第129話 弁護側証人の世界を滅する魔剣のおじさん
ある日、いきなり呼び出された俺は、気がつけば被告人になっていた。
豪華なホテルの一室に設けられた、安っぽい『法廷』で。
シンラが立ってる教壇っぽい机もよく見ると安っぽい。
その両脇の、ケント達が座ってる長机も、学校でよく見るやつだし。
「……えー、何これ?」
「被告人、許可なく発言しないように」
シンラが言うと共に、カンッ、と固い音がする。
見ると、シンラの手元に厚い木の板と木槌が用意されていた。それは、まさか!?
「静粛に、静粛に! のヤツだ!」
「然様、本日は余が裁判長でありまするがゆえ、買ってまいりました。しかし、それはそれとして被告人は許可なく発言しないように!」
普通に会話した後で叱られるのは納得いかないんですけど!?
「待って、お願い説明して。これは何のイベントなん?」
「裁判にござりまする」
「俺、逮捕もされてないのに!?」
「そこは、行間を読んでいただきたく存ずる!」
「さすがに存在しない行間は読めねぇわ!」
何なんだよ、も~……。
一応、さっき『浮気問題』がどうとか言ってたのは聞こえたけどさ~。
「このたびは、父上が過去に起こせし『浮気問題』に関する内容の精査と、それについての審理を執り行わせていただく所存。父上に逃げ場はございませぬ!」
カンッ、カンッ!
「言いたいことはわかったが、それ鳴らす意味ある?」
「此度の余は裁判長でありまするがゆえ!」
カンッ、カンッ!
くぅ~、いい音鳴らしやがる。俺もちょっと叩いてみたい。
「父上にこのようなことを申し上げるは釈迦に説法、河童に水練なれど、やはり浮気なるものは世に蔓延ってはおりましょうが、それなるモノは言語道断! 行なう側は軽い気持ちで手を染めども、行なわれる側は魂を殺されるも同然の所業にて!」
「うん、まぁ、そーね……」
確かに言われるまでもございませんわな、それは。
「されど、先のキャンプにて明らかにされたる父上の過去の『浮気問題』! 余ら子供達はそれについて一切耳にしたことがありませなんだ!」
「まぁね、言ってないからね……」
わざわざ言ってどうするのさ、そんなこと。
とっくに終わったことで、平和なご家庭にいらん波風立ててどうすんのよ。
「ゆえに! 我らバーンズ家一同、此度は『浮気問題』に興味津々――、ではなく、『浮気問題』なる重大事案の真実を探り、当事者たる父上の罪業の可否について、根掘り葉掘りお尋ねして楽しんで――、ではなく、審理させていただきたく存ずる!」
「あまりにも本音ダダ漏れすぎんだろ!?」
要はただの好奇心による野次馬じゃねぇか、おまえら全員!
「被告人は許可なく発言しないように!」
「図星突かれたからって露骨な言論統制をするな! ここは令和の日本だよ!」
あ~、もう。何なんだよ、このイベント。
シンラが裁判長ってことは、じゃあ、両脇の長机に座ってるのは――、
「弁護を引き受けました、ケント・ラガルクです」
「ベンゴすることになった、タマキだぜー! ところでベンゴって何すんの?」
はい、もうこの時点で信頼度がマイナス方向に振り切れました。
クソッ、こいつらまた手ェ繋いだままなのに気づいてない。バカップルがッ!
そう思いつつ、俺は反対側の長机を見やる。
「検察役のぉ~、スダレだよぉ~、よろよろ~」
「同じく、検察役のシイナ・バーンズです。死刑ののち打ち首獄門を求刑します!」
二度死ねと!? そして首を市中に晒せと!!?
「まさか、父様が浮気をしていたなんて、最低です! これは許されざる犯行です! 極刑をもってあたるほかありません! 人権も剥奪です! おやつも抜きです!」
「何か意味不明なくらいにエキサイトしてる……」
おまえ、彼氏いたことねーだろうがよ……。
「ちなみに、俺が被告ってことは、被害者がいるんだよね?」
「無論。あちらをご覧くださりませ、父上!」
シンラが叫び、ソファの方を指さす。
そこには、お袋やタクマと共に、ソファでくつろぎテレビを見てるミフユがいた。
「アハハハハ、いつ見てもまっちゃんは面白いわ~。……ん? ああ。はいはい」
俺達の視線に気づいたミフユが、ソファの上に正座し直して、どこかから取り出したハンカチを目元に当てて泣いてる真似をし始める。
「……そうなんです。パパが、パパが浮気をして、私、もう、とにかく辛くて」
「おママ……」
「母様……」
待って、何で今の流れでミフユの三文芝居に同情できるの、我が娘達?
「あ、これでいい? いい? あ、そう。じゃあ、何かあったら呼んでね~」
そして早々に演技をやめ、ソファに寝転がってまたテレビを見始めるミフユ。
な、納得いかねぇ~~~~ッ!
「――斯様に、被害者たる母上の心の傷は深く」
「どこがよ! 今のどこに深い心の傷があったのよ!? 何なら俺が傷ついたわ!」
俺だって見たかったんだよ、まっちゃんの番組をよ~!
なのに、何でこんな茶番に付き合わにゃならんのだ! 異議あり! 異議あり!
「なお、審議にあたり、被告人には証人を招く権利がありまするぞ」
「証人って言われてもよ~……」
あの一件があったのは、ミフユと結婚してすぐのことだ。
ミフユが、タマキを妊娠していた頃の話。当然、子供達はそのときはいない。
「ミフユは被害者で、ケントは――」
「弁護役っすよ。何か面白そうだったんで」
「ああ、うん。知ってた。おまえはそういうヤツだよ……」
じゃあ、いねーじゃん! 証人なんて! 俺、一方的に不利じゃん!
「団長、団長」
「何だよ、弁護役」
「あのときのこと知ってる証人なら、あの人がいるじゃないすか。――ガルさん」
……ああ。そうか、そうだなぁ!
「む、父上。証人にあてがあると?」
「ああ。おまえらも知ってるヤツだよ」
言って、俺は足元に
空間が接続された瞬間、そこから禍々しい漆黒の瘴気が漏れ出す。
「こいつを取り出すのも久しぶりだな~」
瘴気を発しているのは、重々しい鎖が何重にも巻かれ、その上からさらに魔力封印の魔導文字が記された符が千枚近く貼られた、真っ黒い細長い金属の箱だった。
これだけガチガチに封印をされながらも、なお、隙間から瘴気が漏れ出ている。
「――開封」
告げると、一斉に鎖が断たれ、符が剥がれ落ち、箱から濃密な瘴気が噴き出す。
そして、金属の箱がグジャリとひしゃげ、ねじれ、そのまま崩れていく。
中から現れたのは、長大な一振りの剣。
その刃渡りは2mを越える、両手持ち用の重々しい大剣だ。
色は漆黒。
柄も、鍔も、刃も、全てが黒に染まっていて、しかも形状も禍々しい。
鍔の部分には、鮮血の色をした宝玉がはめ込まれている。
「主命に従いて今こそ目覚めよ、我が愛剣。神喰いの刃ガルザント・ルドラよ」
刃を下向きにした形で浮いているその剣に俺は告げて、その柄を掴み、掴み……。
「…………」
背伸びしても柄に手が届かないので、俺は別室から椅子を運んでくる。
「今こそ目覚めよ、我が愛剣よ!」
椅子の上に立って、今度こそ俺はガルザント・ルドラの柄を掴む。
すると、鍔の部分の赤い宝玉に光が宿り、瞳となってギョロリと周りを見回す。
『……グハッ!』
響いたのは、低く重苦しい声。
『グハッハハハハハ! 我、主命を受諾せり! 久しい、実に久しいのう、我が主アキラ・バーンズよ! 俺様の力が必要になったようだな! よかろう、何でも命じるがよい! 貴様の敵となるモノ全て、このガルザント・ルドラが滅してくれよう!』
「うん、じゃあ悪いけど、浮気の証言してくれ」
ガルザント・ルドラの目が点になった。
『何だと、我が主。今、何と? っつーか、貴様、何だその姿は!?』
我が魔剣のこのリアクション。
そっかー、そーだよなー、ガルさん、ずっと収納空間で寝てたモンなー。
「色々事情がありまして、現在、七歳で小学二年生をしている金鐘崎アキラ君です」
『……くっ、何が『アキラ君です』だ! 別に可愛いなどとは思っておらぬぞ!』
わ~、新鮮な反応!
そういえばガルさん、子供好きだったモンな~! 懐かし~!
「おお、何たること! ガル殿ではござりませぬか!」
「わ~、ガルおじちゃんだ~! オレ覚えてるか~? タマキだぜ~!」
「おガルさんだぁ~、なつかしぃ~ねぇ~」
「ガルさん、お久しぶりです。シイナですけど、覚えてますか?」
「おッと、ガルさんッかよ! マッジ懐かしいわ~! 相ッ変わらずカッケェな!」
ガルさんが出てきた途端、裁判そっちのけで周りに集まってくる子供達。
そして、五人に囲われた我が魔剣ガルザント・ルドラは――、
『ぬぅ! 貴様、シンラか!? おお、立派になったのう……ッ! タマキ! 我が孫娘にも等しき子よ、おまえまでいたとは……。何とッ、こちらの世界でケント・ラガルクと結ばれた、だと!? ぉぉ、ぉぉ、よかったのう、よかったのう。念願叶ったのう、何よりだわい! むむ、スダレではないか。相変わらずめんこい――、何、人妻!? 既婚者か! 夫との仲は……、良好か! それはめでたいのう! シイナか! 相変わらず楚々とした美人よな。しかし、おまえは男運がないのが心配の種――、そうかこちらの世界でも、か。それは気の毒に……。おお、タクマまでいるとは! 何たる幸運よ。この再会を神に感謝せねばなるまい。皆、立派になったのう……! 嬉しくて泣けてくるわ!』
優しい親戚のおじさんと化すのであった。
これでも世界を滅ぼす力を持った魔剣なんですけどね、彼。
造られて一万年も経つと、そりゃあ丸くもなるよね。
『皆、よくぞ立派になったのう。俺様は嬉しいわ~~~~い!』
広い部屋の中に響く、我が魔剣の歓喜の声。
そして俺は、ガルさんと子供達が旧交を温めている隙に、テレビを見に行った。
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