第七話 身につけるべきもの

7-1

 翌日、アイーシャとブレンは魔物狩りの戦利品を手にヨラディの町の交換所へと向かった。


 アイーシャの格好も鎖帷子ではなくワンピースで、髪には兜の代わりにカチューシャをつけている。カチューシャは二年前にエルデンから誕生日にもらったもので、春の花をあしらった装飾がお気に入りだった。


 ブレンは変わらぬ鎧の姿のままで剣も佩いており、今日は雑嚢を背負い歩いている。雑嚢の中には、昨日手に入れた刃鴉の刃羽、火炎蜂の頭部と毒袋、そして暴れ狼の尻尾と耳が入っている。


 魔物独特の臭いをさせながら、アイーシャとブレンは町へと続く道を歩いていった。この辺りは魔物の出ない安全な領域であるため、アイーシャも武装を解いて年頃の娘らしい格好をしているのだった。


「町か。どんな所なんだ?」

 アイーシャの後ろを歩きながらブレンが聞いた。


「どんなって……そうか、あんた町に行くのは初めてか。記憶はないの? あんたが眠りについたのが何年前か知らないけど」

 アイーシャは振り向きながら言った。


 ブレンとの間には三メットル程の距離があったが、それはブレンの担いでいる魔物の死体が臭うからだ。いつもは自分で運ぶし臭いにも慣れているが、好き好んで嗅ぎたい臭いではない。他人が運んでくれるのならそれに越したことはなかった。


「町か……剣技は多少思い出したが、過去の事となるとさっぱりだな。何か縁のあった物や場所を見れば思い出すかもしれないが……分からない。ヨラディという名前にも聞き覚えはない」


「ふうん。その辺は相変わらずポンコツなのね……まあ、私は従士として狩りに役立ってくれればそれでいいけど。町はどんなかって言うと……人がたくさんいるわ。家も店もたくさん。それに何だって売ってるから手に入らないものはないわ」


「そうか。人も家もたくさん。それが町なんだな」


「そうよ。それにヨラディはタリオテガイの中でも結構大きい方よ。隣のジュンルウもそうだけど、この二つの町はアストラダンジョンのおかげで大きくなったようなもんよ」

 アイーシャは落ちていた木の枝を拾い、気分よく左右に振りながら歩いていく。ブレンはアイーシャとの間隔を保ち、一定の歩調で歩き続ける。


「ジュンルウ……他にも町があるのか?」


「当たり前でしょ? 一個のわけないじゃない! 村だって町だって、それに国だってたくさんあるわよ!」


「いくつあるんだ?」


「えっ……?!」


 アイーシャは黙り込み、何かを指折り数え始めたが、その動きは途中で止まる。少し沈黙し、アイーシャは答えた。


「いくつあるかなんて知らないわよ! 私はあんたの家庭教師じゃないの!」


「そうか。アイーシャは知らないんだな」


 ブレンがそう言うと、アイーシャは足を止め振り返って木の枝でブレンを突っついた。


「うるさい! 何もかも忘れ切ったあんたにとやかく言われる筋合いはないわよ! あっ、臭い! あんたもっと離れなさいよ!」

 アイーシャは服の袖で鼻を覆い、仰ぐように木の枝を振り回す。


「自分から近づいてきたんじゃないか、まったく」

 そう言いながらもブレンは、木の枝ではたかれながら三歩下がる。


「口答えしないの! そろそろ町だから、他の人に不審がられないようにしなさい。喋る魔導人形なんて珍しいんだから。あんたは何言われても黙ってるのよ? 分かった?」


「ああ、分かった」


 山道を曲がり進んでいくと開けた場所に出た。街道との交差点だ。アイーシャの家からここまで約一キルメットルで町まではもうすぐだ。


 街道には馬車や通行人が散見され、中には冒険者らしき鎧や武器を身に着けた者たちもいた。ダンジョンまでは町から更に十キルメットル程で、歩きで約二時間ほどの距離だ。


「遠くに見える建物が町なのか」

 ブレンは百メットル程先に見える街並みを見ていった。


 アイーシャの住んでいる山の辺りからは木が生い茂っていて町の姿は見えない。せいぜい立ち上る煙が見える程度だった。

 ブレンは初めて見る街並みに興味を惹かれていた。


「そうよ。って、あんた! 喋るなって言ってるの!」


「そうだった、すまない」

 ブレンは改めて口をつむぐ。しかし町をよく見ようとキョロキョロし、いかにもお上りさんと言った様子だった。


 アイーシャは振り返ってブレンを睨むが、多少はいいかと思い直し何も言わなかった。臭い魔物の死体を担がないで町に行くのはアイーシャにとっても久しぶりで、高揚する気分はブレンと同じだったからだ。






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