赤い糸が見えるけど、私の運命の人にはもう彼女がいた

雨傘ヒョウゴ

ケース1

第1話 プロローグ

 


『さて、ここでお知らせです!』


 ワイドショーではマイクを持ったお姉さんがわざとそんなふりをしているのかわからないけど、いささか興奮気味に話していた。


『なんと俳優の飯塚健二さんと、女優の中口まゆかさんのお二人がご婚約を発表されました!』 


 きゃあ、とスタジオで興奮気味の声が聞こえる。食卓でテレビを見ていたお母さんが、あらまあと瞬きを繰り返して「ねえ、しおり、知ってる? 飯塚さん、イケメンさんだったわよね?」と、ドラマに疎い母でも、知っている顔だったのか、コーヒーを飲みながら問いかけてきた。


「うん、知ってる。中口さんも、よく見る人だよね。お似合いだと思う」

「ああ、この女の人も知ってるわあ。なんだかしおりに似てるって思ってたの。美人さんよねえ」

「全然似てないけどありがと」


 親ばかを除いたとしても、美人と言われるのはいつものことなので素直にお礼を伝えた。お父さんは残念ながら休日出勤だから、お母さんと二人、さくさくと食パンを食べて、タータンチェックのテーブルクロスをぼんやり見つけた。


 相変わらずテレビの中からは有名なイケメンと美女俳優の婚約報道に驚きの声が溢れていて、街ゆく人々に街頭インタビューをしている。びっくりです、と興奮気味に言葉を叫ぶ人、悲しみのファンの声、祝福の声とそれぞれだが、誰しも共通しているのはとても驚いていること。有名過ぎるビッグカップルだ。しばらくの間、学校もテレビも、この話題でもちきりだった。私も街を歩いている最中、マイクを持ったお姉さんに捕まった。


「ごめんなさい、少しインタビューいいですか?」


 肩にかけたスクールバッグの紐をぎゅっと握った。


「えっ、あの」

「飯塚健二さんと、中口まゆかさんのご婚約の報道について、お話を聞かせていただいています。ご存知ですか?」

「ええ、はい……」


 愛想のいいお姉さんだった。この間、母とリビングで話してから、まだ二、三日しか経っていない。ホットな話題と言えばそのとおりだ。返答をしてしまったことで、問題ないと捕らえられてしまったみたいで、さらに女性は質問を続けた。学校帰りの学生だ。さぞテレビ映えのするコメントを出してくれると判断したのだろう。困って視線をさまよわせた。


「やっぱり周囲の人達と話されましたか?」

「え、ええ、そうですね。学校でも、色々と……」


 インタビュアーの女性は私を見たあと、後ろにいるカメラマンへちらりと視線を向けた。求める答えだったらしい。いいぞと言いたげにカメラマンも頷いていた。


「そうなんですか! 随分驚かれたと思いますが、どうでしょう?」

「え? いえ、特には」


 困ったなあ、と私は視線をさまよわせた。そうすると、女性は私にマイクを突き出したまま、少しばかり固まって瞬きをした。その様子を見て、しまったと思った。変わった答えを言おうとしていると思われたのかもしれない。女性はさきほどと打って変わって、「そうですか、ご協力ありがとうございました!」と微笑み、カメラマンと一緒にそそくさと消えていく。これは確実にテレビに流れることはないだろうな、と思った。つまらないコメントを出してしまった。


 別に、彼らに気を使った言葉を言う必要はないけれど、少し自分の考えなさに呆れて、一人で溜め息をついてしまった。


 ざわつく街を見つめた。頭の上に電光掲示板には、毎日のニュースや音楽が流れている。スクランブル交差点は、たくさんの人が行き交っていた。車の音や自転車、バイクが通り過ぎて、目の前には多くの人がいる。そして、たくさんの"赤い糸"が伸びている。これは、私にしか見ることができない。誰かの小指と小指を繋いでいる。多分きっと。――これは、運命の糸、と呼ばれるものなのだろう。


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