嫉妬と口づけ

「……クリス様、一つだけ方法があります」

「「「っ!?」」」


 僕達の様子を見守っていたアンの言葉に、僕達は一斉に彼女を見た。


「アン、何を言っている。クリスを連れて行けばアボット子爵が警戒してしまい、手に入れるべき証拠が手に入らなくなってしまう。クリスもそれが分かっているからこそ、残ることについて了承しているのだぞ?」

「そのとおりです。ですが坊ちゃま、それはあくまでもクリス様がアボット子爵に気づかれた場合でございます」

「? というと?」

「はい。要は、クリス様がアンダーソン家の者ではないということが、絶対にバレないように変装すればいいのです」

「っ!?」


 い、いや、簡単に言うが、生半可な変装で万が一バレてしまったら元も子もないんだぞ?

 それに、暗殺者であるモーリスならともかく、クリスに変装技術なんてそもそもない。十中八九、バレてしまう。


「うふふ、どうか私にお任せください」

「わ!? ちょ、ちょっとアンさん!?」


 そう言ってクスリ、と微笑むと、アンは強引にクリスを引っ張って部屋を出て行った。

 ほ、本当にそんなことが可能なのか……?


「ええと……シアはどう思いますか?」

「わ、私はギルの言うとおり、変装は難しいと思います……そもそも、クリス様は私達よりも幼く見えますし、なおさらですよね……」

「はい……」


 僕とシアは目を見合わせ、首を傾げる。

 ま、まあ、上手く変装できるならやぶさかではないけど、結局は置いて行くことになるだろうなあ……。


 などと考えながら、待つこと三十分。


 すると。


「坊ちゃま、お待たせいたしました!」


 どこか興奮気味のアンが、部屋へと戻って来た。


「それでアン、クリスはどうしたのだ?」

「うふふ……クリス様、どうぞお入りくださいませ!」


 アンは楽しげにドアを指し示すと、そこには……って、はあああああああ!?


「うう……は、恥ずかしいよお……」


 なんと、ライムグリーンのドレスを着たクリスが、おずおずと現れたじゃないか!?

 しかも、見ると薄っすらとメイクまで施して!?


「ア、アン!?」

「どうですか! これでしたら、まさかアボット子爵もクリス様とは思わないでしょう!」

「そ、そうかもしれないけど!?」


 どこか誇らしげな表情を浮かべるアンに、僕は開いた口が塞がらない。

 シ、シアはどうだ……って、ああー……同じく声を失っている……。


「はわわわわ……ま、まさかクリス様がこんなにお綺麗な御方だなんて……これじゃ、はかどってしまいますうう……」


 リズ、はかどるって何を言っているんだ!?

 だ、だが、リズがクリスに向ける視線により、僕は前世の記憶が呼び起こされてしまった。


 あれは……そう、池〇の街でひたすら買い求め、怪しく瞳を輝かせる、そ、その……まあ、そういうのが大好きな淑女の姿を。

 あれは、その時の淑女と同じ瞳だ……。


「それで、いかがなさいますか?」


 くそう、アンめ。勝ち誇った表情で僕を煽ってくるな。

 だけど……ハア、確かにこれなら、アボット子爵もクリスに気づくはずがないか……というか、絶対に気づくわけないだろコレ。


「……分かったよ。クリス、君も一緒に行こう」

「っ! あ、ありがとうギルバート!」

「わ!? ちょ!?」


 咲き誇るような笑みを浮かべたクリスが、僕に抱きついてきた!?

 しかも、なんでちょっといい匂いがするんだよ!? ……って、ハッ!?


「むううううううううう!」


 そんな僕とクリスを見て、シアが思いきり頬を膨らませていた。


 ◇


「シ、シア……そろそろ機嫌を直してくれませんか……?」

「……知りません」


 アボット子爵領を目指す馬車の中、僕は必死でシアのご機嫌を取るが……あうう、全然機嫌が直ってくれない……。

 なお、同じ馬車にしてしまうと大変な修羅場になりそうな予感がしたので、クリスとアンは別の馬車に乗ってもらっているので、この中には僕とシアの二人だけしかいない。


「そ、そもそも僕はシアだけを・・・・・愛しているんですよ? それに、クリスはではないですか。あなたが心配されるようなことは……」

「で、ですが、貴族の殿方の中には、同じ男性を好まれる方もいらっしゃると伺っております!」


 い、いや、どうしてシアがそんなことを知っているんだ!?

 確かに彼女の言うとおり、そういう者がいるのも事実だが、僕は決してそうじゃないよ!?


「ご、ご安心ください! 僕は女性が……というか、シアだけが大好きなのですから、そんなことはあり得ません!」


 ずい、と詰め寄り、僕は必死でシアにアピールする。

 この言葉に偽りは一切ないし、僕はただシアだけを愛し続けるのだから。


「……本当、ですか……?」


 シアが上目遣いで、おずおずと尋ねる。

 そのサファイアの瞳に、不安の色をたたえて。


「はい、女神ナディアに誓って」


 僕は胸に手を当て、彼女の瞳から一切目を逸らさずに見つめた。


 すると。


「ん……ちゅ……」


 シアはそっと顔を寄せ、僕に口づけをしてくれた。


「分かりました、あなたを信じます……」

「シア……ありがとうございます!」


 その言葉が嬉しくて、僕は思いきり彼女を抱きしめた。


「あ……ふふ、本当はあなたが私だけを見てくださっていることは、分かっているのですが……それでも、あなたのこととなると心を乱してしまいます……」

「申し訳ありません……ですが、信じてください。僕は生涯……いえ、たとえ生まれ変わったとしても、あなたを愛し続けると」

「はい……ちゅ、ちゅく……ちゅぷ……」


 僕は想いと決意を込めてそう告げ、シアに誓いの口づけをした。

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