第10話 ジャハの暴発
「くそっ! 坑夫どもめっ! 何故俺が奴らの言うことを聞かねばならんのだ!」
坑夫に一方的に恨みを募らせたジャハは、不機嫌を隠そうともせず街への帰路に就いていた。馬車に同乗する同僚の役人も、火の粉が降りかかるのを恐れ、追随するような言葉しか言わない。
「あの小僧が庇い立てしなければ・・・・」
セノを庇って、ジャハに殺意の籠もった眼差しを向けてきた小僧。あいつさえいなければ、たかだか坑夫の十人や二十人にこんな屈辱を受けることはなかった筈だ。
吹けば飛びそうな震える手足で必死で踏ん張り、掠れた上擦った声で怒りを隠すことなくぶつけてきた。この代償はしっかり払って貰わなければならない。
いつしかジャハの怒りや恨みの矛先は、最初に彼を止めたユーリへと向いていた。
「俺に逆らったらどうなるか教えてやらんとな・・・・」
「ひっ!」
瞳に妖しい光を宿しながら口角を吊り上げたジャハに、同僚が息を飲み思わず小さな悲鳴を上げた。
彼は街に戻るとそのまますぐに商業ギルドへと駆け込み、『坑夫に武力蜂起の気配あり』と訴えた。
ギルド側は当初、ジャハの訴えに懐疑的だった。色々と問題を引き起こしてきたジャハが、一人で騒ぎ立てた所で証拠がなかったからだ。
本来ならここで終わる筈だったが、彼は訴えを取り上げてくれないと見ると、父親であるギルド長へと直接訴えたのだ。
最初に対応していたギルド職員は、矛先が逸れたことでホッとした表情を浮かべた。その時点ではまさかギルド長が、息子とはいえジャハの訴えを真に受けるとは夢にも思わなかった。
「ギルド長! 坑夫共に不穏な動きがある」
「何!? それは本当か?」
「もちろんだ。今晩にでも蜂起するかも知れない!」
ギルド長であるジャグランは、息子のその訴えを聞くと碌に調べもせず、彼と昵懇の仲である騎士へと訴えを届けさせたのだ。
書状を受け取った騎士は、領主であるザオラルに報告することなく配下の騎士と傭兵を動員。その日、夜半過ぎにユーリの村を反乱鎮圧の名目で強襲したのだった。
これがユーリが語った『ジャハの騒乱』と言われる騒動の真相だ。
些細な逆恨みから、大勢の者が犠牲となる騒動を引き起こしたジャハは、逃亡中に捕らえられそのまま斬首された。
「何故、俺がこんな目に合わねばならんのだ!」
ジャハは最後まで自分の罪に向き合うことはなかったという。
強襲を指揮した騎士は、騒動を聞いて駆け付けたザオラルと対峙するものの、矛を交えることなく降伏した。その後いらぬ騒動を招き、罪のない人の命を奪ったとして騎士位を剥奪の上処刑された。
また捜査の手は商業ギルドにもおよび、ジャハの暴走を止めるどころか助長までしたジャクランは、一族諸共カモフから追放となり彼は失意の元に湖に身を投げた。ザオラルはギルドの不正の証拠を次々と暴き、暴利を貪っていた商業ギルドは解体されることになった。
その後、サザン内では大小を問わずギルドの活動は禁止され、ギルドが牛耳っていた年三回の市も、領主主催に改められることとなった。
ここに、十五年に及んだザオラルと商業ギルドの確執は、ようやく終止符を打ったのだ。
だが、不幸にもジャハの暴走に巻き込まれた坑夫とその家族の数はおよそ二〇〇〇名にも上り、犠牲者はその半数に及んだ。その中にはユーリの家族を初め、多くの関係のない人間が犠牲となる痛ましい事件であった。
「ジャハの騒乱の後サザンではギルドが廃止となり、ギルドがおこなっていた役所業務は領主が執り行うことになった。その後、街では誰でも自由に商売をおこなうことができるようにもなった。しかしそれができるのもサザンだけだ。同じカモフにあるネアンではいまだギルドは健在だし、仮に噂通りドーグラス公が攻め入り、サザンを手に入れれば再びギルドの支配する街へと回帰するだろう」
少年はそう言うと周りを見渡す。話を聞いていた少年たちから呻くような声が上がり、それぞれ顔を見合わせている。
教育というシステムが未発達なこの時代、騎士や商人を除けば教わる場所もなければ教える者もいない。彼らは少年が語ったようなことを考える頭を持つこともなく、漠然と支配者が代わるだけとの認識を持っているだけだった。
「三〇〇年続くアルテミラで、ギルドの支配から離れることができたのは、このサザンだけだ。他の街でも追従する動きが出たが、長い間人や税収の管理をギルドに頼ってきたため支配者側からそのノウハウが失われ、取り戻したところでどうすることもできずに結局ギルドに管理を任せるしかなかったという、笑い話のような街もあったらしい。
ドーグラス公がこの地を手に入れた場合、ギルドがなく住民の管理もできず租税を徴収できないため困るはずだ。折角手に入れた塩坑だが運営するギルドがないのだからな。
ドーグラス公といえど、ギルドなくして領地を管理できないんだ。あてにした税収が得られなければ必ずギルドに頼るだろう。ギルドに丸投げするだけで莫大な税収を得ることができるのだからな」
「そう言う意味ではギルドは素晴らしい制度に思えてくるな」
元商人だったオレクがぼそりと呟く。途端に周りから避難するような視線が彼に突き刺さり慌てて否定する。
「あ、いや、褒めてる訳じゃねぇよ。俺だってジャハの奴にはほとほと参っていたんだ。人を管理するにはいいかも知れねぇが、一部の商人だけが甘い汁を吸える仕組みなんてまっぴらだ!」
商人だった彼もギルドに家族を踏みにじられた被害者だった。
支配体制に組み込まれたギルドは、その特権を得る一部の商人の陰謀術数の温床となっていた。
徴収する租税の額は国によって決められていたが、領主や国はその額が納められればそれで良しとし、それさえ守られればギルドがその額を吊り上げようと、見て見ぬ振りをしていた。仮に追求したとしても賄賂によって、逃れることがまかり通っていた。
またギルドは、新参や零細の商売人にも厳しく、暖簾分けで新たに店を構える際には、ギルドへの登録料を請求され、新しい商品を売る際や人を雇う際にもひと商品いくら、一人いくらなどと細かく登録料が決められ、違反した際には法外な賠償金を請求された。
オレクはそういった弱い者いじめに似た仕打ちの末に、一家離散という不幸に遭った者だった。
「先ほど国が滅ぶと言ったが、結局はギルドも纏めて潰さなければ国の名が変わるだけになるだろう。それほど今のギルドは力を持っている。しかし、サザンのようにギルドの支配から外れた街が多くなれば、貴様たちのようにギルドに振り回される者はいなくなるだろう」
ギルドがなくなれば、一部の商人が街を牛耳ることもなくなるかもしれない。業種ごとにギルドが乱立している現状では、そのギルド間での権力争いも激しい。その争いの資金とするために、認められた税率以上の租税を人々から徴収し、その資金が賄賂に使われたり私兵を雇ったりと、自分たちの都合に合わせて使われているのだ。
「そんなこと本当にできるのか?」
小さな辺境の街サザンでさえ、ギルドの失策に便乗するしか排除できなかったのだ。少年の語ることが実現可能なのかどうかは、ユーリ達には分からない。しかし自分達のように理不尽に蹂躙されることがなくなるのならば、それを見てみたいと思わせた。
「残念だが今はまだ無理だ」
期待を抱かせたユーリ達を、少年は拍子抜けするほどあっさりと否定する。
「既にあるものを壊そうする者と、それを守ろうとする者。どちらが正しいとか間違ってるとかではなく、厄介なのはどちらも正しいと信じて行動していることだ。例え私利私欲に走っていたとしても、それが奪われようとすれば、人は奪われまいと必死で抵抗する。だから人は争うんだ。
ジャハの暴発にしても、坑夫たちから思わぬ抵抗に遭った。だから力任せに潰そうとした。だがお前たちは必死で抵抗しそれを生き残った。理不尽に踏みにじられようとするとき、必死に
少年のその言葉に、ユーリは目が覚める思いがした。
唐突だったがようやく彼が聞きたかった答えを聞けたからだ。しかし少年の言葉には続きがあった。
「ただし、行動を起こしたなら逃げるなんて許されない。生き残ったならばなおのことだ。ほんの少し立ち止まるくらいならいい。だが行動を起こしたなら、どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても歯を食いしばり、這ってでも前に進まねば、死んでいった者にも顔向けできないんじゃないのか?」
身につまされる言葉だった。
騒乱の後、ジャハが処刑されギルドも解体された。だがそれから三年経っても、商人が多いこの街では、騒乱の首謀者だというレッテルが剥がされることはなかった。
彼ら自身、家族や仲間を失い、または手に掛けてしまった負い目から、過去に向き合うことができず、
村の仲間たちは彼らを一切責めることはなかったが、却ってそれが村から遠ざかる要因にもなっていた。それが三年経って初めて彼らを認め、厳しい言葉だが背中を押してくれる者が現れた。
ユーリは背負い続けたものがすっと軽くなるのを感じた。同時に少年の言う『覚悟』の意味が分かった気がした。
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