第47話 確率小さすぎて表記しきれないの笑うわ
――宙色市最高級ホテル最上階。
「ん~、っぷは」
注がれたジュースを飲みほして、俺は一度息をつく。
やっぱ一気にしゃべるとのど渇くねー、ジュースの甘みが身に染みる~。
「ちょっと、ジジイ」
「ん~、何よ、ババア」
「あんた、見えてたの? あの塔にいたわたしのこと」
「見えてた見えてた。ばっちり」
「嘘でしょ、下の街からあの塔の天辺までどれだけの距離があると……」
「別に遠視の魔法も使ってなかったぜ。それにほら、異世界の俺だし」
「「あ~……」」
俺が言うと、ミフユ以外の全員が納得の声。
「あちらの父上の身体能力は異常の一言に尽きましたからな」
「おパパ、普通にジャンプしただけで家飛び越えられたモンね~、バッタ?」
「いきなり父親を節足動物扱いすんなや、三女」
眉間にしわを寄せて言うと、いきなりミフユが俺をバシバシ叩いてきた。
「いったぃ!? 何す……」
「……もぉ、もぉ! 何なのよ、もぉ!」
ミフユの顔がめっちゃ赤くなってた。
「お店に出る前のわたしが見られてたなんて、もぉ、サイテー! クソジジイ!」
「めっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ可愛かった。一発で惚れた」
「んにぃぃぃぃぃぃ~~~~! 笑えないのよ! この、この!」
痛い痛い痛い!
時々クリティカルヒットを織り交ぜるのやめて!?
「まぁ、でもそこからミフユをオとすのに二年かかったんだけどな」
「それはまた、長くかかられましたな。その間、足繁く母上のもとに通ったので?」
「クックック……、それがね、違うんですよ、若」
事情を知るケントが、含み笑いをしてそんなことを言う。
そしてこっちをチラ見するので、俺は渋面を作って続きを語ることにする。
「俺にとっちゃあ、とんだ黒歴史なんだがね」
ミフユとの、本格的な出会いの場面は、確か――、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
街を越えて、浮島の中央へ。
そこにそびえるは『水晶塔ローレライ』。夢の楽園。快楽の坩堝。一夜の恋の宮。
「…………うへぁ」
辿り着いたそこは、本当に水晶でできた塔だった。
大国の城にも優る巨大な建物も、そこから伸びる天の果てまで伸びる塔部分も。
しかも、使われている水晶はどこも均一に透明度が高く、硝子のようだった。
もちろん中丸見えなんだが、セキュリティが疎かになってるワケでもなかったよ。
その水晶が特殊な性質を持っててな、水晶越しに見ると生き物が消えるんだ。
景色だけを透過して、生き物の姿は隠してしまうっていう性質な。
加えて水晶の中に走る虹色の輝きが、向こう側にあるものを覆い隠しちまうのさ。
だから、外から見ると『何となく中が見える程度』に収まるんだよ。
聞いた話じゃ、外観をいつでも美しく映えさせるための工夫、らしいんだけどな。
一周巡って、それが機密保持に役立ってるんだから面白いわ。
ちなみにこの水晶、硬度も高くて当時の俺でも壊すのに難儀するレベルだったよ。
で、その水晶でできたゴーレムに守られた門をくぐって、中だ。
中に入った俺達を出迎えてくれたのは、耳に心地いい音楽だった。
広いロビーの一角で、娼館お抱えの楽団が常に曲を奏でてるんだよ。
なかなか雰囲気がよくてな、俺も「へぇ」って感心したよ。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました、旦那様」
音楽を背に、入ってすぐのところで若い女の子がそう言って迎えてくれるワケ。
もうね、この時点でレベルたっけぇのよ。まだデビュー前っぽかったけど。
さすがは世界一の娼館、って、そのときは思ったね。
そして、受付に行くと、まず何をすると思う?
普通だったら誰を指名するか決めて、料金を払うところだ。が、ここは違うんだ。
とある書類に名前を書くことを求められる。
何の書類かっつーと、店の中では絶対に暴れません。っていう誓約書だ。
ちなみに名前を書くと『規約に反すると死ぬ呪い』にかかる。
いや、冗談じゃなく本当に。
書類にサインすると呪いがかかって、店を出るまではそれが継続する。
サインする前なら暴れることもできるけど、この娼館は世界中にファンが多い。
もし大暴れでもしようものなら、世界を敵に回すことになる。
そんなバカは、世の中にはいないでもないけど、いても絶対確実に排除されるよ。
それにサインして、やっと娼婦を指名する、って段になるんだが。
さて、ここで問題だ。
この『天空娼館ル・クピディア』の娼婦は上から下まで、世界中のえりすぐりだ。
当然、どの子も人気は高い。
ミフユは別格としても、それ以外だって熱心なファンがついてる子ばっかりだ。
そして、自由を旨とするこの娼館に『予約制』はない。
さて、ではどうやって目的の子を指名すればいいでしょうか!
おっと、早いぞ長男シンラ! 回答をどうぞ!
……合議制?
内政じゃねーんだよ!
いちいちそんな時間かけてられるか!
次に挙手したのは、三女スダレ!
これは何やら自信満々のご様子。ではお答えをどうぞ!
……裏で脅す?
死の呪いが降りかかるっつってんだろうが! 命知らず(事実)はやめろ!
はい、時間切れ~!
それでは正解です。受付でな、指名前に俺はこう言われたよ。
「当店では、下界のしがらみは一切持ち込み禁止でございます。出身、身分を問わずにどなたでも夢の時間を過ごすことが可能となっております。ただ唯一、『空の姫』との逢瀬についてのみ、制限がございます。ありがたいことに『空の姫』との逢瀬をお求めになられる殿方は常に後を絶ちません。ですが『空の姫』は各々一人だけ。そこで、逢瀬の機会について公平を期すため、当店では抽選会を実施しております」
ということで正解は――、『ガチャ』でしたー!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
シンラとスダレが、揃って微妙な顔になる。
「ガチャ、にございますか……」
「ガチャ、かぁ~……」
すんごい不服そう。
「でも、機会を公平に、って意味ではいい方法ではあるんだぜ?」
「運否天賦ということではございましょうが、世界一の娼館で、というのは……」
「オークションとかそういうのじゃないんだね~」
スダレが言うが、娼館は娼館であって、奴隷商とは違うからな。
「オークションにしたら、客が娼婦の値段を決めることになるだろ?」
「ル・クピディアの
プライドは高い人だったな。
娼婦だからと俯いて生きることなんて認めない、強烈に誇り高い女店主だ。
「でもね、ガチャって言うけど、お店じゃ大人気コンテンツだったのよ?」
そしてミフユが娼館でのガチャについて補足を入れてくれる。
「大人気、でございますか?」
「そ。お店にステージがあって。そこで歌ったり踊ったりしてたのよ、売り出し中の子とかがね。抽選会はそこで行われてたの。お店に来るような人なんて、どれもこれも猛者、英傑、大貴族とか、そういう連中ばっかりよ。そんなのが、お目当ての子と過ごす時間を手に入れるためにこぞって集まってたのよ? 熱気がすごかったわ~」
「はぇ~……」
ミフユの語りに、スダレが想像したのかそんな声を漏らす。
そして、説明を終えたミフユが、唐突にこっちを睨みつけてきた。
「何よ、その目は」
「こいつがさ~、そこでやってくれちゃってさ~」
……あー、うん。やったね。
「やった、とは、どういった意味ででございましょうや?」
「ガチャを当てたのよ」
「ふむ、今は父上と母上の初の邂逅の場面でありますれば、結果的にはそこにいたるのでありましょうが、そこに何かおかしなことがあったと?」
おかしなことといえばおかしなこと、かな?
「まぁ、そのガチャの賞品ってのが、目当ての娼婦+一緒に過ごせる時間みたいな感じになってたんよ。例えば『目当ての娼婦と三日間一緒に過ごせる権利』、みたいな感じな。あ、料金は普通に発生するぞ、今の例の場合は三日分。先払いでな」
「割引とか~、は、ないかぁ~、お話聞いてると店主さんが絶対しなさそうだね~」
スダレの言う通り、あの店の女店主は一切値引きには応じなかった。
金に汚いのではなく、自分が育てた娼婦の価値を下に見られるのを嫌ってたんだ。
「で、おママ~? おパパがやってくれちゃったって、何やっちゃったの~?」
スダレに問われ、ミフユは頬杖をついて俺をジトっと見る。
「いや、俺悪くねーし。本当に、何もしてねーし」
「わかってるわよ、運なのは。不正なんてしたら、その時点で呪いで死ぬし」
「う~ん、命がけのガチャ~」
で、そのとき何が起きたかというと。、
「お店でね、一年に一回『運命の矢の的当て』ってイベントがあってね~。それが『世界最高値の娼婦との逢瀬の権利』を賭けた大抽選会なのよ」
世界最高値の娼婦。つまりミフユのことである。
当時、確か七年連続くらいでこいつが世界最高値の座を維持し続けてたんだよな。
「それが笑えないのよ。そのイベント『四桁の数字を千個指定して、店側が無作為に決定した千個の四桁の数字と合致してた場合だけ当たり。不正は死。当選者複数の場合改めて四桁の数字指定し直し』っていう、当選者出す気皆無のイベントなのよ」
そんなイベントを、三日間かけてお祭り騒ぎでやってたんだよなー、あそこ。
俺達が行ったときは、ちょうど最終日の三日目だったっけ。
「それを当てやがったのよ、こいつ……」
「「うわぁ……」」
我が子ら、ドンビキ。
「うるせーな! 俺だって当たるとは思ってなかったよ! たまたまだよ!」
「つまりそれって、運命だったんでしょうね~」
黙れよケント、さっさと一人だけ目当ての子のガチャで当選してたクセに!
「なるほど、そのようなことがあろうとは。……して、その的中に際し、父上は一体どれだけの時間を母上と共に過ごせることになったのですかな?」
「一年」
「……は?」
シンラの目が点になる。
「だから一年だよ。俺はミフユの一年間を手に入れたんだ。そして破産しました!」
「しましたね~! それで団員に愛想尽かされて、傭兵団一回潰れましたね~!」
ケラケラ笑ってんじゃねぇよ、ケントォ!
ギリギリ料金は支払えたんで、そのときは特に問題とも思わなかったけどな。
「でも、俺は舞い上がったよ。何せ、一目惚れした女との初対面だ」
「……フン、だ」
俺が語ると、ミフユは途端に不機嫌になってそっぽを向く。
それは照れ隠しなどではなく、こいつは本当に不機嫌になっているのだ。
今でも鮮明に思い出せる、こいつとの初対面――、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
柄にもなく、緊張していた。
年に一度の大抽選会で当たりを引き、世界最高の女の一年間を得てしまった。
いや、それも驚いてるが、これからその女と会う。
そのことに、当時の俺は強い緊張を覚えていた。
世界最高の女に童貞を捧げて嫁にする。
それが、俺の夢だった。
そして俺が塔で見た女は、まさに夢に思い描いた、理想の女だった。
もうすぐ俺の夢が叶う。
そりゃあ、緊張もするし、心臓も高鳴るし、ムスコもおっ勃つ。
店の奥にある通路を通って、転移回廊を通じて、塔の最上階へ向かう。
世界最高値の女であるミフユは、塔の上から降りてくることはない。
天空の島の、最も高い場所にいる、まさしく彼女こそはこの島の姫君なのだろう。
虹色を秘めた水晶の通路は、夜空を透き通らせている。
そこには煌く数多の星々。
まるで、星の回廊を歩いているような気分になる。そしてその先に、扉がある。
この扉の向こうに、俺が追い求めた世界最高の女がいる。
はちきれんばかりの緊張と期待の中、俺は一気呵成に扉を開けた。
「お待ちしておりました、旦那様。今宵このときより、よろしくお願いいたします」
扉を開けた先に、東の国の礼儀に則って三つ指をついている女がいた。
そして上げられたその顔を見たとき、俺は立ち尽くして思わず言ってしまった。
「……おまえ、誰?」
そこにいたのは、塔で見た女とは、全くの別人だった。
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