第82話 討伐どうでしょう

 何という、奇跡!

 俺は今、このたぐいまれなる幸運を、全力で噛み締めている!


 神はいる。確実に。

 そしてその神は俺達の味方に違いない。


 何があったかっていうと――、調査する場所の近くにカイトがいたんだわ。

 柳原から得た情報で判明したことなんだけど、いやー、手間が省ける!


「いるねぇ。『臣下』がうじゃうじゃと」


 上空から『隙間風の外套』に偵察用ゴーグルという装備で、俺は敵地を観察する。

 俺達が向かう先は『七つ目石』から真っすぐ南。

 宙色市の南西の端にある小さなお寺『天陵寺』だ。最も怪しいのがそこ。


 そして『堕悪天翼騎士団』のアジトである廃工場は、そのすぐ近くにあった。

 飛翔の魔法で移動し、上空から覗いてみれば、見事にビンゴよ。


 廃工場や敷地内に、灰色の肌と虚ろな目をした連中がたむろしてますねぇ……。

 周りに何もないから、それを気にするヤツもいない。

 こりゃあ、ワルガキ連中の溜まり場にもなるだろうさ。こんな絶好の場所。


「ま、だからこそ俺達もやりやすいんだけどな」


 俺はクククと笑う。


「大丈夫なんですか? 相手は『不死者の王』なんですよね?」


 ケントがやや不安げに尋ねてくる。

 俺があっちの世界でカイトとやりあったとき、すでにこいつはいなかった。

 だから、ってのもあるんだろう。しかし心配はしていない。


「なぁ、ケント。あそこに大量の『臣下』がいるよな。どう思う?」

「えぇ~? そりゃ、怖いですよ。だってあいつらブラハのゾンビみたいなモンでしょ。街に解き放たれて一般人に犠牲が出たらヤバイでしょ」


 ブラハってのは有名なホラーサバイバルゲーム『ブラッドハザード』のことだ。

 一滴の『吸血鬼の血液』をきっかけとして起きる大規模感染災害。


 その血に触れた者はゾンビと化し、さらにゾンビは他者をゾンビに変える。

 そうして加速度的にゾンビが増えていく街の中から脱出しろ、っていうゲーム。


 まさに、今の『堕悪天翼騎士団』がその状態なワケだ。

 ケントの言う通り、連中が街に出ればブラハと同じ状況になってしまうだろう。


「だけどな、ケント。その心配はないんだよ」

「何でです?」

「連中には、統率者がいるからさ」


 統率者――、『不死者の王』カイト・ドラッケン。


「『臣下』はその名の通り、王に従う存在だ。そしてカイトは、俺という脅威が払拭されない限り『臣下』を街に放つことはない。それをしても『臣下』がすぐ処理されることを知ってるからだ。カイトはその辺、自分は慎重深いと思い込んでるからな」


 実際はそんなことないんだけどな、全然。

 本当に慎重深いなら、たった四人の『臣下』でアパート襲撃とかやらんて。


 多分だけど、あれはカイトからの挑発なんだろうなぁ。

 アホだな。追われて狩られて殺される側の獲物が、自分から存在を教えるなんて。


 所詮、研究者でしかないんだよな、カイトは。

 人間を超越していい気になっちゃってるんですよね。殺されても、転生しても。


「それで、これからどうするの?」

「そうだな。おそらくカイトは俺達が来るのを待ってるはずだ。柳原達を使って自分の存在を教えたくらいだし、アジトの場所が割れるのも織り込み済みだろう」


「うん。で?」

「だからこうする」


 俺は、金属符をポイと放り投げた。

 空を落ちていったそれは、廃工場の屋根に当たって、辺りを『異階化』させる。


「第一回! 廃工場を消し飛ばせ! 真夏の大魔法花火大会ィィィィィィ!」

「「イェェェェェェェェェェェェェェェェ――――イッ!」」


 ノリノリのシンラとケント。


「あ、そういうこと」


 納得がいったようで、ミフユがポンと手を打つ。


「廃工場と敷地内を『異階化』しました。そして敷地内にはカイトと『臣下』しかいません。ならば、あとは言わずともわかるな? 趣旨の説明は必要ないな?」

「ないっす!」

「無論、委細承知」


 よ~し、それじゃあ――、


「ブッ壊せェェェェェェェェェェェェ! ヒャッハァァァァァァァァ――――ッ!」

「「ヒャッハァァァァァァァ――――ッ!」」

「男共のノリがわかんないわ……」


 かくして俺達四人が全力全開でぶっぱする、数々の大規模破壊攻撃魔法。

 アッハハハハハハハハハハ! 破壊だ破壊だ、大破壊だァァァァ――――ッ!


 そ~れ、火の大規模爆裂魔法だ!

 吹けよ爆風、天をも衝けよ火柱よ! 全てを飲み込み、焼き尽くせェ!


 そ~れ、氷の大規模吹雪魔法だ!

 荒れ狂え魔氷の風、範囲内の全てを凍てつかせろ! そして砕け散れェ~!


 そ~れ、雷の大規模電撃魔法だ!

 降り注げ稲妻、圧倒的高電圧で全てをズタズタにしちまえ! 全て焦げちまえェ!


 そ~れ、地の大規模重力魔法だ!

 圧倒的な負荷を受けて、何もかもブッ潰れてしまえ! 形も残さず圧壊しろォ!


 潰れろ、廃工場!

 あそこにいる連中はみんな悪いモンスターだ、だからブッ殺してもいいんだぁ~!


 死ねぇ、死んじまえ悪いモンスター共め!

 人の姿をして人を自分と同じにするなんて、悪すぎるぜ。生かしちゃおけねぇ!

 一体残らず死ね! 燃えろ! 凍れ! 重さに潰れてしまえ!


 強靭な肉体?

 超火力で一気に灰にすれば問題なし!


 圧倒的な再生能力?

 凍らせて砕け散らせれば関係ないね!


「ワハハハハハハハハッ! フワ~ッハハハハハハハハハハァァァァ――――ッ!」


 正義の執行は、最高に気持ちがいいぜェェェェェェェェェェ――――ッ!


「コラァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 ……ん?


 突然、地上から聞こえてきた大声に、俺達は一旦動きを止める。

 建物部分が崩壊して、クレーターが連なっている廃工場跡に立ってるヤツがいた。


 肌が真っ白で、髪が灰色で、着てる服がほぼ布切れになってるパンツ一丁の男。

 一目見てわかった。あれがカイト・ドラッケンだ。


 ちなみにブリーフ派らしい。

 エグイ角度の黒いブーメランパンツはいてやがるぜ。侮れねぇ……!


「ちょっと降りてこい、おまえらァァァァァァァァァ――――ッ!」


 何やら『不死者の王』は大変ご立腹の様子。

 俺達は顔を見合わせながら、仕方なく、地上に降りていった。


 今の大魔法花火大会で『臣下』は全滅していた。

 辺りには、かつて人の形をしたモンスターだったモノの破片が散乱している。


「ふぅ、いい仕事したぜ……」

「そうですねぇ。世のため人のため、気持ちがいいですね!」

「うむ、余のため人のため、ですな」


 あれ、何かシンラだけニュアンスが違うような?


「おまえら、よくもやってくれたな……。おかげで予定が大幅に狂ったぞ!」


 真っ白な顔をわざわざ赤く染めて怒鳴るカイト。

 って、言われてもねぇ……。


「ちなみに、どんなご予定が?」

「決まっているだろ! 百を超える『不死なる臣下』の存在を確認したおまえらが、それが街に解き放たれないかを恐れながら、待ち構える『臣下』と廃工場内に張り巡らされた幾つものトラップをかいくぐって、僕のいる場所を目指すという予定だ!」

「「「「うわぁ……」」」」


 俺達四人、思わず声を揃えてしまった。

 こいつ、絶対ブラハ好きだろ。何なら初代からやりこんでるクチだろ。


「何でだ! どうしていきなり、舞台の外から一方的に破壊なんてマネができる!? おまえらには様式美とかお約束というものがわからないのか!」

「知らん知らん知らん知らん。っていうか……」

「何だ!」


 激しく苛立つカイト・ドラッケン。――の、背後に立つ、マガツラ。


「俺、おまえとお話しをしに来たワケじゃねぇんだわ」


 マガツラの手刀が一閃。

 刎ね飛ばされたカイトの首が、高く高く放り上げられた。


「はい、終わり」


 断たれた首から、血がブシュウと噴き出す。

 カイトの体はそのまま血の勢いにフラついて倒れ、そのそばに首も落ちてきた。


「終わり、ですか……?」


 あっけなさすぎたのか、やや不安げな様子のケント。


「終わりだよ。俺は『不死者の王』の能力は知り尽くしてるからな」


 能力の中身さえ理解していれば、マガツラの『絶対超越』は効果を発揮する。

 それは『不死者の王』であろうと変わらない。


「結局、前回と同じ終わり方だったな、カイト・ドラッケン」

「いいや、まだ終わっていないさ」


 ――声がした。カイトの声だ。


 バカな、と思って死体を見てみれば、首を失った体が溶け始めていた。

 そしてそれは真っ黒い闇となって、急速に地面に広がっていく。


「前回は理解していなかった。自分が転生者であることを、僕自身が認識していなかった。アキラ・バーンズにとって僕は『不死者の王』でしかなかった。だから負けた。だが今は違う。今の僕は『人外の出戻り』であるカイト・ドラッケンだ!」


 そうか、カイト・ドラッケンの異面体スキュラ

 俺はまだそれを知らない。だからマガツラの『絶対超越』が働かなかったのか。


「見せてやろう、アキラ・バーンズ」


 地面から、カイトの右腕だけが突き出る。その指には銀色の指輪。


「――闇よ、広がれ。夜よ、満ちろ。世界に黒き帳を下ろせ。来たれ、我が異面体」


 カイト・ドラッケンの異面体が、景色を黒に染め上げる。


「来たれ――、塗玻璃臥ヌリハリガ!」

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