3:拠り所の行方は如何に何処に

 大爆笑のうちに幕を閉じたメリーゴーランド撮影会の後。


「そういうわけで、さっちゃんの話はだいたい私からの情報ですね」


 相棒のいとこを名乗る青年は、広げた警察手帳を指さし笑ってみせた。

 つまり、桃奈の手元から持ち去られた形見たるペンダント。その行方は、今もって不明であり、警察組織の関与も不明瞭であるとのこと。


「けれどまあ、刑事課の話を聞く限り、こんな事態になったペンダントに興味を示していましてね。彼らが持ち出したとは考えにくい、というのが私の見解でした」


 もっとも、警備部の自分では内情のニュアンスまでは、と但し書きを添える。

 少女にとって、警察が動いてくれているという事実は感謝があり、加えて疑いの目を向けていたことに罪悪感と困惑が浮かぶ。

 彼女が手渡したのが警察を名乗る男だったから、という理由で盲目的に疑ってしまってい

たのだから。

 だからこそ、通常の手順を踏んではたどり着けないと考え、怪盗に頼ったのだ。

 桃花は良心に従って、羞恥心を濯がんと頭を下げる。


「あの、烏丸さん。私、謝らないと……」

「ああ、井伊楽さん。頭を下げるのは、止めておきましょう」

「え?」

「謝罪は無駄になりますからね」


 けれど、正しいはずと踏んだ行為は、先方に『間違っている』と制止される。


「満兄? どいうことさ」

「兄さん、さっき過去形だったよね? 刑事課が持ち出したとは考えにくかった、て」


 部室の長テーブルに並んだ二人が、彼の言葉尻に浮き沈みする違和感に噛みついた。

 顔見知り二人に向き直った警察官は、手提げのカバンから一枚の書類を取り出し滑らせてくる。


「刑事課が持ち出したわけではない、とは思うんですがね」

「これ……リストの写真? すんごい斜めだけど」

「持ち出し不可な内部資料でして、こう、隠し撮りで。家柄、爺さんからいろいろ教わっていましたから」

「まじ? 大丈夫なん?」

「内緒ですよ? すっごい怒られますから」

「怒られるで済むんだ、兄さん……それより、このリストって……」

「番号は用件の管理ナンバーで、枝の数字がその管理ナンバー内での品番号。項目は具体的な品名です」

「どいうことさ?」

「その番号、井伊楽・桜佐殺人事件でして」

「え? じゃあ、この『装飾品』って、もしかして……!」


 烏丸・満が、穏やかな笑みのまま、こちらを見据える。


「おそらく、井伊楽さんの形見ではないかと」


 結局は、警察組織の仕業であったのだ、とすまなそうな色味を瞳に浮かべ。

 二転三転する事情の推移に、感情が揺れるままになってしまう桃奈は、答えることもできずに。


      ※


 リストは、警視庁管轄のものなのだという。

 つまり件の物品は、この小倶田外区を飛び越えて、上位組織の手にあるとのこと。


「おかしいっしょ」

「ええ。捜査本部は小倶田外区の管轄にあります。なのにペンダントは、ウチの刑事課を通過せず警視庁預りになっているんです」

「じゃあ、桃奈ちゃんに会ったのは『警視庁』の人間だった?」


 首を捻った咲華が、こちらに振り返る。

 が、桃奈は期待に応えることはできない。

 同時は父の葬儀が終えた直後で、大きな感情を抱き堪えながら多量の手続きをこなしていた時分であった。

 そこに、実は事故でなく、意図した殺人の可能性がある、となって混乱の追撃に溺れてしまい、


「すいません……記憶が定かじゃなくて」

「ま、仕方ないん」

「警察手帳の控えとか名刺があれば、とも思ったんですが」

「害意があるなら、残すわけがないかな」


 そうだね、と誰もこちらの不注意を責め立てはしない。

 ありがたくも、情けない限りだ。

 ならば、少しでも力になるべく、もしくは自力で歩を進める必要があるだろうから。


「どうして、父の死は事件性あり、と判断されたんでしょうか?」


 自分を慮る皆へ、自分が切り込んでいかなければ、と思うのだ。


      ※


 端的に、轢殺のあった状況に不審があったということだった。


「現場は夜中の住宅街。見通しが悪かったのは確かですが、さすがに偶然が過ぎると疑いがあったようです」

「で、調べてみたら、何か出てきたのかな」

「出てこなければ、そのまま事故ですからね。被害者が、多くの政治家と繋がる記者で、加害者が」

「政治家だったん?」

「当然、本人ではありませんが。秘書の友人の友人、だったそうですよ」


 加えて、と微笑み指をたてる。


「どうやら、大物の『保守系』議員さんだとか」

「名前までは聞き出せなかった、です?」

「さすがにねえ。部署違いの若造には、この辺が限界ですよ」


 なるほどね、と咲華が腕を組んで天井を仰ぐ。

 桃奈としては、慄く気持ちだ。

 これまで、父の死について詳しく知る由もなかった。担当する刑事たちも説明をしてくれることすらなかったのだ。

 それが、いま目の前で、皮をめくるかのように明らかにされていく。

 明らかになった結果、


「やっぱり、私、警察の方に謝らないと」

「え?」

「刑事さんたちも、説明するにできない状況だったんですよね、今の話だと」


 被疑者の立場が怪しいうえに、影響力を持ついずこかへ繋がっていたのだから。


「律儀すぎ、桃奈」

「でも、良い事だと思うよ、相棒」

「ええ、わかりました。担当刑事に、くれぐれも伝えておきますよ」


 伝言を頼まれた青年が微笑み、


「うちの事務所に飾ってある『スイートアンカーの着替え中生写真』を添えて、ね」

「え? え⁉ なんですそれ、なんですかそれ!」

「さっちゃん、ね?」

「いやあ、人目を忍んで贈答した甲斐があるってもんですよ! え、相棒、どうしたんだい? なにこれくれるの? やった! 女の子から手渡しでプレゼント貰いましたよ! どうです、満兄さん! これが人徳……! これは……おやおや! 僕謹製の爆薬じゃないか!」


 とりあえず、今後のことを考えて、利かない左手に炸裂させるのだった。


      ※


「じゃあ、まあ、満兄さん。そろそろかなって」

「そっかあ……まあ、そうなりますね」


 煙を上げる左手を振りながら、相棒が『時節の到来』を告げた。

 受けたいとこは眉を歪めて、けれど了承を返す。


「だけど、調整の時間をいただきますよ?」

「もちろん。こっちも進めておくから、連絡お願いしますね」


 え? と、桃奈は疑問して、隣のひなたを見やる。

 彼女もまた首を傾げており、であれば男性陣に尋ねるしかない。


「あの、いったい何を?」

「なにって、桃奈ちゃん……ずっと言ってたじゃないか」


 彼の言葉に面を食らう。

 果たして、何の話だろうか。ずっと疑問を呈していた、現場掃除のための爆破についてであろうか。

 期待に瞳を輝かせると、こちらの食いつきに満足したように頷き返す。


「うんうん。ご期待通りさ」

「そうですよね! やっぱり、こう良識とかいろいろ考えると、そうですよね!」

「ようやく『警察に仕掛ける』よ」

「……え?」


 期待を打ち返してきたのは、いささかアナーキーな、けれど確かにずっと口にしていた『目的地』である。

 問題は、桃奈自身の感情が上がったり下がったりで収めるところを知らないことであったけれど、少女の小さな胸など意に介さず事態は歩を進めていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る