユウ、ちょっと聞いていい?」

「なに?」

少し涙目になっている瞳がエルザを見上げてくる。


「シルヴィさんって、ひょっとしてシルヴィアさんって名前だったりして………。」

「そうだよ?」

「………まさかと思うけど、ユウって本当の名前は「ユースティア」とか……?」

「そうだよ。」


…………破壊神がこんな所にいたよ。


「ちょっと頭の中を整理させてね。」

エルザはそう言って、頭を抱えるのだった。



「……それで、ほとぼりがさめるまでって寝てたら、10万年経っていたってことね。」

エルザは、自らの気持ちを落ち着かせ、改めてユウから、今では神話として語り継がれている話の実状を教えて貰った。


……事実は奇なりと言うけど、本当のこと話しても誰も信じてくれないよね。


色々考えた末に、エルザは思考を放棄した。


目の前にいるのは、ちょっとズレているけど、同じ年頃の可愛い少女、それでいいじゃないの、と。


「色々と理解できないことも多いけど、この神殿はユウが把握しているって事でいいの?」

「ん、この神殿は私が永く眠る為に用意した。」

「だったら、外へ出る方法もあるよね?」

「ん、ある。」

「教えてっ!私直ぐ帰らなきゃ。」

「直ぐは無理。」

「無理っているどういうこと?」

「地上へ行く装置が壊れている。直すの面倒。」

「面倒でも、何とか出来ない?」

「ほっといても、1年ぐらいで自動修復する。」

「1年も待てないよっ!大体、後3日で食料尽きちゃうよ?」

「食料……ご飯なくなる?」

「無くなるよ。」

「地上出れば美味しいの、食べれる?」

「んー、少なくともコレよりは美味しいのご馳走するよ。」

エルザは携帯食を見せながらそう答える。


「ウー、面倒。でもご飯無いの困る。」

ユウは頭を抱えて唸る。

「えっとね、その、私も出来ることがあれば手伝うし……。」

考え込んでいるユウにエルザが声をかける。


「ありがと、少し待って。……『アクセス:メンテナンス』」

ユウが虚空に向かってなにやら呪文を唱え、じっと見ている。

何が起きているか分からないエルザとしては、ただ待つ以外出来ることがなかった。


やがて、ユウが「はふぅ」と小さなため息を吐くのを見て恐る恐る声をかける。


「えっと、大丈夫?」

「エル………早く地上に出たい?」

しかしユウは答えずに逆にそんなことを聞いてくる。

「そりゃぁ、帰れるなら早い方がいいかも。」

「後悔しない?」

ユウの口から不穏な単語が飛び出す。


………後悔って、何を後悔するんだろ?


エルザは色々と考えてみるが、ここに長くとどまることにメリットはなく、どう考えても早く帰ることにデメリットが見つからない。


「言ってることの意味がよく分からないけど、後悔するようなとんでもないことが起きるの?」

「聞いてみただけ。」

「なら、答えは「後悔しない」だよ。早く帰ってお風呂に入りたい。」

「そう………ならやってみる。」

ユウはそう言うと天井に向けて手を伸ばす。


エルザはその手の先に膨大な魔力が集まるのを知覚し、慌ててユウに訊ねる。

「ちょ、ちょっと、何するのっ!」

「直すの面倒だから、地上までの道作るの。」

「それって大丈……わわわっ!?」

止めるまもなく、ユウの手のひらから魔力が溢れ出し、天井に向けて放たれる。


地響きが鳴り響き、床が大きく揺れる。振動と共に壁にヒビが入り、所々崩れ始める。


「ちょ、待っ、大丈夫なのこれっ!」

「崩壊するのに15分かかる。」

「崩壊って、今崩壊って言ったっ!?」

「急ぐ。地上への穴空いた。」

「急ぐって、どうしろっていうのよっ!」

エルザは天井を見上げる。


ぽっかりと空いた穴は先が見えないが、ユウの言葉を信じるなら地上までつながっているらしい。

ただ、いくら地上まで繋がっていても、足場も何もない縦穴を登るのは不可能だ。


「飛翔の魔法、使えないの?」

不思議そうに聞いてくるユウを見ると、その身体はフワフワと宙に浮いている。

「……使えないよ。」


色々とツッコみたかったのだが、それどころじゃないという事もあり、ユウはこういう生き物だと諦めることにしたエルザだった。



「……重い。」

「重くないよっ!普通だよっ!」

「暴れると落ちる。」

「ハイ、ゴメンナサイ。」

すぐさま謝罪して、ユウの首に回した腕に力を込めるエルザ。


現在、エルザはユウにお姫様抱っこされながら、縦穴を上昇中だった。

ユウの心ない一言につい反応してしまったが、ユウの腕が離されたら、真っ逆様に落ちていくしかない。出来ればそれは避けたかったし、今はユウに従うしかない。


「エル、プルプルしてる。」

「仕方が無いじゃないのっ!地上に戻ったら憶えて起きなさいよっ!」

「……腕離していい?」

「あ、嘘ですっ!ゴメンナサイっ!ユウちゃん大好き、離さないでっ!」

「エル、可愛い。」

「うぅ………この邪神がぁ………、わわっ!何でもないですっ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ……。」


地上に出るまでの長くもない時間、エルザはユウにしがみつきながら謝り続けたのだった。






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