第3話 自殺未遂と勘違いされたら、心配されました。

バルコニーの手すりから軽々と引き寄せられて、抱えられている男性のがっしりとした腕の中でそう言われた。


……自殺?

自殺しようなどとは露程も思ってないけど……まさかの勘違いに言葉が詰まった。


「さっきから思いつめた様子だったから、おかしいと思えば……何を考えているんだ!?」


男性の腕の中で、いきなりしかられてしまうが、私はそれどころではない。


ハンカチ! 鼻水つきのハンカチが取りたいんです!

この間にも、鼻水つきのハンカチが飛んで行ってしまうかもしれない……!


どうしましょう!? 飛んで行く!? 

ハンカチダイブ!? どこに飛んで行くの!?


目線の先のハンカチが、バルコニーの外側に引っかかってパタパタと風になびいている。


「なんで自殺なんか……どうするか……」


どうもしなくていい! 

どうもしなくていいからほっといて!!


「は、離してください……!」


真面目なのか、私が自殺をしないようにと腕の中に入れ、軽く持ち上げるように両腕を回されて背中が彼の身体にピッタリと当たっている。

真剣に心配してくる男性に、早くどこかに行ってください!! と願うが男性は、無言で悩んでいる。


恥ずかしすぎて後ろを振り向けず、腕から抜け出そうとするが足も浮いており、バタバタともがいている。


とにかくこの男性にどこかに行ってもらうにはどうするか? 引きつりそうな顔を両手で隠し考えた。


鼻水つきのハンカチを隠すためには、私が慌てては不味い!!

とにかく落ち着いて話さなくてはと、息を飲み込み淑やかに話した。


「あの……自殺しようとしている訳ではないのです……ですが、一人になりたくて……どうか、察してください……それに、人に見られては困りますので、降ろしていただけませんか……」


白い結婚とはいえ、私は既婚者です! しかし、『では、ご主人を連れて来よう』と突っ込まれても夫がどこにいるかも、顔もわからないから探せないし、どんな夫か説明できない!!


そして、勘違いとはいえ助けようとしてくれた男性に、どこかに行って! とは言えず、俯きながらしおらしくそう言うと、下に向けた視線の先のハンカチがはらりと飛んで行った。


ひぃぃーーーーーー!


下に誰かいれば拾われる!? 

庭には警備ぐらいいる!?

勝手にダイブしないで! ハンカチめ!!


「あのっ……本当に降ろしてください! お願いします!」


必死で抵抗する私を無言で優しく丁寧に降ろされると、まだ何か言いたそうな男性だが……私は、もうそれどころではない!


背中から汗がダラダラ出そうなほど、焦るが目の前の男性に勘違いされたまま、じっと見られている。

そして、立派な淑女のように男性を心配させないように微笑んだ。


これで、もう大丈夫だと分かってくれるはず!


そして、「失礼いたします」と一礼して、名前も知らない彼から離れた。

そのまま、ドレスのスカートを持ち、慌てて庭に出られる場所を探しながら廊下を走った。


一体どこからハンカチがダイブした庭に出られるの!?


今日、初めて夫にお会いするからと、家紋入りのハンカチを持って来たのは間違いだった。

こんな地味な令嬢が妻とわからなかったら……と考えて証拠になるかと思って持って来たのは、全て裏目に出てる。

まさか自殺未遂の疑いまで掛けられるとは!?

その上、この夜会会場は意外と広い。


庭は!? 庭はどこーー!?


「君は先ほどから、何をしているんだ?」


廊下をキョロキョロと見渡していると、また後ろから声をかけられた。


びくっとして、おそるおそる後ろをゆっくりと振り向くと、気配も無くいつの間にか後ろで見ていた先ほどの男性が訝しんで見ている。


「まさか、自殺する場所を探しているのではないだろうな……」

「ち、違います……その……庭に出たくてですね……」

「庭に? 庭で何を?」


さっきから、つけられていたんだろうか? 

気配が無さすぎてわからなかった。いや、私が慌てていたからかも。

言わないとずっとついて来そうな気がする。

自殺を止めようとしている真剣な顔に見えることこの上ない!!


そう思うと、仕方なく項垂れて話した。


「……じ、実はですね……庭に大事な物を落としてしまって……庭に出るところを探しているのです」

「そういうことなら、早く言ってくれれば……一緒に探そう」


良い人だけど、一緒に探されては困る! それが嫌で、さっき別れたばかりなのに……!


男性は、一緒に探そうと言って近づいて来ようとした時に、彼は入り口付近を一度見てこちらに来た。


「……どなたかと待ち合わせでしたら、私のことは気にせずに行ってください」

「……待ち合わせをしていたが……庭はこちらだ」

「すみません……」



淋しそうな顔を見せたと思うと、すぐにキリッと顔を引き締める男性に観念して案内されるがまま、項垂れて静かについて行った。








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