第123話 二日目/異階/橋村柳吾のデッドエンド

 現実空間に戻って、ケントは気絶したままのドラゥル――、橘颯々を見下ろす。

 すでにその姿は人のものに戻っていて、目を覚ます気配はない。


「こいつ、どーすんの?」

「ひとまず、ふん縛っておきましょう」


 使用者の意思のままに動く魔法の鎖で、全身をがんじがらめにする。


「ひとまずこれで連行で。菅谷さんの方は、ま、団長が何とかしてるでしょ」

「菅谷真理恵の方、って……?」


 タマキが首をかしげる。

 そういえば、彼女はその辺りの事情を知らないのか。と、ケントは気づく。


「そうっすね~、それは戻る最中、道すがらお話ししますよ」

「え、戻っちゃうの?」

「んん?」


 今度は、ケントが首をかしげる。

 タマキは眉根を下げて、上目遣いに彼を見る。


 ここはついさっき、二人が来た洞窟の泉。

 それで察したケントは、タマキに向かってきっぱり言った。


「戻りましょう」

「あぅ……」


 俯きかけるタマキの耳元で、彼はボソッと小さく囁く。


「だって、二人きりじゃないでしょ。今」

「えっ……」


 パッと顔を上げるタマキを、今度はまっすぐ見据え、彼は告げる。


「またあとで、二人だけでここに来ましょう。俺から話したいことがあります」

「……ッ、うん!」


 表情を輝かせ、タマキがうなずく。

 そのとき、ケントは改めて「この笑顔を守れたんだ」という実感を得た。


 自分が菅谷真理恵に惹かれたのは、彼女が守護者としての先達だったからだ。

 ケントがなりたいと思っていた姿を、菅谷真理恵は見事に体現していた。


 だから惹かれた。

 心から尊敬し、この人のようになりたいと思えた。


 そして今、守るべき人の笑顔を守れたケントは、少しだけ考える。

 少しは、なりたい自分に近づけたかな、俺――。


 その答えは、目の前に立つ少女の笑顔が、示していた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 おまえ達、仕返しの時間ですよォォォォォォォォ――――ッ!


「さぁ、こちらスダレの『万象集積階アカシャクラウド』第三階層『スダレのお部屋』です。ここに、菅谷真理恵とひなた以外の全員が揃っています!」

「あんたは何に向かってその解説をしているの?」


 ミフユのツッコミが痛い! 突き刺さる! でもやめない!


「っつーワケで、全員なので、ゼルケルのお二人もいらっしゃいます!」

「ぐっ、おのれ……!」

「何ですぅ、私をこの親父と一緒にしないでくださいよぅ!」


 どっちも鎖でガチガチに縛ってあるので動けないぞ。逃げられないぞ。フハハー!


「さて、それじゃあまずはケントに報告聞こうかな~」


 ケントとは合流したばっかで、ドラゥルとかいうのの話は聞けてない。

 ま、こいつは『真念』も掴んだし、心配はしてなかったけど。


「ケント、おまえ、異能態はイケたか?」

「ああ、はい。いけましたよ――」


 うんうん、やっぱりな。

 俺の予想通りだ。こいつならそこに手が届くと思ったぜ。さすがは、


「あとお嬢も」


 …………はい?


「おう! オレもなったぜー! そのガブガブですっていうの!」

異能態カリュブディスです、お嬢」

「そう、それ~!」


 ケントに指摘され、大笑いで諸手を挙げるタマキ。

 え、マジで? ケントだけじゃなく、タマキもイケちゃったの、異能態?


「そっか、最後のピースが埋まったのね、タマキ」

「ミフユさん? 何その反応? 実は知ってましたみたいな、その反応?」


 眉根を寄せる俺に、ミフユはちょっと考え込むようにしながら、


「知ってたとかはないけど、納得はできるかな、ってね。多分だけど、タマキはいつでも異能態になれる状態ではあったのよ。でも、異世界ではケントがいなかったから、99%を100%にできなかった。ってコトなんだと思うわ」

「なるほど……」


 そう考えると、ケントの覚醒はそのままイコールでタマキの覚醒でもあったのか。

 つまり、こいつらは二人一組の関係性だったワケかー。何それ、面白い。


「ちなみにケント君、タマキの異能態ってどんな感じだった? 父親、気になります! こう、装甲ゴツゴツとか、もはやロボットでしょコレ、とか、そんなん?」

「いや~、綺麗でしたね!」


 え、綺麗?


「今まで俺が見てきた全ての存在の中で、一番綺麗でした。お嬢の異能態」

「はひっ、ケ、ケントしゃん!?」

「あ、お世辞じゃなくて、マジでね。マジで、マジで!」


 ヤベェよ、顏真っ赤にしてるタマキは可愛いけど、ケントの反応が本気っぽいよ。

 タマキの異面体って、変身ヒーローだよね?

 それがどうしてどうなったら『綺麗』になるワケ? カッコいいとかじゃなく。


「…………ま、いっか!」


 それは今回の主題じゃないし、いずれ目にする機会もあるだろう。

 さぁ、本題に入ろうか。仕返しの時間だァ――――ッ!


「さぁ、まずはドラゴの方から行こうか! ケント君、リベンジの時間だぜ!」

「え、別にいいです」


 あっれぇ~~~~?


「だってお嬢も真理恵さんも無事だったし、ドラゴは団長の好きにすればいいんじゃないですかね。あんたのことだから仕返しの方法、百通りは考えてるでしょ?」

「おまえは人を何だと思ってるんですかねぇ……?」


 考えてても七十通りくらいですわよ!

 と、俺達が騒いでいると、突然、ドラゴがゲラゲラ笑い始めた。


「私を殺さずに済ますのか、ケント・ラガルク! 甘い、甘いなぁ! 反吐が出るほどに! その甘さはいつか命取りになるぞ? 私はいずれ必ず戻ってくる。そして、貴様らを殺してやる! 貴様も、アキラ・バーンズも、この場にいる全員もだ!」


 何を的外れなことを言っとるんだ、こいつは。

 甘いとかいう話ではなく、単純にケントに相手にされてないだけですよー。

 とか、俺が思ってたら、


「……今、お嬢を殺すって言ったか、おまえ」


 あ、ケント君の顔つきが変わった。


「ああ、殺す! 殺してやる! 全員殺してやる、必ずだ!」

「わかった。その言葉、しかと聞いたぞ。――団長、ドラゴの鎖を外してください」


 あ~ぁ、ドラゴ・ゼルケル、バカなヤツ……。

 ケントが完全にスイッチ入ってるのもわからんか、こいつ。竜人が聞いて呆れる。


「ほいほい……」


 俺は、この先にある結末を完全に確信しながら、鎖を外す。

 すると、ドラゴは即座に駆け出して、異面体を展開しケントへと躍りかかった。


「見ろよ、呪樹駕塔ジュジュガト!」


 柱みたいな形状の異面体が、ケントを見据える。

 おそらくはデバフ系の効果を与える異面体なのだろう。ケントの動きが一瞬鈍る。


「クハハハハハハッ、動けまい! ケント・ラガルク、とったァ!」


 ケントの頭めがけて、左手の爪を振り下ろそうとするドラゴ。

 しかし、それは見事に空振りした。ケントの姿が、次の瞬間に掻き消えたからだ。


「な……ッ!?」


 着地したドラゴが辺りを見回すが、そのときすでに、ケントが背後に立っている。


「どこ見てんだ、おまえ」

「ひっ!」


 おののき、振り向きかけるドラゴの顔面に、ガントレットに覆われた右拳が直撃。

 すでに『戟天狼ゲキテンロウ』を展開してたケントが、さらに殴り飛ばす。


「ぐぅ、がッ! ジ、ジュジュガトッ!」


 ドラゴの異面体がケントを見る。

 すると、その超加速が若干遅くなりはするのだが――、


「軽いな」


 一言ののちに、再加速。そして激突音と共にドラゴが吹き飛ばされていく。


「バッ、ガな……ッ! 何故、な、ぜ……!?」

「そんなこと、考えている余裕があると思うなよ、ドラゴ・ゼルケル」


 そこからは、俺達が見てる前でひたすらケントがドラゴを殴り続けるだけだった。

 ドラゴの異面体はその力を発揮しているが、まるでケントを抑えられていない。


 話に聞いたところでは、前の戦いではケントを圧倒したらしい。

 でも、それは所詮、ケントが精神的に追い詰められていたときの話だ。


 そのときと今とじゃ、まるっきり別人だよ。

 だって、今のケントは、タマキを守るために戦っているんだから。


 ケントのゲキテンロウは、まさにそういう状況でこそ真価を発揮する。

 攻める側でなく、守る側になったときに強いのが、ケント・ラガルクという男だ。


「がばァッ! ぐ……、がふッ、ゥ、あ……、はッ、はぁ……、あ、ぁ……」


 血まみれのドラゴが、真っ白い地面の上に横たわる。

 失った右腕以外、ほぼ竜人の再生能力で完治していたが、再び満身創痍です。


「…………」


 そこに、ケントが無言で近寄っていく。


「ひぃ、ひぃぃ……」


 ドラゴは、すっかり心がへし折れている。

 何をやっても通じず、一方的に殴られ続ければそうもなるわなー。


「た、助けてくれ。これ以上、し、死んで……」

「助かりたいのか?」


「あ、ああ! 助かりたい、し、死にたくない。死にたくない! お願いだ!」

「だけど、おまえは、お嬢を殺すと言った」


 告げて、ケントはドラゴの右膝を踏み潰した。

 肉が潰れ、骨が砕ける音がして、右足の膝から下が千切れてなくなる。


「ッ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 ドラゴが絶叫し、右の太ももを左手で押さえてのたうち回る。

 それを、ケントは全くの無表情で見下ろしている。


「ぁ、あ……、痛い、痛いぃ~、も、もうやめ……」

「痛かろうが関係ないな。おまえは、お嬢を殺すと言ったんだから」


 今度は、左足の膝から下がなくなった。

 ゴリゴリ、と、不快な音を立てて踏み潰される左足に、ドラゴの顔がひどく歪む。


「あぁッ、ああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!」

「ひ、ひぃ……ッ!」


 悲鳴を迸らせるドラゴを見て、ドラゥルも顔面を蒼白にして震えた。


「まだ生きてるな。じゃあもっと苦しめ。おまえは、お嬢を殺すと言ったから」


 告げて、ケントはドラゴの四肢の中で唯一残った左腕を、付け根辺りで踏み潰す。

 生木の折れるような生々しい音が、真っ白い空間に響き渡った。


「あぁ、あぁぁぁ、ぁぁぁ、ぅああ、ぁぁぁぁ、ぁぁぁ~~~~……」


 ドラゴは、涙と鼻水を垂れ流して泣いていた。

 だがケントは、かつての敵の無様な様子を、何とも無感情な様子で眺めた。


「ドラゴ・ゼルケル」

「ひぃッ!?」


「おまえは、お嬢を殺すのか?」

「こ、殺さない。殺さないッ! 絶対に殺しません! 絶対に! だから、た、助けて、これ以上は勘弁してください。これ以上は、もう、お、ぉ、おねがい……」


 懇願するドラゴの頭を、ケントは無造作に踏みつけ、徐々に力を入れ始める。


「ぎィィィィ、あああッ、な、何で、何でェッ!? ぃ、言った、言ったよォ、ころ、さないッ、て! ぉぉぉ、お、おれ、ぃ、言ったぁ、ぁぁ、ああああッ!」

「そんなの聞こえなかったよ。俺が聞いたのは、お嬢を殺すというおまえの言葉だ」


 ギチギチと、頭蓋が圧力によってゆっくり歪んでいく音がする。

 そしてそれは、さほど時間をかけず、限界点に達した。


「死ねよ、ドラゴ・ゼルケル。おまえは、お嬢を殺すと言った」

「がッ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!?」


 ケントの足が、そのままドラゴ・ゼルケルの頭を踏み潰した。

 それは、守護者ケント・ラガルクの在り方を知らしめる、冷徹なる決着であった。

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