2:あなたと、あなたと、そちらのあなたで

 絨毯は深く、ソファが柔らであった。

 窓からさす午前の、忙しないが跳ねるような光に照らされて、豪奢な様相を明るみに。

 田正・秋は、用意されたコーヒーから口を離し、変わらぬ落ち着いた声を面々へ向ける。


「予定というか、目論見というか、まあ思った通りであります」


 会議室というには調度の格式が高い部屋で、彼女は向き合っている。ロの字に並べた机の中央を囲む、四人の老人たちと。

 臭いのキツい整髪料で撫でつけた白髪のオールバックが、口元のしわを喜に歪めた。


「ともあれ『モノ』は、田正会長が確保したんだろう?」

「こちらの目を誤魔化していたのはこの際、良いでしょう。なにせ『怪盗の棟梁』です」


 また一人、色よい禿頭を撫でつけた老人が、肩をすくめる。

 継ぐように、厳めしい顔つきの初老が、身を乗り出した。


「間違いはない、と判じてよろしいか? 会長」

「はて。間違いとはどのような、でしょうかね」

「言わずともなが、では?」

「ふふ、ここの所、とんと頭がしゃっきりしないもので。歳には勝てないとはまさに真理」


 軽口に男三人が押し黙り、猜疑と警戒を混ぜ込んだ視線を打ち込んでくる。

 口の端だけで笑い、いなすよう「大丈夫ですよ」と保証のラベルを見せつければ、


「いずれ、我らは足を鎖で繋ぎあった『囚人』ですからね。先行きを分かち合っている以上、無体はできないでしょう」

「田正会長、その言葉が真実であることを切に祈るよ」

「とにかく、例の『ブツ』については確かな管理を」

「先の移管書類から、スプリングテイルが狙っているのは確実。あれが『こちらではない』ほうへ転がり出ることは、是非にも防がなければなりません」


 祈るような刺すような言葉に、老婆は顔色を動かさないまま、頷きを返す。

 これにて『会合』は終了だ。それぞれが荷物をまとめて、帰り支度を。

 そんな面々に、秋は疑問を投げる。


「しかし、区警本部長。今日はなんだか賑やかじゃあないかな? よもや、この会合のために警備を増やしているのかい?」

「なにを……」

「ほんとうか、区警本部長? この席は『非公式』のはずだろう」

「当たり前ですよ、先生」


 小倶田外区警の、首都の隔たることとなる土地の警察機構トップが、疑いを吐き捨てるように否定する。


「今日、新谷小路議員がお見えになっているのです。そのためですよ」

「また図ったようなタイミングで……主流から外れた老人が、いつまで跳ね回るつもりか……!」

「先生。今のは聞かなかったことにしますよ」


 顔を突き合わせているが、仲良しグループでなし。

 刺の張った口ぶりと視線の投げ合いに、田正・秋は滑稽さに吐息をこぼす。

 こちらの呆れに気づかぬよう、彼らは牽制の茨を投げつけあいを止めはしない。

 なので、逃げるように視線を窓の外へ。


「おや」


 平日である午前中の区警本部入口には、不釣り合いな姿を見つける。

 歳の幼い一団に、思わず口元をほころばせたところで、


「何かあれば連絡を」

「ええ。私たちには守るものがある。お互い、密にありたいですね」

「では、これにて」


 公にはされない『会合』が、終えられるのだった。


      ※


 的屋・咲華には目論見があった。


「まずね。満兄さんに会うってのが、本命なわけだ」


 区警本部に正面から乗り込み、烏丸にアポをつないだ高校生たちは、特殊警備課のある四階へ向かっている。

 広々とした、小奇麗なエレベーターでもって。


「兎にも角にも『実物』の所在を確かめないといけない」

「烏丸さんは公になった移管書類を使って、警視庁に所在確認をしてくれている……ですよね?」

「うん。怪盗スプリングテイルに狙われる可能性が高い、って方便でね」


 書面にて明確になったなら、事の矛盾を封じるように立ち回れる。

 怪盗らにとっては、ターゲットの所在確認は急務だ。なので、いとこに無理を頼んでいるのだ。

 もっとも、その烏丸も『上部組織に瑕疵を作れる』ということで、張り切っていたが。


「加えて、会長……田正・秋の意向も知りたい」

「それ満兄、知ってるん?」

「桃奈ちゃんパパの形見について、警察組織が隠蔽を図ったのは確実。であれば何かしらの意図があって、意図があるところには人の意志が介在する」

「つまり、警察内部で『実行する動機』がある人間を絞り込むために?」

「組織内政争もあるし、外からじゃわからないことも多々あるからね」


 笑えば、ドアが開く。

 活気よく快い喧騒がなだれ込むから、分け入るように前へ。


 廊下が伸びて、部署ごとにドアが。

 目的地へ足を向ける。


「あとは偶然も目論んでいた」

「偶然、ですか?」

「協会長は、ここにきているはずでしょ?」


 なるほど、と桃奈が首を縦に。

 受付から拒絶されたために、一切の情報がないのだ。

 同じ拒絶であっても直接顔を合わせ、目を読み、吐息を聞けば、ニュアンスを拾うことはできるだろう、という目論見。


「会長のお気持ちについてはわかりました。ですけど」


 咲華には、もう一つ目論見がある。

 それは、相棒。桃奈について。


「形見の所在については、予告を出せばはっきりするのでは?」

「そ。移管書類に仕掛けたのと同じにさ」


 沈んで視線の焦点を結べずにいた彼女を、歩かせ、思考させ、とにかく前を向かせなければならないから。

 当然ともいえる疑問を口にする姿に、目論見は達せられたことを知り、


「まあ、うん。そうなんだけどね、けどきっと難しい」

「は? なんで?」

「言ったろう? 組織が『組織立って隠蔽』しているんだ。その理由を知りえなきゃあ、ピアノ線で綱渡りするようなものさ」


 細くて不安定、踏めば肉に食い込み血を啜るであろう。

 

「だから、満兄さんに背景を聞こうと思っていたんだけど」


 廊下を行く警察たちはこちらを一瞥し、首から下げる『ゲスト証』を検めていく。

 ひどく物々しい。

 理由は、受付に聞いている。

 その幸運を、意図せぬ目論見達せられたことを。


「もっと詳しい人に聞けばいい」


 特殊警備課のドアを押し開けた。

 飛び込んでくるのは、ほぼ無人のオフィス。

 その来賓用ソファに腰掛ける、厳しい面持ちの老人が一人。


「お久しぶりです、新谷小路先生」

「涼しい顔しおってからに」


 苦く、敵意こもった濁る瞳が、こちらを打ち抜く。

 凡百には真似できない、言論の闘争を打ち勝ってきた戦士の視線だ。

 備わる圧に加え、敵意と害意が濃いせいもある。

 なぜなら、


「ご自宅、また新築になるそうですね!」

「ふざけるなよ! 一年ぶり二度目とか、自宅爆発に使う日本語じゃねぇんだ! そもそも、自宅爆発つー言葉自体がおかしいんだよ!」


 まあ『そりゃそうなるよね』という因縁の相手であるのだから。

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