第8話 ギルド

 かつてアルテミラが建国される以前は、世の中が乱れ、いつ果てるともわからない長い戦乱が続いていた。長引く戦火により各地は疲弊していく中で、急速に力を付けてきたのが、後にアルテミラを建国する事になるレイド・アルテミラであった。

 彼は本来アドワと呼ばれた商業都市を根城にしていた小勢力に過ぎず、出ては消える泡沫勢力のひとつでしかなかった。

 だが当時、敵対する勢力がアドワに迫ってくると、街のギルドは結束してレイドに資金援助をおこなった。その援助によりギルドの守護者となったレイドは、アドワの防衛に成功すると、その潤沢な資金を元手に勢力を拡大していった。


「だが、レイド王がアルテミラを建国したときは、まだ現在の版図を手に入れた訳ではなく、兵力はまだまだ必要な状態だった。しかし長く続いた戦乱で、国土も麻のように乱れ、早急に立て直さなければならないほど疲弊していた。そこで王は、国内の住民の管理と税収に、自らの兵ではなくギルドを使ったんだ」


 少年はアルテミラ建国時の話を聞かせていたが、唐突にされた話にユーリを始めほとんどの者は、興味がない様子できょとんとした表情を浮かべていた。しかしギルドの単語が出た時だけは、憎悪の籠もった目をぎらつかせるのみだった。

 アルテミラが建国されてレイドが初代の王となると、拠点だったアドワは王都アルテミラへと名を変えた。

 その頃にはアドワの街にあった商業ギルドは、アルテミラの支配領域への影響力を行使できるほど巨大な組織へと変貌していた。

 ギルドと手を結んで僅か十五年というスピードで、建国を果たしたアルテミラだったが、このカモフを初めとした辺境地域には、まだ独立した勢力が点在していた。さらに疲弊していた各都市の治安維持にも、兵力が必要な状況であったため、余剰兵力を他に回す余裕がなかった。

 そこで利用したのがギルドだ。

 王は、ギルドに税の徴収権を与え、アルテミラの全国民に、ギルドへの加盟を義務付けた。

 ギルドは、全土に蜘蛛の巣のように張り巡らされた組織力を使い、為政者に代わり役所としての徴税代行権を手に入れたのだ。

 制度としては古くから存在していたギルドは、ある程度の規模の村になると必ずといっていいほど組織されていた。そのため役所代わりとして機能するのは、レイド王が期待した以上に早かった。

 またギルドとしても、多くの加盟者を獲得できれば、それだけ懐に入る金額も大きくなるため、各ギルドで競い合うように住民を登録していくことになる。

 そのため建国当初には、多い者で最大七種のギルドに登録していたという記録も残っている。

 この制度は結果的に国力の回復を早め、乱れた国内に安定をもたらすことに繋がった。しかし重複がない限り、登録後のギルドの離脱や移籍を禁じていたため、実質的に身分制度として定着することになった。


「ギルドに住民の管理を任せるという政策は成功した。だが同時にギルドに分不相応の権力を与えることになり、気付いた時にはすでに王でさえ、徴税権を取り戻することは不可能になってしまっていた」


 現在のギルドは納税や住民の管理など、領主以上に市井の生活に密着しているが弊害はもちろんある。

 業種ごとにギルドが乱立しているが、違う街の同種のギルド間は別として、同じ街の別のギルド間では連携がまったくないことだ。近くの街に自分の所属するギルドがない場合、別のギルドで代行することはなく、数日掛けてでも所属ギルドまで足を運ばなければならなかった。

 住民の管理を容易にするため、一度登録したギルドからの離脱ができなくしたことで、登録したが最後、一生をそのギルド所属となってしまうのだ。

 先ほど少年がユーリたちに『縛られてる』と語った理由だ。つまり塩抗夫は塩抗ギルドに所属させられているため、坑夫を辞めたくても辞めることができなかったのだ。


「この国は王の権力とギルドの組織力の二重構造からなっているが、建国から三〇〇年が経ち王の権力は最早失墜している。ドーグラス公を筆頭に各地を治める領主は、ギルドの力を借りながら、王国の支配から外れて己の勢力拡大に走っている。遅かれ早かれこの国は、ギルドに滅ぼされるだろう」


 戦乱が身近になっているとはいえ、長く続いた国が滅びるなど、ユーリたちには想像もできない。流石に永遠に続くとは思わないが、国は『』という感覚しか彼らにはなかった。

 現に今の国王は何という名で、何代目の王か、などというのは知らなかった。もちろん崩御や即位によって、喪に服したり祝ったりはするが、この国に生きる大多数の人にとって、国王とはそこまで身近な存在ではないのだ。


「だからって、それが俺たちに関係あるのか?」


 彼らにとっても当然の反応だった。

 『国が滅ぶ』と言われても、王国への帰属意識の低い彼らには、遠い所での出来事でしかなく、少年が何のためにこんな話をするのか理解できなかった。


「もちろん関係ある。ドーグラス公にしろ、他の誰かにしろ、ギルドが後ろ盾となっている者が国を盗ってみろ。以前のサザンのように、商人が私利私欲で国を動かすことになるぞ」


「なっ!?」


 少年の言葉にユーリたちは言葉を失う。

 遠い場所での出来事だと思っていたことが、急に身近なことになったからだ。


 辺境の地であるカモフは、岩塩を商う商人によって発展してきた土地だ。そのためその中心となる商業ギルドの影響力は、他の地域のギルドに比べても強大であった。

 商業ギルドは、岩塩の産出計画から流通までを扱っていたため利権も大きく、坑夫が所属する塩坑ギルドはその下請的な扱いとなっていた。

 その影響力は凄まじく、カモフ領主といえども無視することは困難であり、彼らの意向にそぐわない場合は、その座を奪われることもあった。

 前領主タイト・トルスターの死去に伴い、ザオラルとオイヴァの間で後継者争いが巻き起こったが、これにもギルドは当然のように介入した。

 ザオラルはタイトの長女であるテオドーラの婿であるのに対し、オイヴァはテオドーラの弟でトルスター家の長男だった。


 トルスター家は、長くキンガ湖で水運業を営んでいた一族だった。

 陸路を運ぶより遙かに安全で早く、しかも安価に運べるとあって、商人たちも重宝し運搬を全面的に任せていた。最初は彼らの下請けだった水運業だったが、塩坑が発展していくにつれて、トルスター家も彼らに比肩しうる存在へとなっていった。

 サザンが大きくなるにつれて、商人たちの主導権争いが激しくなり、それぞれが傭兵を集め出し、一触即発の状況へとなった。

 それをとりなして矛を納めさせたのが、トルスター家三代目当主だったアブラハムだ。商人たちから一目置かれていたアブラハムは、その功績から彼らに請われる形でサザンの初代主となった。

 アブラハムは商人たちと結束し、アルテミラの支配から最後まで抵抗し、サザンを守った英雄となる。当時レイドも継戦する余裕はなく、サザンは自治都市として自由を認められたのだった。


 現在ではサザンの自治権は消滅し、辺境の地カモフの領都に過ぎない。またトルスター家の力も当時からは見る影もないほど没落していた。

 ギルドの操り人形と揶揄されることの多かったタイトだったが、婿であるザオラルを後継に据えることだけは頑として譲らなかった。そのためタイトの死因についてはギルドによる暗殺説が囁かれるほどだった。

 争いはザオラルとオイヴァの両者ともに、辞退しあうという珍しい展開となったが、最後はオイヴァがザオラルを説き伏せたため、無血のまま後継はザオラルと決まった。

 ザオラルが領主となった当初は、まだ信頼できる部下も少なく、ギルドの息のかかった騎士が多かったため、領地経営に苦労したという。

 ザオラルとギルドとの確執は十五年にもおよび、命の危険に晒されることも少なくなかったと言われている。その綱渡りのような経営が改善される切っ掛けとなったのが、ユーリの運命を変えた事件だった。

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