8-2
「ちょっと! 壊されちゃ困りますよ! 道場破りに来たんじゃないんだから」
アイーシャが言うとローリックは更に豪快に笑った。
「はははは! 心配するな! うちには入門したばかりの初心者から、十年近く修練を積んだ熟練者まで色々だ! それに俺もいるから、力を試すにはもってこいさ」
ローリックの手がブレンから離れる。ただ触れられただけなのに動けなかった。力というよりもっと別の……なんらかの術理のようだったが、ブレンには何なのか分からなかった。
分かるのは、このローリックという男は見掛け倒しではないという事だった。
周りの道場生たちは練習を続けていたが、ローリックの声を聞いて動きを止めていた。みなの視線がブレンに集まり、ブレンは何だか緊張してきた。
助けを求めるようにアイーシャを見るが、アイーシャは何だか楽しそうに、少し意地が悪い笑みを浮かべていた。まったく、とんだ主だ。
「こいつはこれでも、それなりに強い魔導人形なの。できれば強い人に相手をしてもらいたい」
アイーシャのその言葉に道場生たちがどっと笑った。ブレンはそれを不思議に思ったが、それが魔導人形への評価なのだと理解した。
一般的な魔導人形は人間に侍ることはできるが、細かな動作は苦手だ。コップを持ってきたりドアを開けることはできるが、剣を自在に振り回すのはかなり難しい。戦うとなれば不可能だ。
そんな認識の所へ、強い人に相手をしてほしいと来たから、彼らは笑ったのだ。
ブレンは迷った。目覚めた当初は本当に戦い方が分からなかったが、魔物狩りの過程でどうやら剣技を思い出せたらしい。いまなら人間とも戦えそうだが、どこまでやっていいのだろうか。
アイーシャからは不審がられないようにと何度も言われている。しかし力を見せるためには手抜きはできない。悩むところだったが……当のアイーシャは道場生に交じってこっちを見ている。
「おいおい、笑うなお前たち。相手がだれであれ敬意を忘れるな。たとえそれが魔導人形であってもな……はははは! 無理だな! 彼がガラクタに変わらなければいいが!」
ローリックの笑いで道場生たちも大きな声で笑いだした。
なら、好きにやらせてもらおう。ブレンとしても、自分の実力がどの程度のものなのか知っておきたかった。
「さて、笑うのはこのくらいにして……ふむ、手練れとなると……ベラウ! お前だ」
「はい」
静かな返事だったが、ベラウの声でざわついていた道場生たちが静まり返る。他の道場生はブレンを囲うように離れ、ベラウだけが残った。
髪の毛はほとんど丸刈りで、表情も乏しい。さっき道場生たちが笑っている中でも、彼だけは笑っていなかったのをブレンは見ていた。他の連中とは様子が違う。
「ベラウは今年で九年目だ。大目録に最も近い。ベラウ、本気でやっていいぞ」
「はい」
道場生たちがざわつく。このベラウという男が本気を出すというのは、そういう感じの事らしい。
ひょっとすると、本当にガラクタにされるかもしれない。人間と戦うのは、記憶の範囲ではこれが初めてだ。ブレンは緊張という感覚を味わっていた。
「人形くん、君もこの剣だ」
ローリックが放り投げた木剣をブレンはつかむ。
「ほう、器用なもんだ。俺の知ってる魔導人形とはちょっと違うようだな。これは少し楽しみだな」
そう言いながらローリックは下がり、アイーシャも離れる。
道場生たちはブレンとベラウを中心に円形に並び、見世物でも見るような様子で二人を見ていた。ブレンとベラウは五メットル、十歩程の間合いを取って向かい合う。
「では、頭部への攻撃は禁止する。三本取った方が勝ちだが……要は剣が相手に当たればいい。分かったかな、人形君?」
ローリックの問いにブレンは頷く。
「ふむ。本当に分かってるのかな……まあいい。ベラウなら遅れは取るまい……では用意」
ベラウは剣を握る手を顔の右側に持ち上げ、剣先を真上にして構えた。ブレンも同じ構えを取る。
ベラウは無表情のままブレンを見つめ、ブレンもどこか茫洋としたいつもの表情でベラウを見つめた。二つの視線は絡み合う事はなく、ただ静かに互いの姿を見つめていた。
「始め!」
ローリックが言い、試合が始まる。
どう動くか。ブレンは少し迷ったが、答えを出す前にベラウが動いた。
「せえいっ!」
上段に構えたままベラウが接近する。その目にただならぬ気迫が漂い、ベラウの剣が紫電の様に振り下ろされた。
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