第402話 二日/午後/Side:アキラ/決戦、ヤジロvsヤジロ!
だぁ~かぁ~らぁ~ッ!
「おまえはトモエだろ! トモエ・サラマデルだろ!?」
「フ、何を言ってる、ダディ。俺の何を見れば、トモエに見えるってんだい!」
「角ォ!」
両腕で自分を抱き、角度をつけてポーズをキメる眼前の男に俺は怒鳴り散らした。
まずこの男、素顔からして色々と特徴のある外見をしている。
長い髪は炎のような鮮やかな赤で、瞳が右が赤くて左が金色のオッドアイ。
顔については凛々しいやカッコいいとかではなく、単純に美人。女でも通りそう。
背は高いが体は細身で、引き締まっているのが外見からもわかる。
首も細いし、肩幅もさほど広くはない。
これ、女装したらマジで性別不明になるんじゃねぇか?
しかし、それらの特徴全てを置き去りにする、頭の、角! 二本の、角!
生えてんだよ~、頭の左右から、湾曲した二本の角が、しっかり生えてんだよ~!
しかも角の表面に、炎みたいな模様もきっちり浮き出てんだよ~!
どう見たって『火属性です。ドラゴン関連です』って、角が主張してんだよ~!
「あのな、さすがにな、そんな角生えてて『人間です』はありえねぇんだわ」
「クククッ、ダディともあろう者が、何とも狭小なことを言うじゃねぇか! 確かに一理あるかもしれねぇ。が、神の摂理に叛逆してこそのアウトローだろうが!」
あああああああああああああああ、受け答えがヤジロにしか思えねェ~~~~!
「ねぇねぇ、おとしゃん、やっぱこいつ、ヤジロなんじゃ……?」
「俺もそう思いたいけどさぁ、ヤジロに角は生えてねぇんだわ~……」
「それはそう」
肩を落として答える俺に、タマキもウンウンとうなずく。
つまりこいつはヤジロじゃねぇんだ。
さすがにヤジロとトモエ以外にこのレベルのトンチキがいるとは思いたくない。
ギオ?
あいつのカオスっぷりはこれとはまた違ったベクトルだからな~。
野球の球種に例えよう。
今の推定トモエを見ればわかるが、ヤジロは剛速球どストレートのボケナスだ。
そしてトモエはそれらを全てデッドボールに導く名捕手(笑)だ。
一方でギオは球種は問わず。ただし、投げるのは大砲の砲弾かスーパーボール。
みたいな差がある。それは差なのかどうかはわからんけど、大体そんな感じ。
「とりあえずおまえ、ヤジロでもトモエでもいいから、オレ達と来いよな~!」
「シスター・タマキに命じられたなら仕方がないな。――だが、そこで叛逆だ!」
「お、何だ~、やるかこの野郎~!」
バッと構えをとるタマキを前に、推定トモエも構えをとる。
じゃんけんの。
「最初はグー!」
「え、あ、え……!?」
「ジャンケン、ポンッッ!」
タマキ、パー。
推定トモエ、チョキ。
「クックック、俺の勝ちだな、シスター・タマキ。では俺についてきてもらうぜ!」
「おとしゃ~ん、負けちゃったぁ~~~~!」
「何をしとるんだ、おまえらは……」
俺に泣きついてくるタマキを適当に撫でつつ、俺は深ぁ~く嘆息する。
どうやら、この推定トモエ、本気で自分のことをヤジロと思い込んでいるようだ。
演技、なんかではない。
それなら、ウチに来たときにミフユが見破っていてもおかしくない。
だが今のこいつは、俺から見ても本当に態度や言動がヤジロそのものだ。
ラララやシイナが見てもきっと同じ風に思うのではないか。と、俺は感じていた。
何がどうなってヤジロ化したのかは俺もわからない。
しかし、今のこいつをトモエに戻せるのは、きっとヤジロ本人だけだろう。
と、俺はそこで軽く結論づけて、思考を別に移す。
「カリン」
「…………」
「…………」
カリンとジンギが、少し離れた場所で無言で睨みつけている。
「ひ、ぃ、いや、ぃやぁ……、助けて、こ、こ、殺さないで……」
目を覚ましてガタガタ震えている小夜子を、無言でずっと見下ろしている。
「こいつ、どうする?」
「ひッ、た、たす……ッ」
俺が軽く呼んだだけで、小夜子は身をびくりと振るわせて、歯をカチカチ鳴らす。
すっかり、心が恐怖に折れている。
今のこいつには、俺達がどんな感じに見えているのやら。
「こやつに対しては、もはや言葉はない。……ジンギの兄御」
「…………わかった」
カリンに促されてジンギが収納空間から取り出したのは、細長い灰色の針だった。
それを手にして近づくジンギに、小夜子が激しい拒否反応を示す。
「な、何よ、何する気よッ! ゃ、いや! いやよ! やめてよ、いやぁ!」
泣きながら暴れようとする小夜子の顔面に、俺は右フックを炸裂させる。
「ぁ、ぶげ……ッ」
小夜子が、濡れた声をあげてなすすべなく地面に倒れる。
その首筋に、ジンギは声もないままに灰色の針をプスリと突き刺した。
「な、な……」
声を震わす小夜子の体が、服ごとみるみるうちに石化していく。
それは抵抗力のない者を石化させる、ジンギが開発した魔法アイテムの一つ。
「これでよしじゃ。あとは、持って帰ってからじゃな」
「ああ、そうだな」
石化した小夜子とひしゃげた死体の美智子を、カリンが収納空間に収める。
ジンギが使った針は、生物を収納空間の中に入れるために使われる。
すでに、最低限の必要な情報は小夜子から聞いた。
小夜子に、お袋を脅すため俺をさらうよう助言した人間について、だ。
石と化したあのオバサンは言った。
自分にそれを提案したのは、金鐘崎美喜子だ、と。
「これで、あとは帰って美喜子を問い詰めるだけ、かのう」
と、カリンは言うのだが、何だろうなぁ、この違和感。
そう、俺はどこか形容しがたい違和を感じている。ほんの些細なモノなのだが。
今さら、小夜子が俺達に嘘をつくとは思えない。
あの女が美喜子にそそのかされたのは事実と見ていい。だが、俺は思うのだ。
金鐘崎美喜子が全ての黒幕? 赤い影の異面体の本体?
美喜子が? あの、以前の『お袋』と相似形の、ことなかれ主義の権化が……?
「いや、『出戻り』してるなら性格も変わる、か……?」
お袋だって変わったし、俺だって全く違う性格になった。
それを考えれば、美喜子が黒幕でも何もおかしくはないし、むしろ納得できる。
だが――、
「オイ、トモエ」
「そこでヤジロである俺が叛逆してトモエであることを認めると期待したな、ダディ。だが無駄だぜ、孤高のアウトローたる俺は、俺が俺であることを誰よりも知っている! そう、俺がトモエであろうとも、ヤジロであろうとも、俺は俺だ!」
「じゃあ、どっちだっていいじゃねぇか!?」
「俺はヤジロ・バーンズ、それ以上でもそれ以下でもないぜ!」
「あっさり前言翻しやがって……!」
話してても、やっぱヤジロにしか思えねぇ~!
逆に自信なくなってくるわ。こいつ、本当にトモエなのかな~……。
「何でもいいや。おまえに貸した『
「ああ、それが?」
「これから、そいつが必要になる。ついてきてもらうぜ」
俺が言うと、推定トモエはクイとあごを上向かせ、こっちに背中を向けてくる。
そして、顔の角度はそのままに肩越しに俺をチラ見して、
「クク、いいだろう。昨夜聞いた那岐和十萌のことも気になる。同行してやろう」
那岐和十萌な~……。
こいつがトモエだとしたら、単なる同名の別人ってコトになるよな~。
ま、いっか。
そもそも別人の可能性も含めて、こいつを呼んだワケだしな。
「よし、ひとまず戻るか~。車は全部壊れてっから、飛んで帰るしかねーな」
「おっと、待てよダディ、俺のチャリはまだ生きてるぜ! ちょっと人間に例えれば全身複雑骨折・全内臓破裂・脳挫傷・出血多量・その他諸々が致命傷なだけだ!」
「それを普通は『死』って言うんだよ!」
「だが、その普通に叛逆だ!」
「ダメだって、おとしゃん。こいつに『普通』なんて言葉使ったら~」
何てこった。
よりによってタマキに諭されてしまった!?
「……帰るか」
「うむ、言い返さないだけ大人じゃぞ、ととさま」
カリンにしみじみをうなずかれながら、俺は、空へ上がった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
金鐘崎本家屋敷に向けて空を舞っていると、急にスマホが鳴りだした。
ああ、電波が届く地域に入ったのか。
スマホを取り出してみると、RAINのメッセージが入っていた。シンラからだ。
至急こちらに連絡をしてほしい、という内容だった。何だ何だ?
「どうかしたかえ、ととさま」
「ああ。何か、シンラが連絡してほしいらしくてな」
尋ねてきたカリンに返しつつ、俺はシンラのスマホに電話をかける。
コールは一度。シンラはすぐに出た。
『――父上にござりますか?』
「おう、俺だが。何だよ、どうかしたのか……?」
『今、どちらに?』
「あ~、外。ちょっとあってな~。……って、おまえは?」
確か、王原組の事務所に行ってたはずだよな?
『余ら三人も、今、屋敷の方に戻っている最中にて』
あら、随分とタイミングがいい――、って、待て待て。
「……三人?」
『は。余と、美沙子殿と……、その、もう一名で』
ふむ?
何だ、随分と歯切れの悪い言い方をするな。シンラらしくもない。
どうやらその原因は、お袋以外のもう一名にあるようだが――、そりゃ、誰だ?
「シンラ、お袋とおまえ以外に誰がそこに――」
『だがここでブラザー・シンラが答えるという流れに、全身全霊の叛逆だッ!』
…………ん?
『こ、こら、待て! 待たぬか!』
『いいや、待たないね。何故なら待ったところで時代は常に進み続けるからさ!』
…………んんッ!?
「あの、シンラ君?」
俺は恐る恐る、スマホに向かって呼びかける。
あれ、今聞こえた声、那岐和の十萌ちゃんのような、でも、言動が……、あれ?
『今ここに明かされる、驚愕の新事実! ベベンッ!』
口で擬音。それは女の声。
『実は――、ブラザー・シンラはピーマンの次に、ブロッコリーが嫌いだッ!』
『な、おまえ、何故それを……ッ』
『あらあら、そうなんですか。それじゃあ、ブロッコリーで何か作りますね』
『美沙子さん……ッ!?』
お袋まで会話に加わってくる。
それを俺は、何か楽しそうだな~、と思いながら聞いている。
だが、次に聞こえてきたのは十萌らしき何者かの声。
『驚愕の新事実と聞いて、俺の正体が明かされると期待しただろう、ダディ。だが残念だったな、その期待に叛逆だッ! わかるまい、この俺が何者なのか!』
「ヤジロだろ、おまえ」
『ククッ、ククククッ、クフフフフフフフフフフフフフフ……!』
徐々に大きくなる笑い声の向こうに、声の主の激しい動揺を感じる。
本気で俺がわからないとか思ってたな、こいつ……。
「いいからシンラにかわって?」
『はい』
そこは素直に従うんかい。
『……失礼いたしました、父上』
「ちなみにね、こっちにもいるのよ。ヤジロ」
『ぶッ』
驚きのあまり噴き出しおったわ、シンラめが。
『き、来たのですか、チャリで……』
「来たよ、チャリで」
そのチャリは惜しくもお亡くなりになってしまったが。
「おまえら、今どの辺? 屋敷戻る前に合流しようぜ、一回」
『その方がよさそうですな……』
「だろ?」
『しかし父上、現状を知りながら、やけに冷静なご様子で――』
「もう、一周回ったわ。色々と」
『あ』
シンラに察されてしまった。
しかしすごいな。人間、驚きが限界突破すると、本当に冷静になるんだな。
頭の芯がスゥと冷めてくのを実感したのは初めてだ。
「あ、おとしゃん! あれ!」
「お?」
いきなり、タマキが大声で俺を呼んでくる。
何事かと見てみれば、タマキが指さす方向に、豆粒のような三つの影が見える。
「おっと、こりゃあちょうどいい」
『父上?』
「こっちから見えてるよ。おまえら。今から向かうわ」
俺はスマホを切って、魔力念話で今の話を周りにいる皆へと伝える。
『スクープ! ヤジロはもう一人存在した!』
『ひぇッッ!?』
カリンの悲鳴が心底本気だったの、笑うわ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
俺とお袋、合流。
本家屋敷近くの山の中である。この辺、どこもかしこも山だらけだわ。
「ほぉ……」
「なるほど……」
そして互いに腕を組んで対峙する野郎のヤジロと女のヤジロ。
このまま、世界の滅びが始まってしまうのではないかとすら思える光景である。
俺の方に何があったのか、お袋の方に何があったのか。
まだ、それらについては何も話していない。
その前に、とにかくこの眼前に広がる狂気の沙汰の光景をどうにかしたい。
それは俺の願いで、お袋の望みで、カリンからの涙ながらの懇願だった。
「マジで勘弁してくりゃれ! マ~ジ~で、勘弁じゃあ~~~~!」
泣くなよ。わかるけど……。
俺はカリンを不憫に思いながら、対峙するヤジロ×2を改めて見やる。
「おまえが那岐和十萌。……いいや、トモエか。すでに『出戻り』は果たしているようだが、まさか俺の名を名乗るとは。悪い子だ。だが、アウトローとしちゃ合格だ」
と、頭に角を生やした男の方のヤジロが言う。
「フッ、おまえが墓石の。……懐かしいな。そのファイアパターンの角。だが今は俺の名を名乗っているんだったっけ? クク、なかなかの叛逆じゃないか。ええ?」
と、那岐和十萌から『出戻り』を果たした女の方のヤジロが言う。
「何だこれは、地獄か?」
「気持ちはわかるが、そのコメントはさすがにひどいぞ、シンラ」
本当に、気持ちはわかるよ。わかるけど!
「決着をつけようぜ、ヤジロ・バーンズ」
「ああ、そうしよう、ヤジロ・バーンズ」
互いに不敵な笑みを浮かべて、自分ではないヤジロを見据える、二人のヤジロ。
何なの?
キリオといい、こいつらといい、二人に増えるのが最近のバーンズ家の流行なの?
「俺もおまえもアウトロー。容易に負けは認めまい? ならば、どうする?」
角生やした方のヤジロに問いかけられると、女の方のヤジロは笑みを深める。
「そんなモンは決まってるさ」
そして、那岐和の方のヤジロが角生えてる方に近寄って、その胸倉をグイと掴む。
「何を――」
俺達が見てる前で、女のヤジロが角生えてる方の顔を引き寄せ、そのまま……ッ!
「
思いっきり、相手の唇に自分の唇を押しつけたァ――――ッ!?
「んッ」
角生えてキスされた方のヤジロが、さすがに目を丸くする。
しかし、キスしてる方のヤジロは強化魔法でも使ってるのか、ビクとも動かない。
俺達全員の視線を浴びながら、二人はしっかりと唇を重ねている。
ジンギは固まり、カリンは両手で顔を覆って――、指の隙間から覗いてるッ!?
「わぁ~! チューだ! いきなりチューしちゃったァ~~!?」
タマキの騒ぎ方が小学生だが、その割にしっかりキスする二人を直視している。
そして、俺達全員の耳にしっかりと届く、クチュ、ヌチュという音。
「しっかり舌突っ込んで絡ませ合ってんじゃねぇよッ!」
何を楽しんでやがるんですかねぇ!?
「…………♪」
だが、俺の怒声に対して、女の方のヤジロが軽くウインクを返してくる。
一方、男の方のヤジロはその身をビクンビクンと震わせて、完全になすがままだ。
こりゃ勝負するまでもないな。
すでに決着はついた。目の前の光景こそが結果だ。
「――なるほど」
シンラの、そんな呟きが聞こえてくる。
何だと思って見てみれば、シンラのヤツ、チラリとお袋を流し見ている。
こいつ、機会があれば試す気だなッ!?
お袋もそれに気づいているらしく、頬を染めてシンラから目を逸らしていた。
子供がいる前でそういう生々しい反応、やめてくれませんかねぇ?
「……ッ、ぷは」
たっぷり十秒以上も舌を絡めて、女の方のヤジロがやっと唇を離す。
互いの唇の間を繋げる唾液が、重力に従って糸を引きながら滴り落ちていった。
「ぁ、あ……」
男の方のヤジロが、虚ろな声を漏らし、腰砕けになってその場に座り込む。
その顔は熱に浮かされたように真っ赤で、瞳は潤んで濡れて、完全に呆けている。
「ふぅ」
口元の唾液をグイと拭って、ヤジロがへたり込むその男に確かめる。
「おまえは誰だ?」
「わ――」
ヤジロを見上げる男が浮かべる恍惚とした笑み。それは主に再会できた喜びの証。
「わっちは、マスター・ヤジロの伴侶、トモエ・サラマデルでありんす」
自らをトモエと認めたその男は、収納空間から何かを取り出す。
それは、ずっと頭にかぶっていたカウボーイハット。
トモエは柔らかく笑うと、それを目の前の茶色い髪の少女に差し出した。
「そうだったな。次に会ったときに返してくれと、おまえに言っていたな。トモエ」
「はい、マスター」
受け取ったヤジロが、そう言って右手でカウボーイハットをかぶり直す。
タマキと同じくらいの女子で、しかも和服姿なのに、帽子はやけに似合っていた。
ヤジロが、ニヒルに笑って俺の方を向く。
「見ての通りだ、ダディ。孤高のアウトローとは、この俺のことさ」
「しっかり楽しんだあとで言ったところで『うるせぇ』以外に思うことはないよ?」
言い返す俺の声は、どこまでも冷淡だった。
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