第53話 天月の闇に躍るストリートの伝説と謳われしバカ

 タマキ・バーンズについて、特筆すべき点は三つある。

 一つは、タマキが俺とミフユの第一子であること。

 シンラは長男だが、第一子はタマキ。ウチは一姫二太郎だったってワケだ。


 タマキが生まれたときは、とにかく嬉しかった。

 異世界での人生は悲喜こもごもだったが、喜のうちでも屈指の出来事だったな。

 こいつのことは大事に育てよう。そう思い、誓った俺だった。


 ――が、結論からいえばその必要はなかった。


 特筆すべき点その二。

 タマキ・バーンズはバーンズ家の中でも最強の存在だ。


 素の状態でも、異面体でも、タマキはバーンズ家で最強の戦闘力を誇る。

 三歳でケントのゲキテンロウについていったのを見たときは、心底仰天したね。


 本人も強さに対する欲求が強く、それが長じて武闘家の道に進んだ。

 バーンズ家最強の『鉄人にして超人』と呼ばれ、どこに行っても恐れられていた。

 そして、最強だからこそこいつは厄介なのだ。


 特筆すべき点その三。

 タマキ・バーンズはバカである。生粋のバカである。


 異世界にて、一時期流行したバーンズ家への対抗策がある。

 それが『バカの長女を上手く丸め込んでバーンズ家と対立させる』だった。


 そのことからも、いかにタマキが騙されやすいかがわかる。

 そして騙されていても最強は最強なので、もう、敵に回すとひたすら厄介なのだ。

 かくしてつけられた二つ目の異名が『バカ力にしてバカ』。こりゃひでぇや。


 ――以上、あの有名な喧嘩屋ガルシアこと、ウチの長女の話だ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 バカが笑顔で迫ってくる。スゲェ速ェ。スゲェ鋭い。


「ウララララララララァ――――ッ! おらっしゃあァ――――ッ!」


 パンチ。ドゴン。壁に穴が空く。


「ウォォォォォォラァァァァァァァァァ――――ッ!」


 足を振り上げての、かかと落とし。ズドン。道路にクレーターができる。


「相変わらずだな、おまえはなァァァァァァ――――ッ!?」


 俺は腹の底から叫んでいた。

 久々に見る、この清々しいまでに頭の悪い破壊力。


 俺達『出戻り』は前世の記憶や能力は引き継ぐが、身体能力は元のままだ。

 それは俺も同じで、時々七歳児の体力に苦労させられている。


 それが何、この女、何ッ!

 一人だけバトル漫画の世界の住人やってるんですけどォ――――ッ!


「ハッハハァ~! 何だやっぱりおまえ、オレのことを知ってるんだな! さすがはオレ、天月あまがつの闇に躍るストリートの伝説、喧嘩屋ガルシアだぜー!」

「いや、待て待て、タマキ! 俺がわからんのか、俺だ! アキラだ!」


「おー、知ってるぞ! 金鐘崎アキラだろ! 小学二年生で、えー、あとは……。あれ、何か聞いた気がするけどいいや! オレの伝説のために倒れろォ――――!」

「この大バカ娘ェェェェェェェェェ!」


 即座に思考を放棄するんじゃないって、前から言ってるでしょ!

 だが、言葉で言っても一切無駄。

 今のモードは頭より体が動く脳筋タマキだからな。……こうなりゃ仕方がねぇ!


「ったく、手間がかかる!」


 俺は取り出した金属符を壁に貼り付ける。

 そして、半径二十メートル圏内をひとまず『異階化』させ、世界から切り離した。


「……おろ? 『異階化』?」


 空間の変質を肌で感じ取ったか、タマキが辺りを見回す。

 俺は、その隙にマガツラを実体化させて、バカ娘に向かって指を突きつけた。


「おい、コラ、タマキ!」

「何だよ、ガキに呼び捨てされる筋合いは――、わ~、マガツラしゃんだぁ!?」


 俺の背後に立つ漆黒の大男を見て、タマキは飛び上がらんばかりに驚いた。


「え、え? な、何で? どしてマガツラしゃんがここに? え? え……?」

「おまえ、まだ理解できてないのか……」


 俺とマガツラを交互に見るタマキに、俺は激しい疲れを感じた。


「アキラ・バーンズだよ、俺は」


 そう告げると――、


「…………。…………。…………。…………。…………。…………」


 沈黙。長い、長ァァァァァァァァァ~~~~い、沈黙。そして、


「…………おとしゃん!?」


 やっと俺に気づいて、一気に顔を赤くするのだった。


「ンッ、……げほっ、ごふんッ、ンッン~!」


 って、何だよ、そのいかにもわざとらしい咳払いは……。


「――何だよ、親父殿だったのか。オレとしたことが、気づかなかったぜ」

「え~、何でその呼び方にするの~。おとしゃんの方がいいんだけど~、俺~……」


 十歳になるくらいまではよ~、おとしゃんおとしゃんってよ~、可愛くてよ~。


「やだッ、絶対やーだー! おとしゃん呼びはカッコ悪いから嫌いなんだよー!」


 でも今はこうだよ。時間の流れは残酷だ。で、それはそれとして――、


「それを言うなら小学二年生に襲撃しかける喧嘩屋も相当カッコ悪いぞ」


 俺は冷静に指摘する。

 するとタマキは両手を腰の脇に当てて胸を張る。ほぉ、なかなか発育いいね。


「それはいいんだよ、だってよく言うだろ。獅子は全力を尽くして兎の子を千尋の谷に突き落とす、って。オレもそれにならって誰が相手でも全力を尽くすんだよ!」

「その混ぜ方は獅子が弱い者いじめしてるようにしか見えんのだが?」


 俺は冷静に指摘する。

 するとタマキはきょと~んとなって俺を見た。こいつ、何もわかってない……。


「まぁ、いっか! それよりそろそろ『異階化』解くぞー」

「え、待って! せっかくだからマガツラしゃんと一ラウンドだけ……」

「やだよバカッ! おまえ絶対本気になるだろ、いちいち付き合ってられるか!」


 俺が断ると、タマキはぷく~っと頬を膨らませた。お子様め。

 でも、そこでワガママを言わないのがこいつの根の善良さでもあるんだな、と。

 そう思いつつ、俺は『異階化』を解除する。


「とりあえず、どっか話せる場所に行こうぜ。聞きたいことが山盛りだ」

「おっと、そうはいくかよ親父殿。この喧嘩屋ガルシアから逃げようったって――」


「パフェおごるが」

「行く~♪ おとしゃん大好き~!」


 あまりにもチョロい……。

 相変わらず甘いモノには目がないようですねぇ、この長女は。


 さて、ここからどうしようか。

 タマキはおそらくは仕事を請け負った側。それはパフェで口割らせるとして。

 誰が背後で動いてるのやら。思い浮かぶのは佐村関連だが……。


 さすがにそれは考えにくい気がするなぁ。

 俺がミフユの周辺事情知ったの、ついさっきだぞ。さすがに動きが早すぎるだろ。

 とにかくタマキから話を聞くかな。こいつ、記憶力はいいから。


「おっと、待ちなァ!」

「待ちなァ!」

「なァ!」


 歩き出そうとする俺達の前に、そんな声と共に三人の男が立ちはだかる。


「喧嘩屋さんよぉ、人の獲物をさらおうってのは感心しねーなァ!」

「しねーなァ!」

「なァ!」


 最初に全文を叫んでるのは、冗談みたいに髪の毛をツンツンに尖らせたウニ男。

 次に続いたのが、背が高くマスクをした目にクマのあるロンゲ野郎。

 最後に、なんか一言だけつけ足してるのが、一人だけ年齢が低い可愛い女の子だ。


「何だ、こいつら?」

「こいつらは、天月市でも名の知れたワル、田中伸介ブラザーズだ!」


 何故か、無駄に顔に警戒の色を浮かべてそんなことを叫ぶタマキ。

 そういえばさっきも天月がどうとか自称してたな。

 天月市は宙色市の隣の市で、不良校が何個もある県内有数の危険地帯、らしい。


 タマキと田中何たらブラザーズのテリトリーはそっちの方っぽい。

 いやぁ、それにしても何ていうか、ダセェな、格好も名前も! もれなくダセェ!


「まさか今回の『大狩猟グレートハント』にあんたが参加してるとは思わなかったぜ、天月の闇に躍るストリートの伝説、喧嘩屋ガルシアさんよォ!」

「ガルシアさんよォ!」

「よォ!」


 こっちを指さしながら、タイミングバッチリに言ってくる田中伸介ブラザーズ。

 見たところ、タマキの敵になるとは思えないんだが……。


「あいつらは、厄介だぜ……」


 何故か、激しく警戒しているタマキ。


「どして?」

「上の兄貴二人は全然大したことないんだけど……」


「ああ」

「下手にやっつけると、一番下の妹のこよりちゃんがギャン泣きするんだ……」

「や、厄介な……ッ!」


 末っ子のギャン泣き。

 厄介だ。それは厄介すぎる。そういう子は泣きやまねーんだ、なかなか。


「それにしても、本当にストリートの伝説だったんだな、おまえ……」


 それもそれでなかなかダセェんだが。


「ヘヘッ、何せオレ様はこれから世界に羽ばたく喧嘩屋ガルシアだからな!」

「どうせ喧嘩して停学でもくらって、悪い意味で有名になったんだろ?」

「おとしゃん、エスパー!?」


 思った通りすぎて乾いた笑いしか出てこない。でもまぁ、一応、笑うわ。

 ふ~む、よし。


「おい、ガキ共」


 俺は田中伸介ブラザーズに声をかけた。こいつらからも話聞かせてもらおう。


「何だァ、このクソガキはァ!?」

「クソガキはァ!?」

「わァ!?」


 本当にタイミングバッチリなの、ちょっと見てて面白い。


「仲がいいのはいいから、俺と一緒に来いよ。好きなモンおごるぜ?」


 俺が言うと、頭ツンツンの田中伸介が「ヘッ」とこっちを小馬鹿にして笑う。


「そんな見え見えの手に乗ると思ってんのかァ!」

「乗ると思ってんのかァ!」

「わたし、アイス食べた~い!」


 兄二人が瞳を輝かせる妹を同時に見た。

 これはチャンス。俺は畳みかける。


「いいぜ、食べさせてやるよ。一緒に来てくれればな」

「わ~、行く行く~。アイス~!」

「「こよりィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!?」」


 妹の懐柔、成功。

 こよりが俺とタマキの方に寄ってくる。


「で、あんたらはどうすんだ?」


 タマキに撫でられてるこよりを横目に、俺はニヤリと笑って見せる。

 伸介とその弟はしばし間を空けて、やがて二人揃って俺に白旗を振ってきた。


「今回だけは軍門に下ってやるよ、喧嘩屋ガルシア。だがこの田中伸介ブラザーズのヘッドである田中伸介は高いぜ? ハンバーグに、セットでご飯もつけてもらう!」

「さすがは兄ちゃん、相手のお財布にダメージを与える作戦だね。だったら次男のこの俺、田中信太郎も続くぜ! 俺はパスタだー! ドリンクセットも所望するー!」


「あ。うん、いいよ、別に……」

「「やったー! レストランだァ~~~~!」」


 はしゃぎ出すブラザーズを前に、俺は思った。

 天月市のストリートにはバカしかいないのかな……、って。

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